返事
って、待て!
朝目が覚めて早々、何も解決していないことに気付いた。
自分の気持ちには気付いた。それに正直になろうとも思う。そして、自分を信じて、クーンさんを信じる事から始めようって思った。
だけど、その前に<最後の乙女>のこと考えるの忘れてた。
間抜けすぎる。
私は一度起き上がったベッドにもう一度倒れた。力が抜けたから。
のろのろとサイドテーブルに手を伸ばして、昨日渡された手紙を開ける。そこには、今日陛下の元を訪れて欲しいことと、逃げだしたらどんな手段を駆使してもどこまでも追い掛けていくとか言う、脅しが書かれていた。
…拒否権ないじゃん。
はぁ、ともう一度布団にへたり込む。白いそれは、フカフカのモコモコで、眠りを誘うには充分だった。のに。
「ネイ、行くぞ!」
ノックも無しに乙女の部屋へ突入してきた宰相さまによって妨げられた。
てゆーか、またこのパターンか!
って、祖父くらいの年齢の宰相さまに行っても仕方ないよね。乙女の部屋を勝手に訪れるなとか言っても、小娘の私を気にすることはないだろうし。
私は何かを諦めた。
もう一度布団に脱力できるわけもなく、無理やり起こされた私は入って来た女中さんに着替えさせられた。
今日はいつもと違って、メイド服じゃなく生成り色の簡素なドレスみたいなのを着せられる。髪も結われ、化粧も施された。
朝から疲れたよ。
馬車で揺られていく間、正装は侍女としてではなく客人として招かれたからだと言われた。
気が重いなぁ。朝からクーンさんにも会ってないし。折角言いたいことが出来たのに。…もしかして、避けられてる?昨日、あんな態度取っちゃったし。
変な態度取っちゃったけど、今思い返すと混乱してたって言うか…今ならきっと言葉に出来るから、出来れば会いたいんだけど…
「また、百面相だな。」
いろいろ考え過ぎていて、宰相さまがこっちを見ていることに気付かなかった。私は今までの思考を全部見られていたような気がして、赤面する。誤魔化すように外を覘いた。
何を考えていたかは聞いてこないから安心。宰相さまは、さすが年の功。スマートに対応してくれて有り難かった。
もう少しで城に着くという頃。私は思っていたお願いをする。
『陛下のところへ行く前に、行きたい場所があります。』
どこかを問われ、私はまずクーンさんのところと言った。だけど、宰相さまは渋い顔をしている。何か、問題でもあったんだろうか。
「朝、あの愚息は機嫌が悪かった、いや、何かを悩んでいるようだった。今日会うことは勧めないが。」
最後の言葉を濁し、どうするかを訊ねてきた。だけど、そんなの訊かれなくても答えは決まってる。
『…会いに行きます。で、その後に神殿に行きたいんです。ジュノと話したくて。』
「神、と?」
『はい。』
さも当たり前のように答えると、宰相さまは固まっていた。
って、そりゃそーだ。神様が絶対的な存在のこの国では、名前を呼ぶことも許されていないんだから。
それに、神様の存在を見る事が出来ないから、宰相さまから見たら私は物珍しいんだろう。
だからって、そんなに驚いたように固まらなくたっていいじゃん。でも、ちょっと面白いから、そのままにしておこう。
残りの短い時間で打ち合わせをして、到着するのと同時に昨日のように髪と目の色を変えた。
やっぱり宰相さまは驚いている。私をエスコートしている間に、魔法について聞かれた。
『私、いろいろ魔法が使えるみたいです。』
にっこりそう言うと、もう何も言うまいと宰相さまはため息をついていた。
「おや、宰相殿。そちらの御方はどなたかな。」
げっ!
思わず顔を引きつらせそうになりながらも、笑顔を絶やさないように努力する。二人でクーンさんの執務室へ向かっているその途中の道すがらで、過激派の赤い羽根をつけた一人の男に捕まってしまった。
「ルイス殿。あなたに関係があるとは思えない質問ですな。」
宰相さまー。なんか笑顔が怖いよー。てゆーか、いまルイスって言ったよね。
その名前が意味するのは過激派の筆頭の人物。議会の大物。
今度はそっちに顔を引きつらせないようにしながら、私は傍観者にでもなったつもりでそこに立っていた。
「何か良からぬことでも考えておられるのかな。その麗しいお嬢様が誰なのかを訊ねる事が、別段悪いとは思えません。」
ニタッと笑う、その笑顔が気持ち悪い。画策を好んでいそうなキツネに似たその人は、自分の七三に分けられた前髪を撫でつけながら私を舐めるように見回した。
ここで、笑顔を絶やさなかった私を褒めてください。目が合っちゃったから、ちゃんとお辞儀もしましたよ!
「この娘は、レーク殿の再従兄妹に当たる。今日は神官の才を確かめにやって来た。」
「ほう、この娘が…しかし、解せませんな。そのような用事があれば、まずは神殿に向かうべきでしょう。それに、なぜ貴方と居るんだ?」
いちいち気に障るような事言うなよ!それに、さっきから不躾に見過ぎなんですけど。
そんなクレームをつけてやりたいのは山々だったけど、今ここで波風を立てるのは良くない。どうやって乗り切ろうか。そう考えを巡らせていると―――
「お礼ですよ。」
『れ、お兄様。』
突然現れた人物を、レークさん、と呼ぼうとして、さっきの馬車の中で取り決めた設定を思い出す。
私は神官の才があるかどうかを確かめに来ているが、王都に来たのは随分前のこと。神殿にやって来たのが今さらになったのは、賊に襲われて怪我をしたからだ。
と言うことは、お礼って言うのは賊から助けてくれたクーンさんへの感謝、と言う意味。私は素早く頭を働かせ、ルイスっておじさんに向き直った。
そりゃあもう、極上の笑みを浮かべるような気持ちで微笑んでやりましたよ。
『私を助けてくれた、クーンさまにお礼を述べたかったのです。
漸く外出することが出来るようになって、朝一番にシェパード様のお屋敷に行きました。けれど、クーンさまはお忙しいお人なのですね。もういらっしゃらなかった。
落胆していたそんな私をここまで案内して下さったのが、宰相さまですわ。』
必殺、猫かぶり。私、何匹も被りますよ。お淑やかなお嬢様だ、って上辺だけを信じさせるには、十分なくらいに。
そんな私を見て、宰相さまもレークさんも笑いを堪えてる。
そりゃ、普段の自分とはあり得ないくらいかけ離れたキャラを被ってるのは認めるけど、こんな場面で笑うことないじゃん。
でも、二人が笑うのも当然。わざとらしく、しおらしく、お嬢様らしく。そんな風に目をキラキラさせ、両手を組んでみた。ってことで、どう考えても、普段の私とかけ離れててキモい訳ですよ。
二人は、時折咳払いをしてごまかしてるみたいだったけど、目ざとい私はそれを見逃さなかった。
後で何か仕返しを考えよう。
「そ、そうか、ならば早く行くがいい。」
およよ?なんか、騙されてくれた感じ。私はにっこり笑顔を浮かべて一礼をし、二人に続いてその場を後にした。
廊下を真っ直ぐ進む。隣で笑っている二人の横腹を肘で小突いた。
『笑い過ぎです。』
「すまない。」「すみません。」
同時に謝ってくれたはくれたけど、やっぱり笑いは納まっていなかった。
むう。もう怒った。
私は手でピストルの形を作って、二人に向ける。バン、と口で言うと、思った通りに、空気の塊がぶつかった。
「おわっ!」
前のめりになる宰相さまを、自分もよろけながらレークさんが支えている。
少し離れたところにいる二人は、私を訝しげに見てきた。ふふふ、と不敵な笑みを浮かべ、ポーズをとってみる。やっぱりピストルと言うものに馴染みがないのか、不思議そうな顔つきに変わっていた。
『ピストルです。』
そう言っても伝わらないのは分かってたけど、とりあえず言ってみた。案の定、二人は分からない様子で。私は拙いながらに、ピストルの説明をした。
「そんな兵器があるのですか。進化した文明は恐ろしいですね。」
『そうですねえ。まあ、米国だと一般の人が持っているから怖いですけど、ニホンだと銃刀法違反で持ってたら逮捕されますから、そこまで怖がることはないですよ。まあ、それで平和ボケしてるところもありますけど。』
それに比べたら、こっちは随分と危険が満載らしい。らしい、って言うのは、私は城と宰相さまのお屋敷を馬車で行き来しているだけだから、実情が分からないのだ。
今日の朝読んだ手紙でここから逃げ出せないことは分かってるから、そのうち城下町に抜け出して行ってみよう。
今なら魔法も上手くコントロールできるし、安全面から言ったら大丈夫な気がする。
「さて、着きました。私たちはどうしたらよいでしょうか。」
考え事をしている間に、クーンさんの執務室についてしまった。