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後悔と苛立ち

今回は短めです。

クーンさん視点です。


「クソッ!」


 悪態をついて、握りこぶしで机を殴った。それは後悔の表れ。そして、自分に対する苛立ちだった。



 兄上の所から逃げるようにして去ったネイを追い、女中部屋へと顔を出す。そこに居たミリアからは、俺の執務室の仮眠室へと誘ったと言われた。


 俺の気持ちに感づいているからか、傍に居る事を配慮してもらったことに感謝する。そして、足早にそこを後にした。



 執務室へと入り、奥へと続く扉へと手をかける。その時。



『私はっ…誰かが私を認めてくれたら、それで、よかったのに…っ…!誰かの役に立てることが、幸せだった、のに!


…それを、奪わないで……』



 震えるような声が聞こえた。それを聞いた途端、俺の行動は一つに決まっていた。勢いよく扉を開ける。そして、その傍まで駆け寄った。


 ネイが泣いている。それを抱きしめるのは、俺の特権だ。


 珍しく自分のことを饒舌に話してくれ、その言葉は大きく俺の心を揺さぶった。



 ネイは両親に蔑ろにされていた。それは以前に聞いたこと。名前を呼ばれる事はなく、扱いも赤の他人同様だった、と。


 その気持ちが、こっちへ来てから変わっていたなど、俺は気付きもしなかった。ネイの家庭事情は聞いていたが内心を聞いたのは初めてのこと。だが、それを嬉しいと思いながら、吐露された本心に焦燥感を抱いた。


 …なぜ、気付いてやれなかったのだ、と。


 自分は唯一ネイの過去を、ほんの少しだったとしても、聞いていた。それなのに、当たり前の日常生活に、ネイがそれほどまでに幸福感を抱いていることなど気付かなかった。彼女を想いながら、気付いてやれなかった。


 いや、普通なら、気付いていたはずなんだ。


 なのに、俺もネイが傍に居てくれることで明るくなった日常に幸福感を抱き、配慮を忘れてしまっていた。ネイが全ての感情を言葉にしないことなど、分かっていたはずなのに。


 後から後から、次々に後悔が浮かんでくる。俺は頭を抱えるようにして、顔を机に伏せた。


 何よりも後悔している事は、自分の本心をネイに告げてしまった事だ。好況をわきまえず、いい歳をした大人が残念な構想をしてしまった。


 しかし、それには訳がある。


 ネイはもう一人のネイとひとつになった。つまり、もう一人のネイの過去を持ち、思考も少し変わった。もう一人のネイがしたこと。それは―――自殺。


 全てが嫌になって死を選んだのだという。それを、今回もしてしまったらどうしよう、という不安に駆られ、思わず強くネイを抱きしめてしまった。その時、小さく震えていたからだが、余計に俺の不安を大きくしたのは無理もない。



 しかし、だからと言って唇を奪うなど…あっていいはずがない。


 確かに、潤んだ瞳が俺を捉えていて煽られた…いや、不安そうにしているネイを繋ぎとめるためにしただけだ。


 そう言い聞かせてみたものの、嘘は付けない。


 愛おしいんだ。俺のものにしたいんだ。


 苦しい思いが自分の心を埋め尽くす。こんな想いは初めてだった。本音を言ってしまえば、思いを通い合わせたい。そして、もう一度口付けをしたい。


 いや、今は俺の気持ちは関係ない。ネイのことを一番に考えるべきだ。


 ネイは周りの人の態度が変わるのを恐れているようだった。自分を自分として見てもらえないかもしれない、という不安を抱いていた。だからこそ、己の心を暴露してしまったのだ。


 誰が何と言おうと、俺の態度は変わらない。ネイをネイとして見て、愛し続ける、と。


 そんなことを告げたら、関係性が変わってしまうだろう!


 今になってそんなことに気付き、自分の馬鹿さ加減に嘲笑を浮かべた。




「クーン魔道師さま、少々よろしいでしょうか。」


 唐突に扉が開き、思考が中断されてしまう。俺は思わず、その役人を睨みつけてしまった。


「ヒッ!」


 なぜか、怯えられた。少し睨みつけただけだと思うのだが。


 それから俺は、来る人来る人に怯えられ、様子を身に着たミリアでさえ青い顔をされた。


「…なぜご機嫌が悪いのかは分かりませんが、人を次々に射殺すような目で睨みつけるのはおやめ下さい。


 クーンさまの機嫌が悪く、話を取りあわないと噂になっておられますよ。」


 それは、どいつもこいつも<最後の乙女>のことを聞きにわざわざやってくるからだ。ネイはそれを望んでいないし、今は俺が言った言葉で混乱しているだろう。空気で察してくれ。


 そうは思ってみたものの、ミリアの忠告も一理ある。だから、一度だけ首肯した。


「今は城内全体がざわついていますし、ネイさまのことで持ちきりで苛立つのも分かりますが、人を傷つける事はしないで下さいまし。」


 ミリアは変な忠告を残してネイの元へと行った。と、間もなく出てくる。そして俺に言った事は。


「ネイさまに何をなさったんですか。」


 睨むような、そして呆れた様な顔で言われた。


「私はクーンさまを応援するつもりですが、それはネイさまが笑顔でいてこそです。」


 さっきとは、明らかに問題点が変わっている。それまではネイが<最後の乙女>だということが発覚してしまったことが問題だったはず。それが、いつの間にか俺がネイに何かをした、というものに。


 泣いているネイの頭から重大な問題が抜け落ちた事は良かったと思うが、突発的な自分の行動は確実にあの時には不釣り合いだあった。そうやって、また後悔がつのるばかりだ。



 それがさらに募ったのは、その日の夜だった。


 俺は帰ることをネイに告げ、別行動をとって馬車に乗ることを提案したのだが、その時に一切俺のことを視界に入れようとしない。さらに、同じ馬車に乗って屋敷まで帰る時も、同じように視界に入れようとしなかった。それに加えて、会話など一切ない。


 …こんなに辛いと思うことが、未だかつてあっただろうか。


 幼いころの記憶が薄れているため、そんなことを思ってしまう。今なら、前国王に認知されなかったことや、貴族連中に嫌がらせを受け続けていることなどなんとも思わない。そんなことよりも、今のこの状況の方が辛いのは確かだ。


 結局その日は恒例の髪拭きもできず、ネイの艶やかな黒髪に触れられなかった初めての日となってしまった。


 俺の中には後悔と、苛立ち。それに少しだけ焦燥感があり、どうしようもないこの感覚をごまかす為に、度の高い蒸留酒を珍しく呷って、その夜を一人で過ごした―――



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