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告白



 ミリアは私をどこかの部屋へと誘った。それがどこかは分からないけど、小さなベッドが一つあるだけのその部屋の、唯一のものに私は座らされる。


 その背を撫でてくれるミリアは、心配と疑問がいっぱいな様子だったけど、訊くことはしないでくれた。



「…申し訳ありません。業務時間となりましたので、私は行かなければならないのですが、ネイさまはお一人で大丈夫でしょうか。」


 すまなそうに言ってくれるけど、ミリアには元々関係ない事なのに私が泣いてるからって理由で傍に居てもらってるんだもん。


 仕事をしないで私の傍に居てもらうことなんてできない。


『だい、じょうぶ。』


 泣き過ぎてて上手く喋れない。視界に入ってくるミリアはずっと歪んでいた。


「…では、なさそうですね。」


 泣いてたらそう思われてるのも同じ。だけど、仕事は仕事。無理をさせちゃいけない。だから、行くように促した。



 ミリアはちらちらこっちを見て気にしてるみたいだったけど、時間にはあらがえないみたいで、扉に手をかける。だけど、やっぱり心配は尽きないみたいで、出る前に、この部屋から出て行かないことを約束させられた。






 どうしよう…


 涙があふれて止まらない。やっと手に入れた小さな幸せを奪われるかもしれない。私はそんな些細な恐怖に苛まれて、今までなかったほど子供みたいに泣きじゃくった。



『私はっ…誰かが私を認めてくれたら、それで、よかったのに…っ…!


 誰かの役に立てることが、幸せだった、のに!



 …それを、奪わないで……』


 大きな独り言を言う。声は震えて、鼻はグズグズ。酷い声が部屋中に響いた。




「…ネイ?そこにいるのか。」


『クーン、さん?』


 蹲っていたベッドの上から顔を上げる。視界は滲んでいたけど、扉を開けているその人がクーンさんだということは、纏っている空気で容易く分かった。


「泣いて、いるのか?」


 それが分かったのか、クーンさんはすぐに駆け寄ってきてくれ、私を強く抱きしめてくれた。


 優しい空気、温かさ。クーンさんの香りに包まれた私は、そうしてくれているのと同じように背中に手を回してギュッと力を入れ、そして、その胸に縋りついて大声を上げて泣いた。




 ―――どのくらい泣いてたんだろう。それが納まる頃には、私はクーンさんが胡坐をかいているその上に横抱きにされ、身体全体を包んでもらっていた。


 小さな子供をあやすみたいに、背中を一定のリズムでポンポンしてくれている。それを恥ずかしく思いながらも心地よくて、私はまだその胸に縋りついていた。


『私、あの人たちに認めてもらったこと、無かったから…


 名前を呼んでもらえる事も、笑顔を向けてもらえる事も、嬉しくて。私個人を見てもらえて、役に立てる事も見つかって…それが、どんなに小さくて些細な事でも、嬉しくて…


 そんなこと、初めてだったから。』



 私は時間をかけて、ゆっくりそう言った。クーンさんはその間、ああ、と小さく言ってくれるだけだったけど、まだ頬を伝っている滴を拭ってくれていた。


『どんなに人の役に立てても、一度私自身を見てもらえることを知っちゃったから…


 <最後の乙女>として認知されて、私を見てもらえなくなることが、怖い……』


 それがどうした、と言われるかもしれない。だけど、私にとったら大問題だった。


 私を拒絶して名前も呼ばない家族。そんな環境だったからか表面上でしか接せなくなった友達。ここに来て、一からの自分を見てもらって、優しくしてもらえる。…こんなに幸せな事があっただろうか。


 私はまた小さく嗚咽を漏らし始める。涙を拭ってくれていた手は、今度は私の頭を撫でてくれた。


「ネイ、俺は変わらない。ネイをネイとして見る。」


 うん、嬉しいよ。クーンさんは私の嫌な所を知っていて、それでもなお普通にしてくれてるから、そうしれくれるのかもしれない。


 …でも、他の人はどうかはわからない。



『クーンさん、レークさん、宰相さま、殿下だって、きっと変わらないでいてくれる。だけど、エルさんやマーサさんたちは全部は知らなかったから、変わっちゃうかもしれない。


 それに、これから出会う人は私のことを<最後の乙女>っていうフィルターを通して見るから。どうしても、私個人を放置する。その時、初めて会った陛下たちみたいな態度を取られたら、一線どころか何本も線が出来たように、遠くなる。


 私には、今の生活が最善で、初めて手に入れた、幸せだったんです…』


 全てを吐露した。クーンさんはさっきみたいに何かを言うことはなくて。ひたすら近くに居て、慰めてくれてる。


 だけど。


 急に切羽詰まったような声が聞こえた。


「…俺が、傍に居る。ずっと傍に居て、ネイをネイとして、見るから。」


 クーンさん…?


 さっきまで私の身体を支えてくれていたはずの手が、私を力強く抱きしめる。その強さは、必至で私を何かから繋ぎとめるかのようだった。


 泣いていたことを忘れて動きを止めてしまう。私は視点が合わない目でクーンさんを見つめていた。


『クーンさ…んっ…!』


 な…に…?


 何が起きたのか分からない。だけど、歪んだ先にあるクーンさんの顔がものすごく近くにあることだけは分かった。


「…悪い。」


 急に離れていく体温が淋しい。だけど、状況が理解できない私は引き留める事さえできなかった。


「こんな時に、言うことじゃないかもしれない。だけど…


 …俺はネイが好きだ。愛しいと思う。だからこそ、これから先、ネイの隣に在りたいと思う。


 …俺は、ずっとずっとネイをネイとして見れる自信がある。」


 理解が、上手く出来なかった。



 クーンさんが…好き?…何を?


 状況が全く理解できない私は、呆然とするしかない。ただ、暗い部屋に一端光が差し、る偽の瞬間にはまた暗くなる。そして、クーンさんの気配もなくなった。


 しばらくそのままそこに佇み、視点があってくる。そして、話の内容も全て脳に伝達された。


 …クーンさんが、私を好きだと言った。


 そして…


 私はパッと両手で口を覆った。心音が早くなって、全身の血がものすごいスピードで駆け巡る。さっきまで泣いていたこととか、不安になっていることとか、全部がさっきの出来事に上書きされて、頭からはじけ飛んでいた。


 キキキ、キス、された!!!


 クーンさんは私にとって、お兄ちゃんみたいな人で。でも、そう位置づけるにはしこりが残って。正確に私にとってどんな人かは明言できない人。


 私は混乱と効用を胸に抱いて、ベッドに体育座りをした。それから顔を自分の膝に埋めて考える。その間も、クーンさんの香りは鼻に残り、腕の感覚が身体に残っている。そして、冷たい唇の感覚も。


 それを思い出して赤面し、忘れ去るように頭をぶんぶん振る。そして、自分の胸に浮かぶ疑問を考えた。



 ―――クーンさんは、私にとってどんな存在、なんだろう。


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