厄介事、急展開
今日は陛下に招かれて食事をしてる。いつも食べているものよりも豪華なそれは、実は私が作ったものだった。
人払いをして食事をしている。コース内容はフランス料理だ。もちろん、正式なマナーに則っている。
私は師匠兼給使なので、同じ席には着いていなかった。
陛下とも一悶着あったけど、元居た世界のものを伝達するためだと言うと、しぶしぶ席についてくれた。てゆーか、この夫婦頑固です。
嫌われてはいない。むしろ好いてくれてる。それは分かるけど、一線を引いて決して折れようとはしてくれない。
私の言葉が通るのは、命令を下さない限りないのだと言う。そんなこと、したくないのに。
「乙女さま、とても美味しゅうございます。」
『王妃様、ネイとお呼びください。』
見目麗しい王妃様とは、会ってからと言うもののこの言い争いを続けていた。やはり、折れてくれないこの方は、頑固者だと言えるだろう。
てゆーか、こんな小娘に謙らないで欲しいんだよねー。
私なんて適当な性格してるし、腹黒いし、この国の名前を呼んではいけない神様のことを愛称付けて呼んでるバカ者なんだから。
って説明したのに、どうも上手くはいかなかった。
普段は言い勝る私なのに、陛下たちにはそれが上手く作用しない。王族たる人たちの威厳の所為か、単にものの考え方が同レベルなのか。それはそのうち確かめて行こうと思う。
これからの付き合い長くなりそうだし、いつか言いくるめて見せたいし。気長に様子見します。
こうしてこの日のディナーは滞りなく終了したのに。次の日になると、とんでもない事態に陥ってしまった。
いつものようにクーンさんと一緒に馬車を下りる。ここまでは普通だった。
「ネネネネ、ネイさまっ!」
駆け寄って来たミリアは酷く慌てていた。今まで優秀な女官としてのミリアは見てきたけど、こんなに慌てふためく彼女を観たのは初めて。面白くなって笑いそうになったけど、ミリアの言葉で全身の血が凍るような思いがした。
「噂が広まっています。」
何の、と問えば近づいてきて小声で答えをくれる。
「ネイさまが<最後の乙女>である、と。」
クーンさんも私も慌てて、陛下の元へと行く。その時に聞いたミリアの話だと、こうだ。
昨日の食事の際、女中の一人が陛下夫妻が誰かを“乙女”と呼ぶのを聞いた。
…人払いがされてたはずなのに。気になって聞き耳でも立ててたのかもしれないけど、それ不敬じゃないですか。
ま、それはおいといて。
陛下よりも上の存在は神。もしくはその言葉を伝える<最後の乙女>のみ。謙っているその様から、一人の少女が<最後の乙女>なのではないか、とのことだった。
それがどうして私に繋がるのか。
昨日の食事の際にはクーンさんがいた。それに宰相と神官も参加しており、給使にはクーン魔道師付きの侍女がひとり。その場にいた女は王妃様か私。必然的に王妃様はその対象から除外され、結果的に私が<最後の乙女>だと言われているらしい。
こんな事態、予想もしてなかった。陛下は約束を守ってくれるはず。だけど、勝手に公になってしまったものはどうしようもない。
「…やはり、いらっしゃいましたか。」
人目を無視して走り抜けた。その先にいたのは陛下。というのも、飛び込んだのが陛下の執務室だったから。
予想していた通りだったのか、書類から目を上げてそこに脱力していた。
「乙女さま、申し訳ありません。侍女の躾が行届いていなかったせいで。」
椅子から下りて私の前に傅く。いつもなら止めて下さいと言うところ。だけど、そんな気にもなれない。
だって、本当のことだから。
『その侍女が誰か分かりますか。』
「申し訳ありません。それが誰かは分かりかねますが、分かったところで罰を与えるわけにはいかないのです。」
侍女は貴族の娘。基本的に城は出会いの場でもあるから、お嬢様たちは働きに来ていると言うよりも結婚相手を探している。その娘や一家を潰すには周りの貴族たちの反感を買って、ボイコットされ兼ねないってことか。
「ネイ、少し気を静めてくれ。」
一応は静かにしている。正確にいえば、静かに怒っている。クーンさんにはそれが分かるのか、私の背中を支えてくれていた。
だけど、怒らないはずがない。約束、したのに。確かに、全てを陛下一人で掌握するのは無理かもしれない。だけど、そんな風に臣が手をつけられなくなるまで放っておいたこの国の政治の在り方が問題だ。
陛下一人の問題じゃなくて、これまでのオウサマによってそれが成り立ってしまったのかもしれないのに、頭の中がスーッと冷たくなって、思考のどこにもざわめきがない私は、自分がいかに頭に来ているかがよく分かった。
『ミリア、そこにいるでしょう。』
「…はい。」
『普通の女中服を持ってきて。あと、さっき聞いた話は内密にお願い。』
「…かしこまりました。」
扉のすぐ傍に立っていたであろうミリアに内側から話しかけ、お願い事をする。その時の声が自分でもびっくりするくらい低かった。
「乙女さま、いかがなさるおつもりですか。」
『まず、私を乙女と呼ぶのは止めてください。』
問題はそれだ。それが原因でばれたんだから。頑固夫婦も大概にしてくれないと。いくら私が二人にとって敬うべき存在であっても、人としてお願いしたことさえも聞いてくれない。そんな人間を、どうやって信じろっていうの。…その前に、私が人を信じる事も珍しいんだけど。
「申し訳ございません。」
それさえもできないって言うの?マジでムカつく。
『いい加減にして下さい!どうしてバレてしまったのか、まだ分からないんですか。
もしあの時誰かにのぞかれていたとしても、貴方達夫婦が私のことを名前で呼んでいればそんな可能性なかったんです。』
陛下に説教垂れたくはない。だけど、自分がこの国にとって変な位置づけにいて、それを回避したい気持ちでいっぱいだから、つい声を荒げてしまった。
『私にとって、ただ笑って過ごせる時間が一番幸せで、一番貴重だったんです。』
結った髪を解いて、睨みつける。陛下は一瞬目を合わせたけど、ばつが悪そうにすぐに目を逸らした。
手に力を込める。右手を開いて頭を撫で、意識して神の色を薄い茶色に変えた。そして、左手で目を多い、これまた意識して蒼に変える。それを見た二人はそれに驚いていた。
「ネイ、そんな力、いつ…」
『わかりません。こうした言って思ったらこうなりました。』
むすっとして答える。クーンさんにこんな態度取ったらいけないって思うけど、八つ当たり。だって、クーンさんと陛下って中身は全然違うけど、見た目がかなり似てるんだもん。
無言で髪を結わき、一つにまとめる。その時ちょうどミリアがやってきて、女中服を渡してくれた。
「ネイさま…その御髪と瞳は…」
『ごめんね、ミリア。ありがとう。』
今は何も聞かないで。みんなに中り散らしちゃいそうだから。また後で会う約束をして、そこから出て行ってもらった。