閑話‐気の毒に‐
今回は珍しい人の視点からです。
鏡盆祭が終わり、今日は特別やる事もない。部下たちに追い回される事もなく、のんびりと城内を歩いていた。
そして、ふと思い出す。
鏡盆祭の最大の行事、遠視。その際に鏡盆の上へと舞い降りてきた神はあまりに美しかった。
なぜ見えたのかは分からない。ネイさんに触れていなければ見る事が出来ないはず。なのに、鏡盆祭の時には見えた。
何か理由があるのだろう。
そういえば、最近ネイさんの所でお昼をいただいていませんね。
鏡盆祭までの準備期間、当日、事後処理。それがやっと終わって暇が出来た。今日あたりにでも、それを聞きに行こう。
そして、チキュウの料理をいただいて、ニホンの話を聞こう。まずはお昼をいただきたいことを申しておかなければ。
そう思って、クーン殿の執務室へ行く途中。庭園に差し掛かった辺りで、いつもは聞かないような笑い声が聞こえた。
さて、この城にこうやって声を上げて笑う方がいたでしょうか。
不思議に思い、声を探して歩を進める。聞こえる声は、まだ幼さが残る男の子の声と、うら若き乙女の声。どちらも、自分には聞き覚えがあった。
しかし、このような所で話しているはずもない。半信半疑のまま、バラの道を進む。さまざまな花が咲き誇る庭園の中の、一際大きな木の下。その下に二人はいた。
…やはり、このお二人でしたか。
ネイさんと王子殿下。二人は仲良く手を繋いで木の下に座っている。それはまるで、仲の良い兄弟の様。ネイさんが若く見えるので、そう年が離れているように見えないのが、少し可愛らしい。思わずもれる笑みを隠すことなく、声をかけることにした。
「お二人とも、こんなところで話していては風邪をひいてしまいますよ。特にネイさんは病み上がりなのですから。」
心配して声をかけたはずなのに、二人は私の名を呼んでニコニコしていた。
本当に兄弟のようですね。ネイさんはあまりそう思っていないでしょうが、綺麗な顔が並んでいると、本当に天使のようです。
感心して見ていると、二人は不思議そうに私の顔を見ていた。
「ああ、特に用はないのです。普段あまり人気のない庭園から明るい笑い声が聞こえたので。」
そう言うと二人は納得したように目を合わせていた。
…ここに画家がいたら、この素晴らしい被写体に感動するのでしょうね。
と、関係ないことを思ってしまうほど、花に囲まれた二人は綺麗だった。
「用事、と言うほどではありませんが、今日からまたお昼ごはんをご一緒させて頂いてもよろしいでしょうか。」
『はい、喜んで。』
殿下は事情を知らないからか、どういう意味かをネイさんに問っている。彼女の答えを聞いた殿下は、自分も一緒に食事をしたいと言いだしたが、私もネイさんもそれは許さなかった。
それよりも、いつの間に殿下はネイさんに懐いたのでしょうか。仲、良過ぎませんかね。
これではクーン殿もやきもきしているだろうと思い、その様子を思い浮かべて思わず笑ってしまった。
まだ幼い甥っ子にネイさんを取られたと思わなければいいのですが。
昔から何に対しても頓着のなかった知人の豹変ぶり。陛下も宰相閣下も私も驚いていた。
この三人が揃うと大抵はクーン殿の話になる。陛下は兄弟として、宰相殿は親として、私は友人として。さまざまな話は尽きないが、やはり語ることは共通のものが多くなる。それがクーン殿だ。
少し前まではどんなに朴念仁だとか、女たちのことに対しての行動の鈍さなどの笑い話をしていた。しかし、今では違う。
ネイさんの存在が陛下に認知され、その後に一度だけお茶をしたが、その時の話題はクーン殿とネイさん。二人がどうなるか、とのことだった。
クーン殿のあからさまな態度。見ていて面白いくらいネイさんのことになると過保護になり、他の男などを近寄らせないために彼女に近づこうとする男を眼力で抑えている。彼女はそれに気づいていないが、もしかしたら鈍感な友人も自覚で無しでやっているのかもしれない。二人とも疎いとは、救いようがない。
本来ならば、<最後の乙女>という尊い存在であるネイさんとの恋は叶わないだろう。しかし、初めて見せた執着を垣間見て、どうしてもくっつけてあげたい気持ちになる。幸いネイさんは公には出ていない。陛下にも私たちにも普通に接してくれと頼んだ。
それならば叶うかもしれませんね。
貴族階級がない彼女が王弟であるクーン殿と婚姻を結ぶのは難しいだろう。ならば、私が後ろ盾になってもいいですね。
そう思って、思わずニンマリしてしまった。
それを見ていた二人が私を見上げて首を傾げる様は、本当に愛らしく身もだえしそうに…
…コホン。決して変な趣味ではありません。綺麗なものや愛らしいものを愛でるのが好きなだけですから。
どうしたのかを訊ねてくる殿下に。
「いえ、先日陛下と宰相さまとクーン殿のことを話しまして。その時のことをつい思い出してしまいました。」
そう言った。
すると、二人はまた顔を見合わせている。その目は、丸く見開かれており、何かに驚いている様子だった。
「僕たちもね、神官様が来る前に叔父上のことを話していたんだ。」
「ほう、それはどんな事でしょうか。」
非常見興味深い。もしかしたら、ネイさんの心が聞けるかもしれない。そう思う前に、私は聞き返してしまっていた。
無礼に取られたかと思い、態度を改めようとするが殿下は気にした様子もない。
この方はこう言う御方なのだ、と思いだすと、緊張していた肩の力を抜いた。
王族の方々はとても気さくだ。どちらかと言えば上級貴族の方が身分について口うるさい。
仕事もせずに威張り散らしている姿など、見苦しいだけです。それに気づかないのですから、少し哀れですね。
酷い物言いと思われるかもしれないが、これが事実。陛下も宰相さまも頭を悩ませていることだった。
「ネイと僕にとって、叔父上は頼りがいのある、兄貴のような存在だ、ってね。」
ここで私が脱力した理由を、みなさんはご理解されていると思います。
あれほどまでお互いに近い場所にいて、何故片方は気付かないのだろうか。明後日の方を見て、少し考えてしまう。
むかし、あれほどクーン殿の人に関する鈍感さを笑ったけれど、こっちもいろいろと問題がある。
二人を一番近くで見ている自分が、二人の心の近さを理解している。神がおっしゃられたように、二人がイチャイチャしているようにも見えてきた。つまりは、彼らがお互いに自覚が合ってそう言った雰囲気を作り出していると思っていた訳で。
…まさか、クーン殿よりも鈍い方がいらっしゃるとは思いませんでしたね。
ネイさんは敏い娘。人の機微を読み取って、会話の主導権を握って言葉巧みに人を誘導し、全てを意図的に動かせる子ということは、まだ付き合いも浅いが理解できていた。それなのに、色恋沙汰に疎いとは。
今、ネイさんは、クーン殿の前で地を出していることが多い。だからこそ、二人が理解し合って、傍にいることを認めた相手同士になりつつあると思ったのに。
「ネイさんも、そう思うのですか。」
『はい。あ、でも、納得してる訳じゃなくて…なんだろう、もっと別の存在のようにも思いますけど…』
「…まだ、分からないので、とりあえず“頼れる兄貴”なのですか?」
満面の笑みでそうだと言われた私は、また脱力してしまった。
問題があるのは男の方だと思っていたのに、それを上回る人がいるとは思っていなかった。
これは、三人で話しあってもどうにもならない問題ですね。
この後、私は彼の執務室へ赴き、訳も分かっていない彼に頑張れと言ってしまった。
彼に紅茶を差し出す、ネイさんの微笑みは誰の前よりもクーン殿の前が一番輝いているように見える。そして、二人の雰囲気は、自分がこの場にいると言うのに酷く甘ったるかった。
それなのに、ネイさんは何故無自覚なのでしょう。
二人の顔を交互に見て、今日三度目の脱力をしてしまったのは無理もない―――
レークさん視点でお送りしました。
この人、個人的にお気に入りです。笑