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平穏な日常‐その2‐

お気に入り登録が300件を超えました!

たくさんの人に読んでいただけて、とても嬉しいです。


「ネイ、こんな感じでいいのかなぁ。」


「もう少し頑張って泡立ててください。」


 分かった、と言うと腕が疲れた見たい出歯を食いしばりながらやっている。


 あー、もうっ!可愛過ぎるよー。ってことで、甘やかします。



「殿下、それは料理長のエルさんに任せて、次の工程に進みましょう。」


 最後まで自分でやりたいと一度はごねたけど、あまり時間がかかってしまうと良くないことを伝えるとしぶしぶエルさんに泡立て気を渡していた。


「さて、次はもっと力が要りますよ。クリームチーズと砂糖を混ぜますからね。」


 やっぱり次の工程も殿下がやるには大変そうだったけど、何とか生地が出来た。


「これは濡らした布で巻くんです。そうしたら、ふわふわだけどしっとりしたケーキに仕上がりますからね。」


「ネイ、さっきから気になっていたんだが…けーき、とは何だ?」



 ……


 はい、思わず固まっちゃいました!


 ケーキを知らないって…どんな生活してたらそうなるんですか。てゆーか、ケーキなくて生きていけるんですか!


 甘いもの好きな女の子にとっては別腹。そして無限に食べられそうなものなのに。



「スポンジ生地にクリームを塗ったものです。中に果物を入れると美味しいんですよ。」


 そうは言ってみたものの。見たことがない人には想像もできない代物らしい。私に取ったら普通なのに、料理水準の低いここではお茶菓子にはティレ・タータという一度苦しんだ思い出のあるアレしかないんだって。信じられない。


 料理と同様、誰か開発すればいいのに。


 今度作りますよ、と言えば、エルさんは嬉しそうに頼んだ、と言った。


「ネイ、その話は良いから、次はどうするの?」


 殿下は今は目前のものに集中してるらしい。それ以外は目に入らないのか、次の手順を促した。


「器に濡れた薄い布を入れて、生地を半分入れてください。そうしたら、切った苺を入れます。それからもう一度生地を重ねて布をきっちりかぶせて完成です。」


 殿下はそれを丁寧にやった。いつもの私だったら見ていてイライラするはずの不器用さなのに、殿下がやると可愛いから許せちゃう。


「できた!」


 キラキラとした瞳。笑顔を浮かべるその姿は、本当に嬉しそうだ。


 私はその容器を受け取り、昼食の後のお茶の時間に持っていくことを約束した。そして、一度殿下を送りに、行こうと思ったんだけど。…駄々を捏ねられまして。これはどうするべきなんでしょう。



 もっとネイと一緒にいる、とか可愛いことを言っているから、叱りたくても叱れない。だけど、いつまでも殿下がこんなところにいるわけにはいかない。それに加えて私には仕事がある。午前中の分の配達がまだ残っていた。



「殿下、申し訳ありませんが、私にも仕事がございます。


 もしもお部屋へ戻るのが嫌なのであれば、ここではなくクーン魔道師さまの執務室に行かれてはいかがでしょうか。その勤勉さを見る事も一つのお勉強になると思いますよ。」



 本当はもっと遊びたいのだろう。俯いてしまっている。だけど、他のやるべきことを蔑ろにできるほど時間はない。クーンさんは忙しい。その時間を少しでも短縮させたいと願う私が、何もしない訳にはいかないから。


 ネイは心を鬼にします。


 何とか説得することが出来、断わり切れず一緒に手を繋いでクーンさんの執務室へと向かった。


 ノック、それから部屋に入ると、書類から目を離すことなくひたすらに仕事をしている。その姿を見た殿下は真剣な眼差しをクーンさんに送っていた。




「…殿下、どうしてここにいるのですか。」


 視線に気づいたのか、目の前にいる人物に驚いている。


 そんな表情を見るのは少し嬉しいから、私は二人の顔を見比べながら顔がニヤけるのを必死にこらえた。


「ネイがね、叔父上の勤勉さを見るのも一つのお勉強になるって言ったからだよ。」


 クーンさんの視線が痛い。言いたいことはよく分かってる。ってことで、私逃げます。



「殿下、よろしければそちらにお掛けください。では、私は書類の配達に行ってきまーす。」


 私は二人をそこに残して、書類を持って駆けだした。








「おい、ちょっと待て!」


 げ!


 一応走らないように心がけていたのに、声を掛けられてしまった。で、思いっきり嫌な声が出そうになったのは、胸に付いている赤い羽根が原因だ。


 過激派のお偉いさんに捕まっちゃったみたい。どう切り抜けよう。


 そう考えても、こっちから声をかけるのは失礼にあたる。私にとってこっちのルールなんてあって無きが如しなんだけど、流石に一女中として働いている今はそうもいかないのだ。



「その書類はうちの省への届けか?」


「ええ、そうでございます。」


 書類の省名を見て言ってるのだからそうなんだろう。でも、いちいち多い議員や貴族を私が覚えてると思うなよ!


 自慢じゃないけど、五分前に自分の顔を殴った人を忘れるくらい私の顔覚えは悪いの。


 つまりは、貴方がどこの省のお偉いさんで、どんなに偉いかなんて知らないってこと。話を合わせているのは、過激派の人だから波風を立たせないためだ。


「お前、クーン魔道師の専属だな。」


 手で顔をくっと持ちあげられる。気分悪いけど、顔が引き攣らないように心がけた。



「お前が数日前より、王族の方に接触している事は分かっている。ヤツは何を企んでいる。国王の座か?」



 …頭悪いヤツ、私嫌いです。


 そう言ってやりたくなった。なんてったって考え方が早計過ぎる。


 クーンさんが王族に接触する=何か企んでいる、にどうして繋がるんだろう。陛下もクーンさんもただ単に兄弟としての時間を楽しんでいるだけだ。それに王妃様と殿下は私のお菓子を美味しいと言って食べてくれているだけなのに。


 短絡的でヤになっちゃう。


 私は早くそこを去ろうと、引き攣らないように笑顔を作って一歩下がる。それから一礼をして言った。


「申し訳ございませんが、私には身に覚えのないことでございます。」


「嘘をつくな!みなが多くを目撃しているのだ。逃れられる筈がないだろう。」


 うん、わかってるよ。王族に接触してたのはクーンさんもとい私だ。それを多くの人に見られている事も。


 クーンさん曰く、クーンさんが陛下に会うのってどうも周りからしたら嫌な事なんだって。


「確かに、何度かお会いになられておいでです。しかし、それは私が異国の地からやってきたからです。」


 訝しげな視線。まるっきり疑ってくれちゃってますよね。ま、そんな視線も慣れちゃって、私にとってはお手のもんだけどね。


「お前が異国からやって来たことがどうして関係している。」


「私の国ではお茶菓子の種類が豊富にありまして、それを王妃様に食していただいているのです。


 幸い気に入っていただけたようですし、陛下からの命を受けてお菓子を作っているのです。」



 ここまで言ったら何も言えないでしょう。私は心の中でほくそ笑む。


 過激派は温厚派に対してはきつく中り、特に温厚派代表の息子であり元王族でもあるクーンさんを疎ましく思っている。だけど、彼らは絶対に陛下には逆らえない。だからこそ、陛下の命だと言ってしまうのが黙らせるのには一番だ。



 大方の予想通り、おじさんは黙りこくる。私は一礼をしてそこを後にしようとした。が、呼び止められる。それは書類を受け取るというものだったけど、一蹴した。


 だって、ちゃんと扱ってくれるか分かんないし、本当に省の役人かなんて信用ならないんだもん。


 世の中信用第一ですよねー。



「申し訳ございませんが、これを省の係の者に届けるまでが私の仕事でございます。貴方様のお手を煩わせるほどのことではありません。」



 では、とお得意の笑顔と綺麗な礼を決め、ずっぽりと猫を被ったままそこを後にした。


 後で陛下に謝んないと。勝手に名前使っちゃったし。


 書類を届けた帰りにのんびりとそんなことを考える。近道のために外に出てみると、青空が透き通っていた。



 さーて、次のお仕事に励むといたしますか。


 そう思って執務室へと戻ると、殿下はもういなかった。どうしたのかを訊ねると、私が配達に行ってすぐに帰ったんだって。その理由が可愛いことに、私がいないとつまらないんだって。


 嬉しくなって出てしまったニヤけ顔を両手で押さえながらいると、クーンさんは走らせていたペンを止め、私の顔をじっと見つめていた。


 何事か、と聞くと、何でもない、と返される。しかし、私を伺うのは一向に止めてくれそうになかった。



『あのー…居辛いんですけど、出てった方がいいですか?』


「いや、いい。」


 そう言うと、今度はペンを持って書類に視線を走らせる。ホッと一息ついて、私は書類の整理に取り掛かった。


 それでもやっぱり集中できないみたいで、時折こっちを伺ってるのが分かる。だから、私は書類から目を離すことなく、何か用ですか、と聞いてみたら、吃驚したようにどもっていた。


 それを見て笑うと、お昼の用意してきます、と言って出ていく。


 ここでの生活にも慣れてきたなぁ、と少し嬉しくなった。


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