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平穏な日常


 オウサマに会ってから早一週間。何事もないまま無事に生活してる。約束は守ってくれてるみたいだ。


 安心して生活できることを嬉しく思い、私は今日も元気よく働いている。



「今日のお昼ご飯は、レークさんが気にしてるハンバーガーにしましょうね。楽しみにしていてください。」


 今だって、いつもの如く神殿を抜け出してニホンのことを聞きに来たレークさんにお茶を出して、ファストフードについて語っていたところだ。


 毎度のことながら目を輝かせている様子は、大きな子供のように思える。毎日変わらないその様に、自然と笑みがこぼれた。


 しかし、変化したこともあった。



「ネイっ!」


『殿下!?』


 お茶のワゴンを片付けるためにキッチンへ向かう。近道しちゃえ、と中庭を横切ろうとした時。可愛らしい男の子が近寄ってきた。その周りには誰もいない。


『また抜け出してきたのですか?』


 満面の笑みで頷かれてしまえば、もう何も言えない。私は諦めたように、殿下に視線を合わせた。


「ネイに会いに来たんだよ?」


 ズッキューン!


 撃ち抜かれました!何この可愛さ!


 身もだえしそうになりながら、笑顔がとろけないように心がける。それと一緒に、抱きしめたい衝動も抑えた。



 何故か殿下に懐かれた私は、もう一週間毎日殿下と会っている。大抵は王妃様にお茶菓子を届けに行く時に会えていた。だけど、私を見かけて駆けつけてくれるようになってからと言うもの、もう4日も殿下から私に会いに来てくれるようになっていた。


 私、小さい子に好かれるようなことは昔からなかったんだけど。


 そう不思議に思いながらも、女の子みたいに可愛い殿下が合いに来てくれるのは嫌じゃない。本当に、こんな弟がいたら甘やかし続けるだろう、と言うほどだ。


「今日も母上の所へ行くの?」


『はい。後でお茶菓子を届けに参ります。』


「じゃあ、僕もその時一緒に行く。それまでネイと一緒にいてもいいでしょ?」


 もちろん、うんと言いたいところだ。でも、そうはいかない。


 彼は王位継承権第一位の王子様だ。そう簡単に姿を消していいはずもない。現に、遠くから殿下を探している声がする。


「…ダメ、なの?」


 ウルウルとした純粋な目で私を見つめないで…心が揺れるから。


『殿下、黙って出てきたのでしょう?それではみなを心配させてしまいます。』


 ここは心を鬼にしてお説教と行きましょう。嫌われたくないけど、仕方のない事だ。私が目に入れても痛くないと言わんばかりに可愛がっている殿下は、皆にも同じ扱いを受けている。もちろん殿下が良い子だという事もあるが、怒られた事はあまりないんだってさ。


 確かに可愛いけど、皆どれだけ甘やかしてるんだよって話。


「じゃあ、許可を貰ったらいいんだね!」


 急にお喜びになってどうしたんですか、そう聞きたかったけど、掴みどころのない殿下は、声のする方へと私の手を引きながら走っていく。


 私は前屈みになりながら、足をもつれさせて転ばないように気を付けた。


「殿下!」


 騎士も女中も殿下が私みたいなのの腕を引いてやって来たことに驚いているのが一目瞭然だ。でも、ここ数日王妃様の元へお菓子を届けているので、私の面も割れている。


 周りの人たちがあからさまにほっとしたのには、殿下がどれだけ可愛がられているのかが明らかだった。


「僕ね、これからネイのお菓子作りをお手伝いしようと思うんだ!」


『殿下?!』


 一番最初に私が声を上げたのは無理もない。だって、そんなことさっき言ってなかったんだもん。許可を貰う、としか言ってなかったはずだ。


「母上においしいものを食べさせてあげたいんだ。ダメ、かな?」


 きっと、皆はウルウルとした目で見つめられてるんだろう。見事に狼狽してる。


「でも、護衛はどうなさるおつもりですか?」


「ネイは叔父上の専属だもん。何もないよ。」


 ここにいる人たちは陛下の腹心とも言える。クーンさんと陛下の中を疑う人は一人もいない。だからと言って、王妃様に持っていくお茶菓子の毒実を止めてはくれないけど。


 まああれは、自分が食べたいからって意味もあるんだろうねぇ。毒味係のお姉さんはいつも嬉しそうに食べている。十分過ぎるってほどに。


「しかし…」


 渋る家臣たちに殿下は、もう一度ダメか聞き、小首を傾げるようにしている。ああ、もうダメだな。


 そう思った時、見事に陥落した。許可が下りた。


 殿下、そこには純粋なものだけしかないと思わせて下さい。


 将来腹黒くなりどうな事を心配しながら、昼食のワゴンはそこにいる侍女に任せて、私はクーンさんに許可を貰うべく、執務室へ向かった。…仲良く殿下と手を繋いで。


 周りからの視線が時折痛かったけど、毎度のことながらあの目で見つめられてしまうと断れなかったんですよ。


 言い訳がましいことを考えながらも、ノックをしてから執務室へと進む。中に私たちが入ってもクーンさんは書類から目を離さなかったけど、天使のお告げによって例に無く驚いた顔をした。



「殿下…こちらで何を?」


 声を大にして問わないところが、なんともクーンさんらしくて面白かった。だけど、この状況で笑ったら浮く。ってことで、我慢した。


「勉強が嫌で逃げて来たんだ。」


 屈託のない笑顔。これはクーンさんも陥落だろう。と思ったのに。


「殿下、あなたは将来この国を担うのですから、勉学を厭ってはいけません。」


 固い声。それは小さい子には厳しいものだろうけど、私にはその意図がよく分かった。


 殿下が大切だからこそ、自分が憎まれることを分かっていて説教役を買ってる。将来的には仕える事を考えているからこそ、立派になってもらいたいんだって言ってたから。


「うん、わかった!」


 笑顔は曇ること無い。怒られていたはずなのに、少し嬉しそう。


「だけど、今日はこれからネイと一緒にお菓子を作るんだ。いいでしょ。」


 クーンさんはしばらく難しくしていたが、渋々頷いた。それに殿下は満足そうだ。嬉しそうにありがとう、と言って近づいて行き抱きつく。その姿は見ていて微笑ましかった。



 眼福、眼福。天使と美青年。何とも絵になりますなぁ。


 ニヤける顔を隠す事もせずに二人を見る。クーンさんは少し戸惑ってるみたいだけど、ちゃんと抱きしめてあげてた。


「叔父上の分もちゃんと用意するからね!ネイ、行こう!」


 クーンさんから離れて私の所までやってくると、手を繋ぐ。私は苦笑しながらクーンさんに一礼をしてそこを後にした。


『殿下、今から行くところは殿下の思っているような綺麗な場所ではありません。それでも構いませんか?』


「もちろんだよ。母上と叔父上に美味しいお菓子を食べさせてあげるんだ!」


 手を繋いで大きく振りながら歩く。すれ違う女中さんがお辞儀しているけど、その表情は驚いていた。

 それはもちろん、少し違う女中服を着たクーン魔道師専属が、仲良く王子殿下と歩いてるからだろう。ちょっとだけ、みんなが驚ろく顔をするのは、面白い。


 それを楽しんで歩いていたんだけど、中でも一番驚いていたのは、エルさんだった。


 調理室に入ってきた私に挨拶をしようとしたまま、固まってしまっている。一方の殿下はにこやかだ。


『今日は殿下と一緒にお茶菓子を作ります。エルさんもお手伝いしてくれますよね?』


 固まっちゃってるエルさんにそう言った。でないと、動いてくれそうになかったから。何度も度持ったようにして何とか返事をすると、必要な材料を聞いたエルさんは勢いよく飛び出して行った。


 …どこ行ったんだか。


 ま、普段は王族がこんなところに来るはずないもんね。王族の料理を担当していて触れ合う機会が多かったとしても、そりゃ緊張しちゃうよ。



 エルさんが戻ってきてくれることを祈りながら、私は器具の用意をする。


 その一部始終を笑顔で観察してくる熱い視線にやりづらいな、と思いながらもテキパキと動いた。


『殿下、分かっているでしょうが、くれぐれも私のあの事は内密に。』


 分かってるんだかいないんだか、大きく頷いてくれました。可愛いけど…もし喋っちゃったらいくら殿下でも許せないかも。


 と、まあ考えはここら辺にして。エルさんがやっとこさ持ってきてくれた材料を確認してから殿下に向き合った。


『さ、始めますよ。腕まくりをして、せっけんで丁寧に手を洗いましょう。』


 そんなスタートで始まり、白いエプロンをつけた殿下は私の言葉に従って料理を開始した。


 簡単なものにするべきだろう。そう思って考えたレシピはクレーム・ダンジュ。ふわふわとした食感のチーズケーキだ。


 ケーキの説明もそこそこに、殿下が真剣に努力している姿を私は微笑ましく見、エルさんはハラハラして見ていた。



「ネイ、状況が全く理解できないんだが…」


 いつもなら周りをうろうろしているエルさんが、手招きして私を端まで呼んでの第一声がそれだった。


 確かに、一国の王子様が使用人の台所にいたら吃驚だよねー。


 どうやって説明するべきかを考えをめぐらせ、何とか言葉にした。いろいろちょろまかしちゃってごめんなさい。そう思いながらも、嘘を並べる形になってしまった。


「クーンさんに着いて王族の方に会った時の話はしましたよね。あの時以来、殿下に懐かれまして。今日も殿下から会いに来てくださったんです。」


 これは事実だし、嘘も含まれている。だって、もしかしたら殿下は、私が<最後の乙女>だから気に掛けてるのかもしれない。


「それは分かったが、どうして今ここに殿下がいらっしゃるんだ?」


「妃殿下にお茶菓子を作って差し上げるそうです。」



 これは事実。今目の前にいて嬉々として調理をしている様を見れば、それは一目同然だ。


 エルさんはそうか、と言い、そこを離れようとする。私が声をかけると、自分が同じ場所にいるのは身分不相応と言った。


 だけど、そんなこと言ったら、私だってそうなるじゃないですか。ってことで引きとめる。エルさんは不安そうにしてたけど、でもやっぱりどこか嬉しそうだった。


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