星空
目が覚めると、辺りはもう暗くなっていた。
いつの間に寝入ったんだろう。まだ完全に目覚めていない頭を働かせようと、しばらくそのままでぼーっとしていた。
この世界に電気は無い。夜もロウソクで明かりをともしている。だから、何もないここは、本当に暗い。
どれほどそうしていただろうか、横たえて居た身体を起こす。辺りを一度見回してみると、そこには誰もいなかった。
どれだけ寝てたんだよ、私…
遠くから人の騒がしい声が聞こえて、祭りの様子も様変わりしているらしい。
この状況、どうするべきか。判断に悩む。
今日はジュノの遊び相手になるためにここに居たはずだ。なのに、当の本人は光って消えた。鏡盆祭はもう終わってるはずなのに、どこに行ったんだか。
少々呆れながらも、この先のことを考える。
さっきクーンさんに今日は深夜まで動けないと言われた。城下はお祭り騒ぎで、城では舞踏会だそうだ。
舞踏会だなんて、物語の中だけだと思っていたから少しだけ興味がある。だけど、厭味な人間たちの心理戦や、自慢話が飛び交っていると聞いて、さもありなんと納得して興味はどこかへ行ってしまった。
やることがないし、まだお祭り騒ぎが耳に入っているということは、夜中じゃない。つまりはまだ暇な訳だ。
クーンさんもいないし、やる事もない。どうしようか迷った挙げ句、私はジュノの言葉を調度思い出した。
私はチートになったらしい。とは言うものの、その力を使ってみた事はなかった。
クーンさんが心配して、ぎりぎりまでベッドから出してくれなかったもんだからね。今日は数日ぶりの外出だ。
莫大な量の知識が頭の中に納まってるのは、感覚的に分かる。てゆーか、その情報処理のために三日も眠ったと言っても過言じゃない。だけど、もう一つの方は、まだ試したことがなかった。
私の世界に無くて、こっちに在る力。
―――魔法。
これまたおとぎ話のような世界観だけど、使えるとなっちゃそうしない訳がない。
少しウキウキしながら身構える。だけど、はて、と一人で首を傾げてしまった。
魔法と言えば、杖や呪文。でも、個々の人たちは単なる言葉で発していた。それは夢も希望もない様子で。状態を見れば確かに不可思議な事が怒っているけれど、何故か壮大さに掛けていた。
ここは不思議な呪文でも作ってみようか…暇すぎる私の思考は残念過ぎた。そう簡単には思いつかない。
まあ、いいか、と諦めて、人差し指を伸ばし目を閉じてイメージしてみる。
光…温かいもの…
何かをつかめた気がして目を開けると、オレンジ色の丸い光が宙に舞っていた。
『おお、綺麗だなぁ…』
独りごちてそれを見つめる。一つきりじゃつまらない。そう思った私は、両手の人差し指で空を指し、どんどんと光を作りだした。
ふう、と満足して息を吐く。そこには無数の光が舞い散っていた。
私はさっきのように寝転がり、それを見つめる。蛍のような淡い光は宙をゆっくりと動きながら、見ている私の心を癒してくれた。
それからどれくらい経っただろうか。ゴト、という音と共に下の階段へとつながる小さな戸が開く。そこから顔を見せたのは、クーンさんだった。
「…これは、ネイがやったのか?」
息を飲んで、驚いた顔をしている。その表情を照らしてくれたのも、私が出した光だった。
『はい、暇だったので、ジュノが言っていた事を試していました。本当に魔法が使えてびっくりです。』
吃驚しているのはクーンさんの方なのか、しばらく考え事をするように眉間にしわを寄せていたけど、光の動きが目に入ったのか、それからの表情は柔らかいものになった。
「火急の用事が出来て少し外していたが、俺のいない間に何もなかったか?」
『はい。特に何事もなく…というよりも、何事も無さ過ぎて暇でした。』
正直過ぎる私の答えに笑い、それから昼のように持ってきてくれたバスケットの中身を広げて遅めの夕食にした。
満腹になると騒ぎの声は小さくなり始めていて、クーンさんは光を消すように言う。綺麗なのに勿体ないと思って、理由を訊ねると。
「今日の神殿には、皆目がいく。その最上階に不思議な光が集まっていたら、何事かと騒がれてしまうだろう。」
尤もな意見だった。
人の目につくように使っちゃいけないね。特に神殿内でそういうことすると、やれ神がなんだ、とかそういった騒ぎになっちゃうもん。
私は言われたと通りにするために、光が集まるように念じる。纏まったそれを両手に納めるようにして掴み、消えるように念じた。
両手を開いた時には、また暗闇が広がる。目が慣れるまでは、少し怖かったけど今日は月が明るいからすぐになれる事が出来た。
「さっきの光も綺麗だが、今日の夜空は格別だ。」
指を差された方向は、もちろん空。私はそれに従って上を見上げた。
『うわぁ―…』
感嘆の声が漏れる。それほどまでに見事な夜空だった。
「月が全て出て、しかも満月。だからこそ今日は鏡神祭にふさわしい。」
確かに、お月さまの丸い形が、鏡盆に見えなくもない。そう言う意味が込められているのだと勝手に確信して、しばらく夜空を見つめた。
『不思議ですね。』
どれほど見つめていたのかは分からないけど、しばらくの沈黙の後、私から口を開いていた。
首が痛くなってきたけど、見ないのも勿体ないと思いながらそれを続ける。硝子越しに見ている所為か、余計にキラキラと光る者たちが綺麗に見えた。
『私のいた世界では、月が明るいと星はあまり見えません。でも、こっちは月も星もしっかり出ていて綺麗です。』
率直な感想だった。プラネタリウムで見るものよりも、作り物のように綺麗なそれは私をひどく魅了する。見入って目が離せないほどに光が眩しかった。
「…元居た世界では、星が見えないのか。」
『街の明かりが明る過ぎて、あまり見えません。少し暗いようなところでも、月が明るいと星はひとつ、ふたつと言うほど疎らにしか見えませんね。』
都会は特にそう。高校生の時に行った臨海学校なんかだと、自然の中から空が見えた。それはどっちかと言うとこの世界の星空に近い気がする。
話してるうちに首の痛みが限界になり、上を向くのを止める。それから横を向くと、いつからこっちを見てたのか、真剣な顔つきのクーンさんと目が合った。すぐに気恥ずかしくなり、俯く。
何か話しかけなくちゃ、と思ったところで、帰ろうと声をかけられた。
ドキドキしている心臓を押さええる。訳も分からない状態の心臓に納まれと念じて、クーンさんの後に続いてそこを後にした。