妖精
「おはようございます!」
目を覚ましたら、ベッドの傍らに女の子が立っていた。
『おはよ、ございます…?』
その元気のいいこと。にっこりとした満面の笑みに圧倒された。
「もう日も上がっています。そろそろ起きても良い頃合いですよ。」
指差された窓の向こうには青空が広がっている。差し込む光から、太陽が大分高い位置にあることが分かった。
それにしても、まずは…
『あの…どちら様でしょうか?』
生憎昨日の状況は目が覚めるまで、夢だって思ってた。結局この部屋にいることが分かったから、ちょっと落胆。で、起きた途端に知らない人。
混乱、混乱。ってなわけで。早速質問しました。
「失礼いたしました。」
きゅっと唇を結び、真剣な表情になる。そんなに畏まらないでほしーんだけどネ。こっちも緊張しちゃうから。
「今日付けでネイ様のお抱えとなりました、お世話役を務めさせていただきます、女官のミリアと申します。」
丁寧に挨拶をされ、思わずつられて頭を下げる。そんな私の行動にびっくりしたのか、ミリアは焦っていた。
必死な言葉に驚きながら、私は頭をあげる。そこにあるミリアの顔は随分と困っていた。
でも仕方ない。
こんなに丁寧に挨拶されたことないもん。そりゃ、同じように返すってのが、道理でしょう。
それに、聞きました?私がメイドさんを抱えるとか言ってましたよ!?…って誰に話しかけてんだか。なんてノリツッコミみたいなことしてみたり。
「さあ、ネイ様。お着替えいたしましょう。」
『ネイって呼んでください。私、様付けで呼ばれるような人間じゃないですから。』
さっきから歯痒かった。私、偉い人でも何でもないし。
でも、ミリアは了承してくれなかった。
「分は弁えなければなりません。」
どうかお許しください、と言ったミリアは、今度は頭を下げる立場になっていた。
そんなにこだわることなのかなぁ。きっと、この世界には階級制度があるんだろーな。
私はそんなものがある日常にいなかったから、それがどんなものかなんて分からない。でも、ミリアのこの行動にそれが垣間見えた気がした。
『…わかりました。』
こう言うしかなかった。
だって、この所為でミリアが何か言われたら嫌だもん。これからもっと打ち解けられたらいいなぁ。
「さ、着替えましょう。」
そこからが地獄だった。
どれにしますか、と言われて開けられたクローゼットの中にはまさかのドレス。
こんなの着たことないし!てゆーか、是非パーカとジーパンで!!なんてのはムリみたいで。
ミリアの恰好を見ても、足が見えていないくらい長いスカートをはいている。この世界の恰好は厄介そうだ。
「きっとその白い肌には何でも似合いますよ。」
えっ?なんか嬉しそう?とか思った私が馬鹿だった。
ミリアの性格はちょっと厄介。(すみません、でも事実。)純粋に楽しんでいるから、止めてとは言えなかった。
でも、着せ替え人形みたいになってる間に、いろんなことを話せたからまだマシかな。
ミリアは20歳らしい。大人っぽいのに、行動に幼さが見えるのはそういうことか。それにしたって胸あるし、色気が半端ない。
世の中って不公平だ。平たいわけではないのに、ミリアよりも少々淋しい自分の胸元が空しい。…目を逸らす事にしよう。
結局、争った結果、私の主張に負けたらしく、スカートが膝下くらいのものを選んだ。
本来は女性が足を出すことはないらしい。でも、あんなの着てたら動けないじゃん。私が大人しくしていられる訳がない。
…自慢げに言うことじゃないけど。
白いワンピースを着せられ、今度は化粧をさせられた。ふわふわなスカートはバレエみたいだなぁと思ったけど、口に出したら不思議な顔をされてすぐに口を噤む。
どうやらこの世界にバレエはないらしい。だから、踊りみたいなもの、と言ってごまかした。
「最後に髪を結いましょう。」
この国では長い髪を結わないのは礼儀に反するらしい。じゃあ、髪が短い人はどうするんだろう、って思うけど、髪が短い人は基本的にはいないんだって。変なの。
髪を梳かれながらボーっとしていると、後ろから唸り声が聞こえてきた。
『…どうしたの?』
「いや、この綺麗な髪を結ってしまうのは勿体ないと思いまして。編み込むと跡が付いてしまいそうで。」
気にすることでもないのに…そういえば。
『昨日、クーンさんも言ってた。』
鏡に映っているミリアは目を丸くしていた。
なんか変な事言った?
『どうしたの、ミリア?』
不安になって声をかける。ミリアは驚いた顔をしたまま口を開いた。
「…クーン魔道師さまはネイ様の髪に触れたのですか?」
『うん、どうして?』
ミリアはやっぱり驚いた顔をしていた。
クーンさんはなんかユウメイジン、みたい?それに、年ごろの女性に男性が触れることは、めったにないと言う。それって、現代日本じゃ考えられない事だよね。
「クーン魔道師さまは女性に触れることは滅多にありません。舞踏会では断れない時のみ、夜会に至っては義務でない限り出席いたしません。
生理的現象の解消の時のみ、女性に触れると有名ですね。女性たちはクーン魔道師さまが誰と結婚するのか気にしています。
人気がありますから、女性たちは競って気に入られようとしているのが現状です。」
ほー…・・あの容姿じゃ当たり前だよね。
それにしてもミリア。
『一気に喋ったね。』
当たり前です、と言って、得意げに続けた。褒めた訳じゃなかったんだけどねぇ。
「女中内でも有名なお話ですもの。女の人たちはみんな噂話が大好きですから、嫌でも耳に入ってきます。」
そうなんだぁ。まあ、女の人の性ってとこだよね。
それにしても気になることが一つ。
『“生理的現象の解消”ってナニ?』
理解できなかったことを尋ねると、ミリアは渋い顔をしていた。
なんだぁ、その顔は?
そう思っていると、大きなため息を一つ零した。
「…ネイ様はまだ知らなくてよいことです。」
そう言われちゃえばもう何も聞くことはできなくて。髪をどう結うかという問題にまた論点が向けられた。
『ポニーテールにしていい?』
そう問うと、返事を聞かないままてっぺん付近で縛った。
「うーん。」
ちょっと悩ましげ。ダメ、だったのかな。
「それはそれでネイ様の差見の艶やかさを引き出しておりますけど、髪は全てきっちりまとめてしまうのが当たり前ですし。」
そっか。なんかいろいろあるんだね。服装は妥協してもらったんだもん。ここは従っておくべきだよね。
そう思った私はそのままお団子にしていく。ミリアはピンで固定するのを手伝ってくれた。
「よくお似合いです。」
…褒められると、どんな反応していいか分かんない。
社交辞令だってのは分かってるんだけど、照れくさかった。
「失礼します。」
ノックの音と共にドアが開いた。
居候の立場で何だが、ドアは返事の後に開けて欲しい。
もし着替えの最中だったらどーすんの。私、仮にも一応女の子だよ?とは言えない。
「おはようございます、ネイさん。よく眠れましたか?」
朝から眩しいほどの笑顔。随分とご機嫌な感じがした。
『おはようございます、レークさん。』
私を見てから頷き、支度は終わったようですね、と言った。
「朝食を運ばせましょう。クーン殿も早朝会議が終わったらこっちへ来るそうです。その後の予定は、私が管理させていただきますね。」
なるへそ。そう言えば、昨日私に聞きたいことがいっぱいあるって言ってた気がする。自分の研究がどう、とか。
その時間がやってくるってことで、レークさんは目に見えて生き生きしてるみたいだ。どうやら私は貴重な研究材料らしい。