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 朝起きると、クーンさんが私の頭を撫でていた。


 ぼーっとする頭で考える。私、寝坊しちゃった?


 てゆーか、頭が変。熱が出た時みたいにくらくらして、思考が上手く働いてくれない。


「目が、覚めたか?」


 囁くような声。なのに、はっきりと耳に届く。


 あれ?前にもこんなことがあった気がするんだけど…?


 そう自覚した途端、顔に熱が集まってきた。


 ななな、何で隣にクーンさんが寝てるのっ?!てゆーか、添い寝、って!


 どうしていいか分からない私は、狼狽えることしかできない。クーンさんはなおも私の頭を撫でていた。


 朝から刺激が強過ぎるほどいいお顔ですよね、まったく。女の子の私にその麗しさ、少し分けて下さいな。なんて、文句を言ってみても仕方ないだろうね。


「顔が赤いな。熱があるかもしれない。」


 おでこに触れ、そして勢いよく起き上がる。私は吃驚して見上げた。


「...熱がある。人を呼んでこよう。」


 そう言ったのに、クーンさんは動こうとしない。見つめていると。


「その...手を、離してもらえると有り難いんだが...」


 珍しく口籠っている。だが、理解ができない。


 手を...?


 不思議に思い、自分の右腕に視線を沿わせていくと、その手がクーンさんの衣服を掴んで、行く手を阻んでいた。


『ご、ごめんなさいっ!』


 慌てて手を離す。頭を一撫でして出ていったクーンさんを見送り、ふと気づいた。


 昨日、一人にしないで、って言ったような...?クーンさんが抱き締めてくれてただけじゃなくて、自分がくっついて離れなかったんじゃ...


 顔に熱が集まり、布団を頭まで被り、丸くなる。本当に熱があるのかどうかがよくわからなかった。恥かしくなって、顔に熱が集まってたから。


 しばらくしてバタバタと人が集まってきて、汗をかいた服を着替えさせられたり、ご飯を食べさせられて薬を与えられたりと、甲斐甲斐しく世話をされた。


 何故かすぐにお医者さんも来たし。


 でも、一言。そんなに大病患ったみたいに扱わないで下さい。


 単なる熱に違いない。それなのに、未だ心配して私の傍に立ち、おでこに乗せたタオルが少し温かくなるだけで取り替える。


 あんまりにも過剰な反応だった。


『あの、もう大丈夫ですから。』


 何度もそう言って、メイドさんたちにようやく出て行ってもらうことができた。そして、嘆息を漏らす。一人の方が、落ち着くから。


 昔から、熱を出した時は一人だった。病院へ行くのも、薬を用意したり、お粥を用意するのも自分だった。


 人に心配されるのって、あんまり得意じゃないんだよなぁ。


 心配されるのに得意、不得意は関係ないかもしれないけど、やっぱり慣れていないものだからどうも意識的に気後れしてしまう。


 一人で静かにして耐えている方が、断然迷惑もかけないし楽だ。


 そもそも、病気の時に心配されたのっていつ振りだろう。最近までは単に迷惑がられてた。


 日常なら迷惑をかけたり掛けられたりと、お互い様だけど、病気の時は一方的に迷惑をかけるだけ。だから、心苦しいの。


「ネイ、大丈夫か?」


 ノックをして、すぐに扉が開いた。やって来たのはもちろんクーンさんだ。表情は心配、そのもの。


 …やっぱり、慣れないな。


『大丈夫です。薬も飲みましたし、すぐに下がりますよ。』


 それに、大した高さの熱でもない。別に少しふらふらするくらいだし、普通に生活してても何ら支障はないと思う。


「でも、かなり熱が高いと医者が言っていた。今日は神殿へ出向けなさそうだな。」


 あ、そっか。詳しいことは明日、とかジュノが言ってたっけ。


『大丈夫。行きますよ。』


 あのアホのことだ。行かなかったら罵られるに違いない。病気とか、カンケー無かったもんなぁ、前に砂漠で倒れた時は。それに、早く多くを知りたいっていう気持ちが強い。


 何で言語が伝わっているのか、とか。私が伝えるべき知識は何か、とか。


 こっちへ来て一月半程経ってたくさんの人にお世話になったから、その人たちに何か新しい知識を教えることで役に立つのなら、喜んでそうしたかった。だから、私の出方を早く指示して欲しいの。


「その身体で…?」


 少し苦い表情をしている。それでもイケメンはイケメンだ。


 その表情も絵になるなぁ。とか、思わず感心しちゃった。窓から差す光の当たり具合とかもちょうどいいし、これをブロマイドにしたら、高額で売れそう。


 って、そんなこと考えてる場合じゃないよ。


 自分のアホな思考を早々に断ち切った。金儲け万歳だけど、今はカンケーないからね!


『この熱、単なる知恵熱ですよ。』


 クーンさんは不思議そうに首を傾げ、射抜くような目で私を見ていた。瞳の奥には心配が滲みでている。安心を与えるために小さく微笑んで、自分の中で分かっている事を話すことにした。


『もう一人の私の記憶が整理している最中なんです。それに、何となくだけど、今までの私と違うような気がします。』


 自分の中に小さな光が見える。それが段々大きくなっていくイメージがさっきから脳裏を過っていた。


「俺にはいつものネイに見えるのだが。」


 うん、見た目的にはそうだよね。でも、精神的には違うの。なんかこう、自分にもう一人の自分が上書きされたみたい。


 それでも自分は自分だから、根本的な事は変わりそうもない。だけど、ちょっと、前よりも暗い考え方が頭を過るようになった。


 それがきっと、もう一人の私が存在している証。


『昨日話したもう一人の私が、私の中に居るんです。』


 もう一人の私が、自分の中に入って来た。自分に重なっているようにも、別のもののようにも感じる。少し違和感があるけど、嫌悪するほどじゃなかった。


『昨日みたいに、私混乱してないでしょう?』


 頷くクーンさんに、昨日は自分のことのように感じてたことが、今は別物に思える事を言うと、腑に落ちた様な顔をしていた。


「昨日はネイらしくないとは思っていたが、今朝は元通りだったな。今は、精神的には落ち着いているのか?」


『はい。両方私だもの。』


 これは言い切れること。確かに高2の私は、人生が辛いと感じて自殺しようとした。だけど、やっぱりこの世界に来れたから。ここに居る人たちと交流して、優しさを知って。人を信じても良いって思えるようになって…


 そうやって、私たちは成長できるんだと思う。


「それは分かった。しかし、やっぱりその体調で出向くのは難しいと思うのだが。」


 クーンさんって過保護?これくらいの熱、大したことじゃないのに。


『なるべく早く、ジュノと話しておきたいんです。』


 この国のこと、成り立ち。それを神様から聞けるなんて、すごくラッキーな事だと思うんだよね。貴重な体験だから、いくら相手があのアホ神でも利用してやらなくちゃ。


 あれ、と疑問に思うことが一つ。なんで、クーンさんが今ここに居るんだ?


 だって、もうとっくにお仕事の時間でしょ。普段ならもう城で書類と睨めっこしている時間だ。


 それを聞くと。


「有休を取った。」


 と、まっとうな答えが返ってきた。でも、あれだけ時間を惜しんで仕事してる人が、なんでこんなタイミングで休むの?そう考えたら、答えは一つ。


 私の、所為。


『…ごめんなさい。』


 昨日、泣きじゃくったり、一人にしないでとか言うから。それに、熱なんか出すから。迷惑、かけちゃった。


「迷惑、とか考えてないよな?」


 そう考えて当たり前じゃない。だって、迷惑でしょ?


 不安になって、クーンさんを見上げる。表情はいつにもまして仏頂面に拍車がかかっていた。


 な、なんか怖い…


 見下ろされている所為か、醸し出している空気の所為か。意識的にそうしてるのかは定かじゃないけど、今までにないくらいの無表情さだった。


『ごめんなさい…』


 さっきから、謝ってばっかり。だけど、それしか言えないんだもん。それに加えて、クーンさんの表情が怖い所為でもある。


「ネイ。迷惑なんてかけて当たり前のものだ。」


 一人では生きていけない、クーンさんはそう言った。


 確かにその通り。でも、私は一人で生きようと今までずっと心がけてきていたから。その考えを急に正すことなんてできない。思いを素直に口にすると、少しずつでいいと言ってくれた。


「半休だから、午後からは城に行かなければならない。ネイは夕方まで寝ていろ。夜に迎えに来るから。」


 それって、二度手間じゃない?私が一緒に行けばいいものを、そんなことでまた迷惑…って、また迷惑って思っちゃった。


 それを読み取ったのか、クーンさんは苦笑している。そんなに顔に出てたかなぁ。


「ネイはこの国の重要人物になるだろう。たとえそれが公にならなくても、俺の中では乙女に変わりはない。神に怒られるなど、勘弁だからな。」


 そうだね。一応は神様と話すことができるのは私だけだし。あんなのでも、一応は神な訳だし、敵牢に扱うことなんてできないんだよね。


 面倒な立場だ。


「俺が戻るまで、いい子に寝ていろ?」


 いいな、と念押しされてしまえば、頷くことしかできない。私の頭を撫でたその時のクーンさんは、極上の表情で私を見ていた。



 やっぱりイケメンは目に入れ過ぎちゃいけない!


 動悸が激しくなった私は、ギュッと目を瞑る。しばらくするとドアの開閉音が聞こえ、部屋の中は妙に静けさが際立っていた。





 言われた通り、私はクーンさんが戻るまで寝ることにする。目を瞑ったままいろいろな事を考えてるうちに、眠っていたみたい。何かに触れられる感覚で意識が浮上した。


 目を開けると、そこには。


『クーン、さん?』


 ベッドに腰掛けて頭を撫でてくれているその人がいた。その微笑みは優しい。


 もう迎えに来てくれたのかな。寝てると時間って妙に早く経ったように感じるよね。


 窓の外を眺めてみれば、日はもう傾いていて空は茜色に染まっていた。薬が随分と効いてたみたい。ぐっすりと眠れた。


「そろそろ神殿へ向かおう。体調はどうだ?」


『少しだけ身体がだるくて、ぼーっとします。だけど、朝よりは全然マシ。』


 身体の状態が少し良くなったことで、朝の体調の悪さが分かった。随分とキテたみたい。今思うと相当辛かったんだなぁ。


「ならいいが、どうする?今日は止めておくか?」


 また心配してくれているみたいだったけど早く自分がここに来た意味を知りたい私は、大丈夫の一言で何とか了解を得ることができた。ただ、あまりに女中さんが心配して、神官服の下にも上にもたくさんの防寒をされたのには少し驚いた。


 そんなに酷くないのになぁ。


 そう思っても、あんな顔して世話されたら、されるがままになるのは仕方ない事だと思う。


 着替えの手伝いを断ろうとした時、泣きそうな顔、されましたよ。こっちの方が悪い事を言ってる気分になってokをしたけど、こんなに着せられるんなら断ればよかった。


 嘆息を一つ零し、クーンさんが待つ馬車へと向かう。それに乗り込むと、すぐさま神殿へと向かった。


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