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閑話Ⅲ

クーンさんsideです。

『お疲れ様でした。』


 書類を届けて戻って来ると、ネイがお茶を用意して待っていた。


「ああ、今日は助かった。」


 今日はいろいろと視線が刺さる。廊下を歩くたびに好奇の視線が自分に降り注がれていることが分かった。


 普段から、その存在故に見られる事も多かったが、こうもあからさまだと疲れる。


 俺は椅子に身体を放り出した。



『…ごめんなさい。』


 小さく謝る声。その表情は、自分を責めているものだ。


「謝るな。ネイは俺が言えない事を言ってくれたんだ。嬉しいよ。」


 それが俺の正直な気持ちだった。


 この国の役人は働かない。しかし、力だけはある。だからこそ、俺も宰相殿も黙って、従っているフリをしていた。


 面倒なことから目を背け、状況を悪化させたのは己の身から出た錆。ネイが言ったことは当に正論だった。


 正直なところを述べた俺だったが、ネイの表情は浮かない。かなり自分のしたことを省みているようだ。


「ネイ?どうしたんだ?」


 辛そうな表情を見ていることなど、出来なかった。手をさしのばし、少し腫れてしまっている頬に触れる。触れた瞬間にピクッと動いたが、後はされるがままになっていた。


 この白く、綺麗な肌に傷をつけたヤツが恨めしい。


 そのまま何度か手を往復させると、ネイの表情はますます燻っていた。


「そんな顔するな。ネイのその表情を見るのは辛いんだ。」


 …一瞬、泣くかと思った。


 そう思ったら、自分を律していることなどできない。細いその腕を引き、自分の腕にすっぽりと収める。体温を感じて、漸くネイがそこに在ることが確認でき、一安心した。


「泣きそうで悔しそうで、辛そうな、そんな顔見たくないんだ。」


 何を言っているんだ、とすぐに思い返す。俺らしくもない、と。だが、俺に包まれている少女は何も言わない。


 しばらくして、口を開くと。




 ―――大丈夫、私笑えます。そう言った。

 

 笑えます、ということは、無理に笑うということだろう?


 本当は笑いたくもないのだろう?


 今、彼女がどんな思いでどんな表情をしているのかが気になって、再度抵抗を見せた時には、簡単に腕を解いてやる。でも、そこに居た少女は今にも消えてしまいそうな笑顔を浮かべていた。


「悪いが、俺には大丈夫そうには見えないな。」


『大丈夫。』


 そう言われた時には、突き放されたような気がした。食事を用意しに行くと言って飛び出したネイが、一生手の届かない所へ行ってしまう気がして手を伸ばしてみたが、当然のことながら届きはしなかった。









 食事を済ませ、神官服を身に纏ったネイを神殿へと誘う。その姿は非常に儚げで、神聖だと思った。


 おそらくネイこそが<最後の乙女>だ。


 でも、それを確信させたのは。



『…綺麗。でも、怖い。』


 その言葉だった。自然と零れ落ちた言葉は、本心を反映させている。


『ここで感じるのは神聖さ。それ故の畏怖。


 でも、今までで一番心地良い場所。』


 雷に打たれた様な思いがした。


 ネイは<最後の乙女>に違いない。こんなにもこの場所が似合い、俺の目には少しばかり眩しく映る。


 それは俺だけの思考に留まらず、レークが口にした言葉がまさに同じだった。


 そう長話もしていられない。行動に移させたのは、レークだった。


 戸惑うように一歩ずつ、鏡盆へと近づいて行く。振り返ったときのネイの不安そうな顔を、俺はただまっすぐに見つめる。それしかできなかった。


 ネイが触れた瞬間、鏡盆が光を放つ。後ろから見ていると、ネイがこの世界に突然湧いて現れたように、どこかへ行ってしまうのではないかと言う不安に駆られた。


 しかし、これは神聖な儀式に他ならない。私情によって邪魔立てをすることは許されなかった。


『“ジュノワール”』


 小さく呟かれた言葉は、名を呼ぶことが許されていない、誰もが知っている神の名だった。


 光が一層強くなり、ああ、彼女が<最後の乙女>だったかと、腑に落ちた。


 しかし驚いたことには。



『あんた、ホント余計な事に巻き込んでくれちゃって!これからの生活、どうしてくれんの?!』


 黙っていたかと思えば、急に声を荒げる。誰かと、対話しているようだった。


『いらん!』


 怒気を含んだ声は、誰かを糾弾している。俺が見える景色には、全く変化などなかった。


「とりあえず、事実を知りたい。ネイは<最後の乙女>で間違いないんだな?」


「やっぱり<最後の乙女>でしたか!神がそこにおられるのですね!」


 俺とレークの質問は、ほぼ同時だった。今まではネイが独り言を言っていたようなもの。だからこそ、口を挟んだのだが、どうやらイライラしていたらしい。


『全員黙れ!一度に喋るなー!』


 怒りだしてしまった。俺には自分の言葉ともう一人の男の言葉しか聞こえなかったが、ネイに見えているらしい人物も同じ時に口を開いたらしい。


「「「......」」」


 静けさが広がり、ネイは満足して三人の顔を交互に見る。


『まずは確認します。存在はともかく、二人はジュノの声が聞こえますか?』


 ジュノ…?ジア教の神、ジュノワールのことだろうか?確か、先程名を呼んでいたようだが。


『黙ってって言ったでしょう?』


 笑顔で起こるその様は威圧的で、そこに在られる者に怒りを向けていることがよく分かった。しばらくそうやって話していると、嘆息を溢してから我々に手招きをしてくる。


『二人とも、こちらに来ていただけますか?』



 一通り守人の説明を受け、俺は自らの意志でそれを受けようと決めた。ネイの傍に居られる。だからこその選択だ。


『レークサイド・マカリアス、これより貴方に神の加護を授け、<最後の乙女>の証人として守人の役を授けます。


 受け取っていただけますか?』


 鏡盆の前で行われるそれは、厳かな空気を纏っていた。しかし、ネイは自分の言動が恥ずかしいのか、顔を真っ赤にさせている。


「はい、貴女に忠誠を。」


 レークが膝間づいて、ネイの手の甲にキスを落とす。それに少々いらっとしたのは、気のせいではないだろう。


『クーン・リッキンデル・デューク、これより貴方に神の加護を授け、<最後の乙女>の証人として守人の役を授けます。


 受け取っていただけますか?』


「…貴女に忠誠を。」


 自分よりも先に、レークが同じことをしたのかと思うと頭に来る。だから、少し長く唇を落とした。



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