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混乱と救い



 ジュノは眩い光と共に消えた。


 何か言ってたけど、全然頭に入って来なくて覚えていない。



「ネイ、帰ろう。立てるか?」


 時間をかけ、何とか思考をいったん止める。私はずっと、クーンさんに縋りついて泣いていたらしい。


 迷惑をかけまいと自分の足で立ち上がろうとしたけど、上手く力が入ってくれなかった。


「レーク、明日の会議はお前が受け持ってくれないか?ちょうど鏡神祭のことがあったろう?」


「わかりました。その様子だと、ネイさんを一人にしておくことはできないでしょうし。出勤は午後からと言うことで取り計らいましょう。


 私一人の力では、もとないですから、宰相さまにもお伝えください。」


 レークさんがそのまま急いで神殿を後にする。私は、ちゃんと挨拶すらできなかった。


「…帰ろう。」


 そう言って、私を横抱きに抱えてくれた。


『ごめん、なさい…私、重たい…』


「重くなどない。ただ、安定感をとるために、首に手を回しておいてくれ。」


 いつもなら恥ずかしいと思う事なのに、さっきから私、少しおかしい。


 迷いなく言われた通りに腕を回し、クーンさんに顔を埋めながらまた泣いた。縋りつくようにして、その温もりに安心感を求めようとしてしまう。


 結局そのまま馬車まで連れて行かれ、乗っている間もずっとクーンさんの膝の上に居た。


 お屋敷に着くと、そのまま抱きかかえられていく。中に入ると、女中さんたちがオロオロしているのが分かった。


 だけど、いつもみたいにできないの。辛くても、頭にきていても笑顔を浮かべることなんて簡単だったのに。


「湯あみは明日に回せ。何か温かい飲み物を用意した後、今日は誰もネイの部屋に近づくな。」


 クーンさんはそう言うと、私を抱えたまま部屋へと連れて行ってくれた。


 ベッドに降ろされる。だけど、なかなかクーンさんから腕を離すことが出来なかった。…温もりが離れて行ってしまうのが、怖かった。


「悪い、着替えを済ませたら急いで戻る。」


 頭を撫でられ、背中を撫でられ、宥められる。私は何とか腕を離した。



 足音が去って、ドアがしまる音がする。急に寂しくなって、また涙が零れ落ちた。


 ベッドの上で体育座りをして、自分の膝に顔を埋める。自分で自分の身体を守るように、足を抱える。混乱はまだ治まってくれそうになかった。


 不意にノック音がして、顔を上げる。クーンさんが戻って来たと思ったからそうしたけど、それはメイドさんだった。


「温かいお飲物をお持ちいたしました。それと、お召し変えをいたしましょう。」


 私はそれに応えようとはしなかった。メイドさんはそれでも優しく接してくれ、帰って来た状況が状況だったろうに、それを聞くことなく私を着替えさせる。


 まるで子供のように成すがままにされ、メイドさんは着替えさせることができると出ていこうとした。


 咄嗟に声をかけ、クーンさんのことを聞くと。


「シュリキスさまと話しておられます。すぐにお戻りになられると思いますわ。」


 そう教えてくれると、今度こそ部屋を後にした。だけど、今一番会いたくなかった人かもしれない。


 あのメイドさんは、おばあちゃんを彷彿とさせるから。


 私はさっきよりも小さく蹲った。


 …早く、クーンさんに会いたい。


 なんでそう思ったかは分からないけど、ただ会いたかった。その温もりに縋りつきたかった。


 そう願えば願うほど、時間が経つのが長くて。祈りを募らせるほど、静かな部屋が辛かった。



「ネイ。」


 ドアが開かれ、ベッドまでやって来たその人に、自分から抱きついた。


『…うっ、ん…..』


 嗚咽が零れる。噛み殺しているはずなのに、理性が崩壊しつつある私は、もうそろそろそれが出来ないことが分かっていた。


 優しい手が頭を撫でる。次の瞬間には、大声をあげて泣いてしまった。










「…落ち着いたか?」


『…はい。』


 鼻を啜りながら、涙を手で拭う。クーンさんの胸元は私の涙でびしょ濡れだった。


「ゆっくり整理しよう。」


 ホットミルクを受け取り、小さく頷く。


 クーンさんは、泣きやむまでずっと頭を撫でてくれて、胸を貸してくれていた。


 途中からなんで泣いてるのかさえ分からなくなっていたの。頭の中を整理することが、今一番大切な事なのかも知れない。


「頭の中を整理しよう。何があったのか、聞きたい。」


 真摯な態度に、向き合った。泣きじゃくってる私をずっと温めてくれて、なおも優しく接してくれてる。本当に優しい人だと思った。



『クーンさんに、話した私は、どんな私でしたか?』


 言葉が詰まる。上手く話せなかった。


 困ったように微笑むと、話した通りに昔の私のことを話してくれる。


 それを私は知っていた。だけど。


『そのことは覚えているのに、もう一人の私の記憶もあるんです。』



 記憶は途中まで一緒だけど、ある時期を境に全くの別物だった。


 両親が離婚した時、私は父方に引き取られ、祖父母と共に暮らしていた。父はたまにしか帰って来なくて、外に恋人がいることは祖父母と共に私も分かっていたことで。


 それでも、もし父が再婚した時にはついて行こうと考えられるくらいには、仲の良さは戻っていた。


 それなのに。


 祖父母と私で旅行に出かけたあの日、事故に遭ってしまった。駆けつけた父は私に向かって。


 お前が関わった所為で――――と、冷たい視線を向けられた。


 全部ぜんぶ、私が悪い。今までの不幸なできごとは、全部私の所為。


 父の言葉に胸を突かれた。



 …その日から私は多くの感情を失った。頭の中をただ私に関わると人が不幸になると、考えるようになった。だから、他人と関わらなくなった。


 きっと私が死んでも誰も涙を流さないし、誰も心動かされたりしない。…生きる意味を失った。


 そして、早く祖父母に会いたいと最期に思ってビルの屋上から飛び降りた―――





「自ら、命を断とうとしたのか…」


 私は、小さく頷く。自分のことなのに、そうじゃないような感覚。だって、これはもう一人の私の人生だったから。


『私は、今の私は、クーンさんに自ら話した私です。でも、もう一人の、人生が狂ってしまった私も私なんです。』


 だから、混乱している。どっちが本当の自分なのか分からない。


 思考を持っているの。二人分の。


 大学生になる前までの私の記憶と考え方、自殺をした高校2年生の私の記憶と考え方が、ごちゃまぜになってる。


 私が私一人じゃないみたいで、少し気持ち悪い。


「二人分の自分の記憶が、混同しているのだな。」


 クーンさんの言葉が、私の今の状況をはっきりと表していた。



「…泣き疲れているんじゃないのか?」


 空になったコップを私から預かり、近くのテーブルに置いてくれる。


 動作が少し不自然に見えた。ベッドに腰掛けているクーンさんの胸に私がしがみついていたから、上手く身動きが取れないようだ。


 迷惑だと分かっている。それでも、私はそれを止めようとはしなかった。


『少し、疲れました…』


 声は鼻声だし、大声で泣いたから掠れている。目は腫れぼったくて重く、身体はだるい。


「今日は考え疲れただろう?もう寝ろ。」


 私を枕元へと運び、布団をかけてくれる。でも、一人じゃ寝られそうになかった。


『独りに、しないで…』


 いつもの私なら、強がって一人で寝てただろう。でも、今日はもう一人分の私がいるから。 考え方が、一つに定まらない。一人で大丈夫だと思ってるのに、一人になりたくないと思う。


 違う人間の記憶を引き継いだみたいだったのに、脳裏に浮かぶ身に覚えのないような映像の主観は私だった。


「一人に、なりたくないのか?」


 目も合わせないまま、頷く。


 しばらく無言が続き、クーンさんがどうしたらいいのか迷ってることが手に取るように分かった。なのに、自分の言葉を覆す気にはなれない。


「…わかった。」


 その返事に顔を上げると、少し難しそうな顔をしている。


 やっぱり、迷惑だったよね。


「常識を考えると、少し憚られるが。」


 小さく唸るように言うと、隣へと滑り込んでくる。そして、私を抱きしめるようにして、布団へと納まった。


 ドキドキする。でも…安心する。


 私は少しだけ戸惑って、それからクーンさんの胸に縋りついた。頭を撫でてくれる手は優しい。安寧を私に届けてくれる。


「…ネイ。少しだけ、お前の考えに意見したい。いいか?」


 囁く声が、二人の近さを物語っていた。泣き疲れていた私は、眠たさのために頭が上手く働いていなかったけど、小さく頷く。それが分かったのか、なおも囁きながら言葉を続けた。


「もう一人のネイは、お前が死んでも誰も泣かないと、誰も心を動かされることはないと言ったな。だけど、違う。」


 驚いて、顔を上げる。私を見ているクーンさんのその目が、とても優しかった。


「今は、俺やレーク、城に居る人だって、ネイと関わった人間はみんな明るくなった。面白い考え方や行動は、みんなの心を動かしている。


 みんな、お前のことを想っているよ。」


 …救われた気がした。


 みんなの笑顔が浮かぶ。それはどれも優しくて、温かかった。


 睡眠と言うまどろみの中に身を投じる前に見た最後の映像は、クーンさんの笑顔。それから――



「――…よい夢を。」


 温かい言葉だった。





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