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再会‐その2‐


 食事が終って、食器も片付けると、私はレークさんが用意してくれた神官服に着替える。白いワンピースみたい。


 そんな感想を持つ服の上に、また白いマントを重ねる。


 髪は下ろして耳の下で一つにまとめた。マントについてるフードを深くかぶって、って完全に危ない団体の人じゃん!


 でも、顔を見られない方がいいんだって。髪もわざわざ下ろすのは、性別が女だってばれないようにって言う配慮らしい。


 私の変装らしきものが完成すると、とうとう執務室を出て、神殿へ向かうことになった。


 なるべく俯き加減で歩くように言われてその通りにしてるから、今どこら辺を歩いているのかは分からない。


 そうでなくても、城の中をきちんと見て回ったことなんかない。逸れたら大変そうだな、と思いながら、前に居るクーンさんを追い、レークさんの横に並んで歩いた。


 小さく呟くような声で会話を交わすことには、どうやら神殿はこの城の中心にあるらしい。


 この城は真ん中を囲うように高い建物があり、その中心にはジア教の神殿があるのだという。


「神殿は神聖な場所ですから、この神官たちはこの衣装でいるのです。これには無垢という意味が込められているのです。


 王は神の神子であり、私たちはその御子であります。そんな子供である私たちは純粋無垢でなければならないのですよ。」


 どうやら戒律やら何やらと色々とあるらしい。その話は長くなりそうだったから、また今度と言ってごまかした。


 レークさんって、自分の興味があることを話す時は長くなるから。別に、面倒とか思ってないけどね。


『神様を祀ってるんですよね?鏡盆って何のためにあるんですか?』


 戒律はともかく、どう言う様式なのかは知りたい。


 日本では鏡が御神体だったりもするけど、鏡盆もそういうものなのかな?


「鏡盆とは神と御子を繋ぐもの。神の心を映すものと言われています。


 神が気に掛けているのはこの国のことであり、国内の情勢を隈なく見せてくれるのです。」


 へぇ。そんな力があるんだ。


 レークさんに見えてるものがどんなものかは分からないけど、そんな力があるんなら、私なんていらないんじゃないのって思う。


 ちゃんと確立してる訳だし、イチイチ<最後の乙女>とか引っ張り出さなくてもいいんじゃないの?

 考えているうちに、どんどんと近づいて行く。




 たどり着いた時。


 神聖、という言葉が、初めて理解できた気がした。


 そこは白でいっぱい。むしろ、それしかなかった。


 顔はまだ隠したまま。何人かとすれ違ったから、フードもまだとっていない。だけど、一歩踏み入れた時、空気の違いに呼吸を思わず止めていた。


「もう顔を上げても大丈夫ですよ。」


 そう言われてフードを取ると、広い空間が広がっている。今まで言ったことがある場所の中では一番無機質で、最も澄んでいた。


 白い石造りで、浅く一段下がった円く広いところには、透き通った水が入っている。その真ん中には同じような白い石の腰辺りまである台があり、上に銀色のものが乗っていた。


 あれがきっと鏡盆だ。


「どうした?」


 優しい声が掛かる。それに応えようとしたのかは分からないけど、無意識に言葉が口から零れていた。


『…綺麗。』


 でも、怖い。


 それさえも零れ落ちたらしい。さっきと同じように問われ、私は目の前に広がる景色に囚われたまま答えた。


『ここで感じるのは神聖さ。それ故の畏怖。


 でも、今までで一番心地良い場所。』


 口走ったことに戦いて、私は視点を横に居る二人に合わせた。


『ごめんなさい、変な事言っちゃって。』


 私の言葉に対して、特に何を思った訳でもなかったのか平然としている。うろたえているのは私だけだった。


「いえ、変な事ではありません。むしろ、ネイさんが<最後の乙女>であると、再確認できた気がします。」


 そう言われてしまえば、困ってしまう。だって、そうなりたくないから。


 困って周りを見渡し、水辺が気になって近づく。溜まっている水に手をつけてみた。


「あ…」


 何か言いたげな呟きに、振り返る。二人は吃驚して固まっていた。


 どうしたのかを訊ねると。


「その水は、人によっては毒にも清水にもなり得るものなんです。」


 毒…?


 思わず目を丸くして手を持ち上げる。どこも痛くないけど、ちょっと怖い。私、根っ子が真っ黒ですからね。


 どれだけ人を言い負かしてきたか…


 恨まれてたって、当たり前だと思う。


「ネイさんは、大丈夫ですよね。」


 納得しているレークさんをじっと見つめてしまった。彼の中でそれはもう決定事項らしい。


「もちろん神官である私は平気です。でも、面白いことに、クーン殿も平気なのですよ。」


 ニヤッと笑ったように一瞬見えたのは、私だけだろうか。てゆーか、私の中のレークさんは、もう腹黒い人に格上げされていた。


「クーン殿の身の上はご存知でしょうか?」


 身の上って、あれだよね…?陛下が腹違いの兄にあたるってヤツ。


 昔は王族で、継承権を放棄したって言ってた。元王様に認知してもらえなかったっていう話しが、私の中では一番印象に残っている。


 私がゆっくりと頷くのを見ると、面白そうに語りだす。クーンさんが止めようとしたのは、無意味らしい。


「王に認知されなかったのに、王族となり王位継承権が与えられたことを不思議に思いませんでしたか?」


 そう言われてみれば。認知されないってことは、王家には成れないはず。でも、継承権を持ってたってことは、何かしら原因があるってことだよね。


「クーン殿が確か4歳のころ、ここにいらしたことがありまして。やんちゃ盛りだったために、城中を駆け回り、ここに入り込んでしまったのです。」


 クーンさんにも、そんな時期があったんだね。きっと可愛かったんだろうな。


 思わず想像してクスッと笑う。目を向けたその人は、少し不機嫌そうな顔をしていた。


『その頃のクーンさんに合ってみたかったです。』


 私の発言に、ちょっと不満そうだ。その表情を見られただけで満足。


 二人の顔を見合わせて、一番面白そうにしているのはもちろんのことレークさんだった。


「私はもうここで修業をしていたんですが、あまりにも印象的だったのではっきり覚えてますよ。


 入り込んで走り回って、床に滑ってこの清水の中に落っこちたんです。」


 ああっ、やっぱり見てみたかった!身もだえするほど可愛かろう…


 とか、勝手に想像してみちゃったり。女の子ですから、妄想は大得意です。


「普通なら、この水は毒となります。清水になることはそう滅多にありません。


 王家は平気ですが、興し入れしてくる方たちでさえも、毒となるのです。お年を召した貴族さまたちは彼を卑しい血として卑下していますが、この清水が認めました。


 駆けまわっていたクーン殿はこの水に落ちましたが、何ともありませんでした。そのために、継承権が認められることとなったのです。」


 なるほど。そういう経緯があったってわけか。いちいち此処の人って面倒なことするんだね。簡単に認めちゃえばいーものを。


「別に、認められた訳ではないだろう。」


 不満げに言っているクーンさんが、少しだけ可愛く見えて笑ってしまったのは内緒だ。


「さて、長話はここまでとしまして、最速当初の目的を果たすといたしましょうか。」


 さっきと表情は変わらないのに、緊張感が走った。私は急に背筋が伸びた気がして、その場に佇む。


 促され、一歩、また一歩と近づく。そうするにつれ、何かが変わってしまう心地がして、足が重くなった。


 振り返ってみると、レークさんは相変わらずの笑顔を張り付けて、先へと促している。もう一人の人物は、射抜くような強さの視線で私を捉え、それでもどこか見守ってくれているような温かな雰囲気を纏っていた。



 進まなきゃ。


 思いのままに、歩を進めた。


 手を伸ばす。鼓動が速くなった。


 触れる瞬間に戸惑い、それでも手を伸ばす。


 ひんやりとした感触がした瞬間に、それは眩いほどの感色に発光した。


 目を開けていられない。だけど、自分の視界にはしっかりと鏡盆が見えている。触れているものは冷たいのに、包まれる光は温かい。


 …不思議な感覚だった。




 “名を…我が名を呼べ…”




 囁くような声がした。美しく、この世のものとは思えない。


 何とも言い難い感覚に囚われた私は、いつの間にか気付かずに涙を流していた。



 名前?貴方の名前なんて知らない。



 “知っているはず。この世界に来た時に教えたものがあるはずだ。呼べ、ならば我は応えん。”



 この世界に来た時…?アホ神には会ったけど…

 

 …あ!


 私は、思い出していた。


『“ジュノワール”』


 次には光はさらに眩くなり、完全に目を開けていられなくなる。しかし光が瞼の裏まで伝わって来た。


 徐々に弱まる光。余りの強い刺激にしばらくそのままでいたけど、声を掛けられてゆっくりと開くことになった。


「やあ、元気にしていたかい?」


 嫌な予感はしてたんだよ。期待…はしてなかった。だけど、そう言う類のものを裏切らないってのが、このアホ神だ。


 本当に神様だったとは…世も末だよ。私、この神に殺されそうになったってのに。


「君ってば、全然呼び出さないんだもん。僕、焦っちゃったよ。」


 うわー。緊張感の欠片もない。どうにかしてよ、この人。いや、この神。


 本当なら敬うべき存在なんだろうけど、そんな気がしないのは何故だろう。


 それはきっと、今度は木馬に乗っている所為だからだ。


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