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謝罪


 度胸、度胸…


 ワゴンを押しながら、ブツブツと呟く。ミリアが心配そうな視線を向けてくる事にさえ気づけなかったのは無理もない。



 執務室の前に着いてしまい、深呼吸を繰り返す。どうも間が悪く、クーンさんの部屋に書類を届けにやってくる人はいない状態だった。


 いつまでも動けない私に、ミリアが声も出さず目線だけで促してくる。


 分かってるけど、動けません!


 目ではそう主張したつもりだったのに、お構い無しにミリアはその重々しく思える扉をノックしてしまった。


 そして言うことには。


「度胸、ですよ。」


 とのことで。


 私のタイミングなんてお構いなしに、返事も聞こえてこない扉を開けて、私を中に押し込むような形で突っ込んだ。


 書類に目を向けているクーンさんは真剣な顔、そのもので邪魔しちゃいけない気がする。


 だから、逃げようとした訳じゃないけど、空気を読んで回れ右をしようとしたのに。後ろに張り付いていたミリアは、そこをどいてくれようとはしない。


 目で訴えても、何をしても笑顔を張りつけている。


「逃げてはダメです。」


 もう一度言おう。断じて、逃げようとした訳ではないっ!


 女二人がこそこそしているのは、どうも目につくらしい。


「何をしている?」


 そう声をかけられた時には、終わったと思った。そして、もう逃げられない、とも。


 やっぱり逃げようとしていたんじゃないかって言う、批判の声は一切受け付けないのでよろしく。


 ちょうど後ろに居るミリアと視線を合わせている状態の私は、クーンさんに背を向けている。きっと、顔はまだ見えていない。


 振り返るの、怖い。



「ネイ?」


『ごめんなさいっ!』


 振り返った瞬間に頭を下げ、そのまま議会の人たちに何を仕出かしてしまったのか、洗い浚い吐いていた。


『クーンさんの足かせになってしまったかもしれません


 …本当にごめんなさい!』


 最後にそう言うと、私の勢いは殺がれた。その後には沈黙が残り、誰もが動こうとはしない。


 私はもちろん、まだ頭を下げたままだった。


「…何があったのかは、よく分かった。」


 静かな声。でも、低くて少し怖い。


 私は許して貰えるかどうかが怖くて。必死に頭を下げたままでいた。


「ネイ、話がしたい。向き合って話し合おう。顔を上げてくれ。」


 そう言われてしまえば、そうするしかない。


 私はゆっくりと顔を上げた。


「ネイ…その顔はどうした?」


 さっきよりも低い声。もっと怖く感じたけど、それでもさっきより優しく感じた。


 勢いよく立ちあがってこっちまでやってくる。その手が私の頬に触れようとした瞬間に、扉が開かれた。



「ネイ!とんでもない事を仕出かしてくれたな!」


 ずかずかと迷いなく入ってきたその人は、紛れもなく、この王宮でも力を持っている人物。私の知っている数少ない人の一人である、宰相さまだった。


 てゆーか、今“とんでもないことしでかした”って言ったよね?!


 …バレてる?


 口ぶりからは何をしたかを知ってるご様子。でも、目の前の人物によって、私の視線は動かすことができない。


 てゆーか、マーサさん、あの人たちにも矜持があるって言ってませんでしたか?


 皆無じゃん!早速ふれ回ってるみたいなんですけど。


「…宰相殿。少し席を外していただけますか?ミリアもだ。」


 有無を言わせぬ雰囲気。


 私としては、二人がいてくれた方が助かるんだけど、そうもいかないらしい。


 足音、ドアの開閉音。それがした後は、二つの気配すらもいなくなっていて、静かなこの執務室の中には私とクーンさんしかいない事がありありと分かった。


 空気を読んじゃったのね…


 レークさんとかだったらこの状況を引っ掻き回してくれそう。


 けど、さっきから目を逸らすことも許さないと言わんばかりの眼差しを向けてくるクーンさんなら、言いくるめてしまいそうだとも思った。


「その傷は、誰によるものだ?」


 …誰って、聞いちゃいますか、そこ。


 早速な質問に、私は答えることができない。むろん、その人を庇っている訳じゃない。だから、素直に言ってしまえば。


『わかりません。』


 ―――覚えていないんですよ。


「…庇っている、という訳じゃなさそうだな。」



 当たり前ですよ!正論言われてキレて…そんで女の顔を引っぱたくやつのことなんて、何で庇わなくちゃいけないんだって話ですよ。


 なんにせよ、クーンさんのさっきの言葉が、私のことを理解してくれているようで嬉しかった。


 叱られムードだったのに、不謹慎?


 ま、私みたいな人間のことを構ってくれてるってだけで、前に居た家族よりもずっと近い存在に思える。だからこその喜びだ。


「ネイ?」


『あ、すみません。スパークしてました。』


 “スパーク”の意味を問われ、答えに納得されてしまったのは無理もない。カタカナが伝わらないのは、少々厄介だ。


『私の顔つき、ここの人たちと少し違うでしょう?』


「ああ、すこし。」


 肌の色なんかは、私は元から白いからそう変わらない。だけど、彫の深さや髪や目の色なんかは、はっきりと違った。


 見事にヨーロッパ系の顔立ちだ。


『元の世界でも、私のいた国の付近はアジアと呼ばれていまして、黄色人種でクーンさんたちの肌や髪の色、顔の特徴なんかが違っているんですよ。』


 ここには黒髪の人は確かに一人もいなかった。でも、可笑しな色はたくさん見かけた。強いて言えばそこで見分けなんかは付くけど、一度会っただけじゃインパクトがないと覚えられないもん。


「では、ネイの国ではみんな肌が黄色く、髪と目が黒いと?」


 みんな、じゃないんだよねぇ。でも、上手く説明できるか分からないから、なるべく理解してもらえるように丁寧に話した。


『黄色、と言ってもそう変わりませんよ。髪も染めてしまえば黒ではないし、目もカラーコンタクトっていうレンズを入れちゃえば、外国人と同じにはなりますね、一応。


 でも、決定的なのは顔の造りの違いでしょう?


 同じ人種の人の顔の区別は付くけど、どうもほかの人種の方の顔は区別が付き難いんですよ。』


「それでは、分からないというよりも、覚えていないということか。」


 腑に落ちたように納得されると、ちょっと傷つくよね。でも、一瞬だもん。頬を殴られたのは。


 その後はあの場に居た人たちに、引かれるように努力するのでいっぱいだったし。


 見渡せる限りの顔が引きつってた印象はあるけど、一人ひとりを詳しくなんて覚えていない。


『それよりも、怒ってないんですか?』


「それよりも、じゃない。一番重要な事だ。」


 何が、と問うと、私が殴られた事だという答えが返ってくる。それに少しだけドキリとしてしまった。


「内容自体は、然して問題じゃない。正論だろう。この身に何が降りかかろうと、ネイの身の安全は保障するさ。」


 …私はその、あなたの身に降りかかることを心配しているんですが。


「怒っているのかと聞いたな。怒っているさ。ネイに手を上げたそいつにな。」


 纏っている空気がどす黒く見えたのは私だけだろうか?


「ネイに対しては怒っているんじゃなく、心配してるんだよ。


 赤く腫れてしまっているな…」


 その大きくてしっかりとした手に、頬を撫でられる。私は恥ずかしくなって、視線を下に降ろした。


 ちちち、違う意味で顔が赤くなりそーですっ!


 優しい手つきで私の頬を撫でている。その手は暖かく、少しかさついていて…



 男の人のてだって、そう思った。


 だからこそ、余計に近くに居ることを自覚させられている。


 どうも、クーンさんとは距離の測り方が難しい。


 私は昔から、両親に虐げられてきた。一時はおじいちゃんとおばあちゃんのお陰でなんとかなった私の性格だけど、お父さんに引き取られてからは昔の自分に戻ってしまっていた。


 自覚はしていたけど、毎日両親にとられる態度のおかげか、他人に本心は見せられなかった。…人を、信じられなかった。


 人とは上辺で付き合うだけで、話も上手く合わせてるだけ。本当の自分の気持ちなんて話さないし、話そうとも思わずに心に仕舞ってしまうような、サイテーな人間だ。


 ただし、口撃して撃沈させることに関してだけは、攻防は考えるけど本心を言っている。だからこそ、もっとサイテーだと言われても当たり前のことだと思う。


 人を観察して、その時の身の振り方を考える。無鉄砲なふりして、逃げることなんて得意中の得意。


 いい人だ、と言われる度に、心のどこかが痛むのは、よくない事をしているからでしょ?


 そう言われる毎に負い目を感じてるから、そう言われた時に笑顔が引きつらないように気をつけなきゃいけなかった。


 だけど。


 そんな私の壁を、ここの人たちは簡単に崩してしまう。


 ここに来てから、元気で空気が読めない明るい性格で振る舞っている。でも、今はそれが自分自身の根底の中身なんじゃないかって思える。


 中でも一番近づいてくるのは、クーンさんだ。


 自分のことなんか喋っちゃって、泣き顔見せちゃって。髪を撫でられている時なんか、その胸に抱え込まれるように自分を預けてる。


 それを…心地よく思っている。


 人を信じられなかったはずの私が、信用している。それが事実だった。



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