目覚め‐その2‐
「すみません。遅れました!」
…どうやらイケメン祭は現在進行形で続行中らしい。
しばらくしてやってきたのは綺麗な男の人。銀髪で青の瞳。線が細く色が白いその人は、クーンさんとは正反対の性質みたい。どこか中性的な感じがした。
「遅い。ネイが腹を空かせていると言うのに、いつまで待たせるつもりだ。さっさと席につけ。」
厳しいお言葉ッすね。
なんて勝手に私が待つことにしたくせに。やってきた人は私に“すみません”ともう一度言うと、席についた。
「ネイ、食べろ。腹が減ってるんだろう?」
そう言われて頷くと。
『いただきます。』
手を合わせてそう言って食べ始めた。
うーん、味薄くないですか?いや、食べさせてもらっといて言っちゃあなんだが、現代っ子は舌が肥えてると言いますか。
ほぼ味がない料理の数々は、正直言っていくらお腹が空いてるからと言っても、食べ続けるには厳しいものがあった。
「ネイ、さっきの挨拶のようなものはなんだ?」
不慣れな手つきでフォークとナイフを使う私をずっと見ていたのか、クーンさんは手を動かした様子もない。さっきの言葉、つまりは“いただきます”が随分と気になってる様子。だから説明した。
『私の居た国では、食べる前に“いただきます”って言うんですよ。人間の他にも生き物はたくさんいます。そういうものたちの命を奪って人間は生きる糧にしているんです。
だから、犠牲になって私たちに力を与えてくれるものたちに感謝の意をこめて、あなたたちの命を“いただきます”って言うんです。
あなたたちのお陰で私は今日も生きられるって感謝するのですよ。』
そう言うと、クーンさんはいただきます、と口にしてから食べ始めた。もう一人の人は私を微笑みながら見つめている。視線が気になりつつも、口に運ぶフォークは止めなかった。
味気ないけど、お腹は空いてるんでね。
「感慨深い思想ですね。確かに異文化のもののようです。」
さいでっか。てゆーか、誰なんだろう?
疑問に思いながらも、味の薄さに幻滅していた。これじゃあ、食べたくても食べられないよ。
うーん。
少し考えてから箸をとめた。
「もういいのか?随分と腹を減らしている様子だったじゃないか。」
いや、それはもう恥ずかしいから掘り返さないでください。今からでも穴を掘って入りたいですから。てゆーか、せっかく用意してくれたのに残すのは失礼だよなぁ。でも味が…
………!思いついた!
私は買い物袋をとってきて、中を漁る。突然の行動に、二人は固まっていた。
「ネイ?」
不思議そうに見つめてくる。けど、私は構うことなく自分の作業に没頭した。
「…ネイ。今更何を言われても驚くつもりはないが、それはなんだ?」
訝しげな表情。
そりゃそーだ。見たこともないものが並んでるんだから。
私は嬉々として説明を始めた。
『私の元居た世界の調味料です。右からケチャップ、マヨネーズ、ソース、醤油に味噌です。』
ここに来たのが買い物帰りで良かった。何にもなかったから、必要な物をまとめて買ってたんだ。できれば普通に自分の生活の中で使いたかったけどね。
「それをどうするんだ?」
『私の国の味を食べたくなって。』
言い訳ですけどね。味が薄いから、なんて正直に言ったら失礼極まりない。
興味深そうに見ている二人に説明しながら、使ってみることにした。
まずは…スープか。
『これは大豆、という豆から作られたものです。醤油は日本人の心。何にでも会う万能調味料です。』
そう言って、自分のスープの中に少しだけ垂らした。ちょっと色が濃くなった液体。それを口に運んで、少し嬉しい気分になった。思わず笑みが零れる。
でもやっぱり二人は不思議そうだった。
私は構うことなく、サラダにはマヨネーズをかけ、バターで和えたポテトのようなものにケチャップをかける。口に運んでみると、どれもしっくりきた。
『…食べてみます?』
あんまりにも強い視線に耐えられなくなってそう言った。すると二人はすぐに頷く。
どうやらイケメン二人は、好奇心旺盛なようだ…と心のメモに書き込んでから、行動に移す。
私はスプーンでスープを掬うと、中性的な人に差し出した。
少し困ったような表情。
あ、マナー違反?でも差し出しちゃったし。いまさら引っ込められないって。
差し出したままにしていると、ゆっくりとスプーンに口を寄せてきて、飲んでくれた。
それを確認すると、今度はもう一人の方にサラダを差し出す。さっき見ていたからか、気にすることなく口に運んでくれたので、腕は疲れずに済んだ。
あれ、反応なし?
二人を交互に見る。すると、少し止まっていた。
あらら、お口に合いませんでしたか?そう心配していると。
「「おいしい…」」
『そうですか。それは良かった。』
そーでしょーとも。
私は満足げに笑みを零すと、残りの物を胃袋に納めに掛かった。
二人が物珍しそうな顔をしてたから、私は尋ねてから同じように調味料をかけてあげる。
すると、嬉しそうに食べ始めたから、一足先に食べ終わった私はその食べっぷりをのんびりと眺めていた。
「「ご馳走さまでした。」」
食べ始めと同じように私の真似をして挨拶をすると、メイドさんを呼んでお茶を淹れてもらっていた。お茶くらい私にだって淹れられるのに。
不躾なのだろうがじーっと観察していると、お茶を淹れて空いたお皿を手に取ると、早々と去って行ってしまった。
「ネイ、本題に移らせてもらうぞ。」
改まった態度に私もキュッと体を縮こまらせて、二人を見据えた。
…イケメンに視線を向けられるのって、居心地悪い。こっちが見つめて目の保養にする分にはいくらでもいいのに。
「こっちは神官のレークサイド・マカリアスだ。」
一時間近くもずっと一緒にいて、しかも食事を共にしたのにも拘らず、漸く名前を知ることができた。
それにしても、こう、何て言うんだろう…神々しい、よね。さっきのあほ神様よりも神様っぽいし。クーンさんと並んでも見劣りしないその姿に、圧倒された。
なんか、私、ふつーだよね。
ちょっと淋しく悲しい気分になっていると、何事もないかのように話は進められていた。
「砂漠で倒れていたネイを回収したのは私だが、砂漠にいるのを視たのはレークだ。」
“私”?さっきまで俺って言ってたのに。俺って言ってた方が、見た目に合ってたからなんか勿体ない。
でもよく分かんないけど偉い立場にいるみたいな雰囲気だし、なんかしきたりとかがあるのかもしれない。
レークって言うからその人に目を向けると、ばっちり視線が合ってしまった。
にっこりと笑われると、俯くことしかできない。直視できません!
「私が鏡盆の前に立っていると、誰もいない砂漠に倒れている貴女が視えました。知らないと思いますが、あの砂漠は誰も通らないんです。」
…そうだったんだ。誰もいないところに倒れてるなんて、死んでたっておかしくない。
『助けていただいて、本当に有難う御座いました。』
頭を深々と下げる。状況が飲み込めなかったとはいえ、もっと早くにお礼を言うべきだった。
失礼極まりないよね。
「ネイさん、とお呼びしても構いませんか?」
そう尋ねてからレークさんは話し始めた。
「本来ならあの鏡盆には滅多に一人の人間だけが映し出されることはありません。使えるのが私だけなので周りの人間にはバレていませんが、これが知れ渡ると大変なことになります。」
…なんかよく分からないけど、大変な事に巻き込まれた?そんな感じは否めない。
二人の顔を見ても、冗談だ、とは言ってくれなさそうだった。
「鏡盆には本来、たくさんの人間が映し出され
、国や世界の状況を知らせることしかできない。」
眉間にしわを寄せていうクーンさんの表情からして、深刻な事態なのが良く分かった。
もし何かあったら、あのアホ神、何をして詫びてくれようか。ただじゃ済まさん。
「この国の言い伝えでは、鏡盆に映った人間は、神からの声を届ける預言者だと言われている。」
もしや…?
少し俯いた状態から、目線だけを二人に持っていく。
っ!やっぱり!
「察しの通り。預言者はつまり貴方ということになります。そうなった以上、貴女が映し出された鏡盆は、最初の神の啓示があるまで使用できません。
砂漠に倒れているところを保護していることにするので、まだ上の人間には話していません。しかし、知れ渡ってしまうのも時間の問題でしょうね。」
明るい笑顔で言わないでください。まじ、厄介すぎるから。イケメンだから直視できないとか、もう関係ない。
私なんて、この前まで単なる一女子高生だったんだよ?
それが急にこんな見知らぬ土地にやってきて、おまけに神の声を伝える預言者だなんて言われて。脳内の考え事する部分の容量不足。はい、きゃぱおーばー。脳みそぐるぐる。
「とりあえず、異国な恰好をしていたために保護するだけに留まった。詳しい話はまた明日にでもしよう。
ネイ、疲れているようだから、もう寝ろ。」
その心遣いに、涙が出そうになった。
「そんなっ!情報がなければ私の研究は進まないのですよ?」
歪んだ表情を浮かべるレークさんに目線だけ向けて諌めると、部屋から追い出した。
おー、強引だな。
なんて他人事みたいに思っていると、また手を貸してくれ、ベッドに戻してくれた。
「…眠れそうか?」
あー、心配してくれる姿も様になってますねぇ。漸く見慣れてきた私は、少しだけ笑顔を浮かべて。
『大丈夫です。クーンさん、有難う御座います。』
そう言った。
「ネイが混乱しているのは分かっていたのに、こちらの事情で長話に付き合ってもらってしまった。礼を言うのはこちらの方だ。有難う。」
慈愛に満ちた様なその微笑みにどこかを掴まれた気がしたのは無理もない。
イケメン祭はこれにて終了としていただきたいですね。これ以上何かあると、心臓が持ちそうもないもん。
そんなことをぼーっとして考えていると、クーンさんは手を伸ばして頭を撫でてきた。
~~-…っ!格好良いじゃないですか。微笑みながら、頭撫で撫で、って反則でしょ。
顔に一気に熱が集まってきた。だから、顔を隠すために俯く。
本当は布団に潜り込みたかったけど、クーンさんの手がまだ私の頭を撫でていたから堪えた。
「ここ、絡まっているな。少し待ってろ。」
何の事かと思って、赤くなった顔を隠しつつ、その行動を横目で追う。近くの化粧台まで言って櫛を持ってきたクーンさんは、ベッドの上に座り、私の髪を丁寧に梳き始めた。
もちろん私はされるがままになり、身体を強張らせる。
「…綺麗な髪だな。」
髪を梳き終わったらしく、もう一度頭を撫でると、お休みと言って出て行った。
『~~-…っ!』
声にならない叫びをあげると、今度こそベッドに潜り込み、布団に包まる。心臓は壊れそうなほど強く、早く脈打っていた。