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口撃、再び‐その2‐

「そう言って見せるところが驚きだよ。普通なら畏まって言えないし、叩かれた時点で泣くだろうからね。」


『私はちょっと変わってるらしいですから。叩かれた時には一歩も動かずに、叩かれた後には笑ってやりましたよ。


 それより、私、城から追い出されますかね?』


 またマーサさんは笑いだした。自分の頬が腫れている事を、そんなこと呼ばわりしたのが面白かったらしい。


 マーサさんは、笑い上戸なのかもしれない。さっきから笑いすぎだよ。



 でも、私にとってはそんなことだった。クーンさんの下で働けなくなる方が、よっぽど心配だったから。


「うーん、五分五分だね。あいつらにも矜持ってもんがある。正論に対して力でねじ伏せようとした事すら、正論で黙らせたんだ。

 また力でねじ伏せようとしたら、自分たちの非を認めているようにも思えるからね。そう考えたら、大丈夫かもしれない。」


 その言葉に安堵した。


 きっと、このことはいろんな人の耳には入らない。それも矜持。


 クーンさんの下に居る若い女中に言いくるめられたなんて、絶対に言えない事だろう。それも言わずにただ気にくわないという理由で辞めさせるなら、不当解雇に違いない。


「ネイさま、あと一刻ほどでお茶のお時間ですけど、その顔でクーン魔道師さまのところへ行ったら、心配されるのではないですか?」



 それを聞いた瞬間に固まってしまった。


 どうしよう…


『怒られるっ?!』


 いきなり興奮した私を、二人はどうどうと落ち着かせようとしてくれたけど、そう上手くいく訳もなかった。


 だって、クーンさんの下に居るのに、クーンさんにとって分が悪いことしちゃったんだもん。とんでもないことしでかしたな、って見捨てられても仕方ないことしちゃったよ!


 私、この世界に知り合いなんていないのに、追い出されたらどうしよう!


「議会に対して物怖じもしないのに、やっぱり変わった子だねぇ。」


 落ち着いてる場合じゃないって!どうしようー!


 混乱している私の許にエルさんがやってきて、またひと騒動あった事は当たり前だろう。


 それでも何とか落ち着いた私は女中のキッチンへと行き、ミリアとマーサさんにプリンをご馳走した。


 二人とも美味しいと言って食べてくれ、エルさんも食べさせたかった人から好評だったらしく褒めてくれたけど、私の心は落ち着かない。


 料理をしてみればいいんじゃないかと言われ、それが単なるエルさんの好奇心だと分かったのは、調理も半ばになったころだった。




「ネイ、オーブンはもうよさそうだ。入れるか?」


 それに頷き、生地を並べた天板をいれ、私は小鍋の方を掻き混ぜていた。


「いい香りがしてきたな。」


 私が料理をしている最中、エルさんはひたすらちょろまかとしていた。最初の方は注意してくれていた二人も、いつの間には仕事に戻っててここにはいない。


 それくらい、私の心は乱れていた。


 そして、どうやって説明して、どう謝ろうかも考えていた。


「ジャムはいい頃合いだ。もうそろそろ火から下ろしてもいいんじゃないのか?」


 そう言われて、掻き混ぜていた手を止める。よく見れば、煮詰り過ぎてるくらいだった。


 料理中に考え事なんて。失敗します、って言ってるようなもんだよ。


 なんて、また小さく落ち込んだ。



 刻一刻と私の胸には重しが圧し掛かっているように感じられる。それも、どんどん重たくなっていた。


 火から鍋を下ろしていると、タイマーの音が鳴り響く、それに反応したのもエルさんの方が早かった。


「こんな風に焼き上がったのか。パン…のようだが、それとは違うのか?」


『あ、はい、違いますよ。パンはイースト菌を使っていますが、これはベーキングパウダーで膨らませています。』


 私が無意識のうちに作り始めていたのは、スコーンだ。…初めて私が作ったお菓子。そして、おばあちゃんが好きだと言って食べてくれたお菓子。


「同じように寝かせてたじゃないか。」


『いえ、こっちの生地は、混ぜ合わせた材料が馴染むように寝かせただけです。パンのようにイースト菌の作用で膨らんだりはしていなかったでしょう?』


 さくさくと第二弾を天板に並べて、オーブンに入れる。それを気にする事もなく、エルさんは焼き上がったスコーンを不思議そうに見ていた。


『温かくても美味しいですが、冷めている方が私は好きですね。それにさっき作ったジャムを付けて食べるんですよ。』


 興味津々な様子のエルさんに、実践して見せる。スコーンを二つに割って、ジャムを付けて食べる様子を見て、真似をしている姿は見ていて面白かった。


 何事も初めてのものって警戒するものだけど、エルさんは見事に恐る恐る口に運んでいる。期待を裏切らない反応って、人が違うだけでこうも微笑ましく思えるのはなんでだろう。


 さっきのおじさんたちに関しては、呆れてしまったけど、エルさんはその反応をしてくれること自体が嬉しく感じた。


「う、美味いっ!」


 毎度毎度、美味しいと言ってくれる姿に、笑顔が全開になるのは無理もない。私は満足げに頷きながら、残りのスコーンも口に放り込むと、お茶のセットを用意し始めた。


 小さな器に三種類のジャムを入れ、大きいお皿に並べる。そのお皿の空いているスペースには、バター、チーズ、そして焼きたてのスコーンを並べた。


「おお、見た目にも綺麗だな。」


 また感心してくれている様子は、大きな子供みたいだ。


『またたくさん作りましたから、お好きなだけ召し上がってください。』


 エルさんが料理に関わっている事で、最初から多めに作ることを決めていた。初めてのものを食べたがる癖がある事を、たった二日だけど十分に承知している。


「有り難いな。それで、もう一つお願いして悪いんだが、さっきのと同じように皿に盛り付けてくれないか?」


 その申し出に了承をすると少し待つように言われ、しばらくすると何かを抱えて戻って来た。


 エルさんが持ってきたものは、さっきのシンプルな白いお皿とは違い、バラが描かれている何ともお高そうなもの。


 こう言うのを割ったら洒落になんないよね。とか何とか思いつつ、割ってみたらどうなるかを想像したくなって、止めておいた。


 こんなことを考えるなんて、私ってやっぱり天邪鬼って言うか、性格ねじ曲がってるよね。


 こう、立ち入り禁止の場所に入ってみたくなったり、触るなって表示してあるものに触ってみたくなったりしない?


 考えに耽りながらも手は動かし、お皿に盛り付けるとエルさんは嬉しそうに運んで行った。


 どうやらプリンの人に持っていくらしい。


 私もクーンさんの所へ持っていきますか、と思ってから、自分の仕出かした事を思い出した。



 どどど、どうしよう!結局なんて言ったらいいのか、考えるの忘れてたー!


 一人で頭を抱えていると、調度いい所にミリアがやって来た。


 もちろん他の女中さんもいたけど、みんな変なものを見るような目で見るだけで、私に触れてこようとはしていない。


 自分でも、それは最良の判断だと思う。それくらいに、今の私は余裕がなかった。


「あら、やっぱり腫れてしまわれましたね。」


 痛そうと言わんばかりの心配する視線を向けてくれる。ここにミリアの優しさが垣間見えた気がした。


『そんなことはどーでもいいの!』


 女の子が顔に傷を作っちゃいけないとか、気にするべき事だけど、今はそれ以上に気にするべき事がある。


『クーンさんに分が悪いことしちゃったから、謝らなきゃいけないの!』


 お茶のセットの用意も、お茶菓子も用意できてる。でも、肝心の謝罪の言葉の用意はできていない。


 きっとまだクーンさんの耳には届いてない事だとは思うけど、バレるまで知らんぷりなんて、できないもん。


 そう呟くと、ミリアの呟きに胸を抉られた。


「そのお顔で何かがあったことなど、知られてしまうのでは…?」


 一応気を使って、小さく言ってくれたみたいだけど、それが逆に自分の失態を知る大きな原因にもなってしまった。


「女は度胸、ですよ。ネイさま、ここは早めに暴露してしまった方が、気が楽になるのではないでしょうか?」


 イタイ…ミリアの言葉が痛い…


 尤もな正論は、さっき正論という名の御託をおじさんたちに並べた私には、威力が半端ない。


 つまり、自分の美意識的にも、逃げられないってことだ。でも、きっと一人じゃ成し遂げられない。



『お願い!ミリアも付いてきて!』


 半分泣きそうなわたしの懇願に、やれやれと言った様子で了承してくれた。


 二人きりになる事は、何とか回避された。後はどうやって謝るかを考えるだけだ。


 でも、考えても考えても、言葉は見つからなくて。さっきのミリアの言葉を借りて、ぶっつけ本番でその時に出てきた言葉に任せようと決めた。




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