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悪魔の笑み


『今日は甘味も用意しましたよ。クーンさんも食べてくれますよね?』


 もちろん念押し。“ね”は強調して言った。甘いものだけど、有無を言わさずに食べてもらいますよ、ってね。


 まるで何も聞いていなかったかのように箸を進めるクーンさんを、レークさんと二人で見合って笑った。


 お皿が綺麗に片付いたころ、私はプリンを出した。でも、生憎室温くらいになっちゃってて。がっかりした。


 せっかく冷やして貰ったのに。


『すみません。これ、さっきまでは冷たかったんですけど。』


「冷やして食べるものなのですね。」


 レークさんは面白そうに観察している。まだ、異世界の研究は諦めていないんだってさ。


『プリン、という名前のお菓子です。黄色い方は少し甘さを控えてありますから、クーンさんにも食べられると思います。』


 笑顔で目の前に置く。やっぱり二人には珍しく映ったようで、不思議な眼差しを向けていた。


「冷やそうか?」


 一瞬、何を言われたのか分からないかった。だけど、クーンさんが魔道師だった事を思い出す。だから、お願いして冷やして貰った。


 やっぱり魔法って便利!


 二人に食べるよう促して、私はお茶のお代わりを注ぎ入れる。でも、言われた訳でもなく、二人はすでに手を付けていた。


「これは…おいしいですね。」


 にこにこ食べてくれるレークさんは、ちょっと子供みたいだ。お代わりを要求され、もう一つ追加。それも美味しそうに食べてくれている。


『クーンさん、どうですか?』


 さっきから無言だし、やっぱり甘過ぎてダメだったのかも。そう心配になる。でも、そうじゃなかったみたい。


「下に入っているのがほろ苦くて、食べやすい。さすが、異世界の菓子は作り方も違うんだな。」


 感心しているみたいなとこ悪いんだけど、反応が今一理解できない。あれほどお菓子を嫌がっていたのに、パクパク食べ進めている姿はどうも不自然だ。


 ここのお菓子って、一体どんな感じなのかな。


「甘さ控えめなのがいいですね。これならクーンさんにも食べられて調度良いでしょう。」


 やっぱり、全然違うんだ。だからエルさんが興奮してたのか!


 てゆーか、エルさん、そう言うことならちゃんと教えといてよー。


 ここまできたら、気にならないはずがない。


『ここのお菓子って、どんな感じのものなんですか?』


「何と言いますか、甘い、ですね。」


 話をクーンさんに振った。でも、反応は二人とも同じものだった。


「甘い、な。」


 なんすか、その一言で終わらせちゃう感じ。悪いけど、私には全然伝わって来なかった。


『もう少し詳しく教えてくれませんか?よければ料理の参考にしたいんです。』


「ここのお菓子、ですか…」


 二人は顔を合わせて嫌そうな顔をしている。それから、遠くを眺めるように、視線が散った。


「俺はとにかく見たくもない。よく貴族の娘たちはあんなものを食べられると思うな。」


 眉間のしわは、今までで一番深かった。それほど嫌いなのがよく分かる。でも、そんなに、って思えるくらいの反応だった。


「私はクーン殿ほどではありませんが、1、2年に一度食べたいと思うか、思わないかというほどですね。たいてい食べてから後悔しますけど。」


 それって、どういう意味?美味しいの?まずいの?


 訳が分からなくてそう尋ねると、二人は声を合わせて言った。


「「甘いんだ(です)。」」


『甘い…?お菓子なんだから、当たり前ですよね?』


 甘いお菓子なんていっぱいあるはず。文化が違うんだから、ポテチみたいなしょっぱいお菓子があるとも思えないし。


「いや、甘過ぎるんだよ。」


「そうなんです。何事もほどほどが大切だと、あれを食べると言うも思います。」


 その反省は、どうなの?甘いって、甘いだけでしょ。そこまでつっぱねる理由でもあるのかなぁ。


「こう言われても、分からないのが当たり前ですよね。では、食べてぜひ一度苦痛を味わってください。」


 …それは、笑顔で言うセリフじゃないと思う。てゆーか、敬語で言われると余計怖いって。


 そう考えていたけど、笑顔だけみてると、レークさんはとっても優しそうに見えるから、正直本心が読めない。


 結構長い間一緒に居たけど、掴めない人だってことだけはよく分かっていた。


 自分の興味があることは、とことん追求する人だ。でも、そうでないことには淡白だとも言える。


 同族のにおいがしないでもないけど、レークさんの方が大人だから、長い歳月をかけての底知れない深さがあの笑顔に垣間見えてるような気がした。


 きっと、笑顔の分だけ、あっちの方が厄介なんだろうな、なんて思う。


「そんなに見つめてくれるとは、嬉しい事ですね。」


 心から思ってもいないような歯痒い台詞をありがとう。私も笑顔で応戦して見たけど、やっぱり叶わないほど完璧な笑顔が板についていた。


「苦痛を味わってみるには、そのお菓子が必要ですよね。」


 笑顔で言って席を立つと、廊下に出て女中の一人に声をかけてきたようだった。ここにそのお菓子を持ってくるように、って。


 そこまでして、二人が言う苦痛を味合わなくてもいいんだけどなぁ、とは思ったけど、好奇心には勝てない。


 それに、レークさんのお遊びにつきあってみても面白いんじゃないかなって思った。でも、私はMじゃない。日頃のお礼ってだけ。


 5分も経たないうちに、ノック音が聞こえて、お皿がテーブルに置かれた。のは良いんだけど。


『なに、これ?』


 そう思わず呟きが零れていた。


「ティレ・タータ、という一般的なお菓子です。」


 目を背けるクーンさん、笑顔のレークさん。そして私は目が点になってるに違いない。


 三者三様の反応がある部屋の中、一番注目を注がれているそのお菓子は、見事なまでのお色だった。


 今までだった、食材とかで変な色は見慣れてた。だけど、これは流石に驚愕の域だ。


 ピンク、黄色、水色、黄緑。見事なまでの蛍光色の塊が、お皿に並べられていた。


 一口サイズの丸いそれは、食べるにはどうも抵抗がある色をしている。アメリカとかのお菓子みたいな色だ。


『これが…お菓子?』


 無意識に出た呟きは、クーンさんが拾って、そうだと教えてくれた。でも、心は放心状態だ。


「さ、どうぞ。」


 …悪魔の笑みだ。


 神殿につかえている、力のある神官だと言うその人の笑みは、一見すれば天使の笑みかもしれない。




 …だけど、今の私には悪魔の笑みにしか見えない。


 これなら、常に無表情か、怖そうに眉を顰めているクーンさんの表情の方が、優しげに見えるよ、私。


「遠慮なさらず。」


 してませんよ、遠慮なんて。そう言うのも戸惑われて、私はティレ・タータに手を伸ばす。一番手前にあったピンクのものを手に取ると、ひと思いに口の意放り込んだ。


『〰〰――…・・っ!』


 それが失敗だったなんて、いとも簡単に分かること。声にならない叫びを上げて、お茶を飲もうとしたけど、カップの中にお茶は入っていなかった。


 さっき飲んじゃったんだった!


 仕方がない方、必死に目で訴えてクーンさんのお茶を横取りする。私がそれを飲み下した時のクーンさんの表情は、憐れんでいるように見えた。


「大丈夫か?」


 そんな訳もなく。私はワゴンまで行くと、新しいお茶を渋くなるくらいにして、カップに注いだ。


「人のお茶を盗って飲むなんて、ネイさんはお茶目さんなんですね。」


 お茶目とか、そんな事言ってられるレベルじゃない。果たして、これをお菓子と呼べるんだろうか。


 私は未確認物体をじとーっと半眼で睨みつけた。


「どうでした?」


 相も変わらずニコニコしているレークさんは、腹黒さが全開だ。儚い感じの男の美人さんなのに、残念過ぎる。一本の図太い神経が見える気がした。


 お茶用意した方がいいって、教えてくれてもよかったんじゃないの?


 さっきのお菓子と同じように、今度はレークさんを睨みつけた。でも表情は変わらない。私は諦念の感を抱いて、深く嘆息した。


『砂糖の塊よりも甘くて、衝撃的でした。てゆーか、まだ歯が痒い気がします…』


 そう言って自己確認をしちゃった所為か、歯を磨きたくなった。


「歯が痒いとは、あまりにも適切な表現ですね。で、これで分かりましたか?ネイさんのお菓子とこちらのお菓子はかなり違うのですよ。


 ネイさんのものなら、毎日でも食べられますよね、クーン殿?」


 クーンさんは小さく頷いた。でも。


 …嘘だね、絶対。


 いつか、クーンさんが気に入ってくれるようなお菓子を作れたらいいなって、今は純粋にそう思える。


 それに、そんな行動一つにもクーンさんの優しさが見えた。そして、それが倍増して見えるのは、隣に居るレークさんの所為だと言うことは、絶対否定できないだろう。


 てゆーか、まだしてるんだけど。レークさんを遠くからの声。


 昼休みはもう終わってるころだろうし、声が悲痛そうに聞こえるのは、私の彼らに対する憐れみだけじゃないと思う。


 でも、今日は昨日と違うことが起こった。


「さて、私はお暇いたしましょう。」


 優雅に立って、綺麗な笑顔を浮かべて礼をとる。そして、片膝で立つと、私の手の甲にキスをした。


「また後ほど会いましょう。是非夕餉もネイさんの手で作っていただけると嬉しいですね。では、失礼。」


 まさに、貴公子のように去って行った。




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