異文化‐その2‐
『あのー…・・』
調子に乗った私は、ピンクのプリンの表面に乗せた砂糖を焦がして貰った。本当に便利だ。
って、貴重な力をこんなことに使うなんて、やっちゃいけないんだろうけどね。
反省してるのかしていないのかはさて置いて、私は感謝を行動で表した。
『お二方とも、これ、たくさん作り過ぎちゃったんで、よろしければお一つどうぞ。』
手伝ってくれたお礼。これがお礼って言うのも、料理人の二人には失礼な話かもしれないけど、今の私にできる事はこれだけだから。
「いいのか?実はさっきから、どんな味がするのか気になっていたんだ。」
昨日のサンドイッチ、今日のスープの如く、エルさんは目を輝かせている。それを見て横に居るおじさんは、もっと優しく微笑んでいた。
「色が違うが、味はどう違うんだ?」
そっか。赤い卵なんて、使うの初めてだったから、味のこと考えるの忘れてた。赤いからって、辛い訳ないよね?
恐る恐る聞いてみたら、たまごの味自体はあまり変わらないけど、赤いほうが濃厚なんだとか…色は私的には受け付けられないけど、どうやら味の保証はされてるみたいだ。
『黄色い方は、下にほろ苦いカラメル、というものを入れています。クーンさんがあまり甘いものを好まないと言う事で、食べやすいように甘さを控えてあります。
もう一つは、表面の飴を割って食べていただく形になります。こちらは下にカラメルが入っていないため、少しばかり甘くなっています。』
私の説明を、エルさんはふんふんと腕組みをして聞いている。おじさんも興味を持ったのか、二つを見比べて、私の見慣れた方を手に取った。
「…ネイ、両方食してみたいのだが。」
迷いに迷ったのか、言い辛そうにそう言ってきた。
「相変わらず、料理長は食い意地が張っておられる。」
おじさんはやっぱり笑顔。しかし、言葉には確実にからかいが含まれていた。年の功ってやつかな。
「ち、ちがう!両方の食感を確認してみたいだけだ!」
焦ってるのか、噛んでるし。顔も赤い。おじさんがエルさんをからかうの、なんか分かるなぁ。反応が面白くて。
ほほえましく思いながら、私は両方勧めた。
『どうぞ。食べてみてください。私も感想が聞きたいですから。今お茶を入れるので…あ、時間大丈夫ですか?』
勝手に話を進めようとしてたけど、二人とも厨房に戻らなきゃいけないはず。でも、5分や10分は大丈夫だから、と近くの椅子を引っ張ってきて腰掛けていた。
それを見て安心。今までで一番手際よくお茶を淹れ、二人の前に出す。スプーンを渡すと、二人は早速食べ始めた。
「ほう…これは。」
さっきまでは目が笑っていて細かったのに、今は真ん丸く見開かれていた。
「ネイ、流石だ。美味いよ。このプルプルとした食感。ほろ苦いカラメル。冷たさもちょうどいい。」
さっきまでの焦ったような姿はどこにもなく、しっかりと味を確かめるようにしている。料理をしている人のそれだった。
プロに批評されるのって、ちょっと不安。
次の言葉を待っていると、もう一方のプリンに手を付ける。上を割っている姿は、何とも楽しそうだ。それから、一口含み、味わう様子を見せた。
「食べる前も楽しく、食べてからも二つの食感が楽しめるとは面白い。」
お気に召してくれたようですね。
その表情に私は安堵した。
「ネイ、悪いんだが、これを三つほど分けてくれないか?是非とも食していただきたい方がいるんだが。」
それは全然構わないんだけど、気になることが一つ。
さっきまでの砕けていた口調が、“食していただきたい”と丁寧になった事だ。身分の高い人に食べてもらうのかなって、不安になる。不安に思ったことは、見事に顔に表れていたらしい。
「量が減ってしまうのを心配しているのか?」
返事に困っている私は、そう思われていったのか、と弁解するために口を開いた。
『量は構わないんですけど、もしも高貴な方が口にするのなら、お口に合わないんじゃないかと思って。
クーンさんとレークさんと私、あとミリアとマーサさんと宰相さまにも上げたいから…最低六個残っていれば構いません。けど、新鮮なものを提供したいのであれば、もう一度作りますけど。』
「そうか!それならば、クェーカーの方で、下にあの苦いカラ…何んとかってのを入れてくれ!」
“カラメル”が言えなかったね。てゆーか、私は私で聞き取れない単語に戸惑うばかりだ。
“くぇっ…?”と、何かのない声みたいになっちゃったけど、私からしたら発音しにくいったらありゃしない単語だったから仕方ない。
「クェーカー。赤い方の卵だよ。」
ああ、またあの血みたいな卵を見ることになるのね。少し凹みつつも、食後のデザートだって事なので、すぐに取り掛かった。
付け合わせと、ハンバーグも同時進行でし上げつつ、赤い卵は目を逸らしながらかき混ぜる。
うん、いつか…要は“いつか”慣れることを目標に頑張ればいいよね。
クーンさんたちのお昼ごはんを仕上げ終わると、ちょうど良く昼時のチャイムが鳴り響いた。その時、いつの間にかエルさんもおじさんもいなくなっている事に気付き、驚く。集中してて、いついなくなったのかも分からなかった。
そう思いつつも、クーンさんもエルさんも待ってると思い、食事をワゴンへと乗せる。
温かいうちに持っていきたいから、急がなくちゃ。
けど、そこでエルさんに声をかけなくちゃと気付き、厨房に顔を出すと、とんでもない状況が広がっていた。
「おい、早くこれ片付けろ!」
「パンが出ていないぞ!」
うへぇ…まさに戦場。
私はここじゃ働けないな、と思った。
「ネイ!どうしたんだ?」
あまりの圧巻に、呆然としていた私に声をかけ、エルさんはさっきの女中専用の台所へと来てくれた。
『プリン、できました。後は冷やすだけになっていますから。』
「わかった。わざわざすまんな。後でまた話そう。今は落ち着かないからな。」
それは見たから知ってます。みんな忙しそうだったし、今はエルさんがいないからもっと大変だろう。
私は了解し、エルさんを厨房へと追い返した。それからワゴンをカラカラ押して執務室に入ると、レークさんが目に入る。
もう来てたんだ…今って忙しいって言ってなかったっけ?あ、そう言えば、さっきレークさんを探してる声が聞こえたかも。
『レークさん、また逃げて来たんですか?』
書類をどけ、皿を並べる。ついでにお茶も淹れて、とやる事をテキパキとする。まだ二日目だけど、私って案外順応性高いのかも。
「そうしていると、本当に女中さんのようですねぇ。それよりも“また”とは聞き捨てならないです。
あの人たちは昼食の時間でさえ、私を神殿に閉じ込めようとするんですよ?」
必死な訴えに、それほどたいへんなのかと感心しつつ、用意が終わったので声をかけた。
『お仕事お疲れ様です。そのお話はひとまず置いておいて、食事にいたしましょう。せっかくですから、温かいうちに食べていただきたいのです。』
そう言うと、椅子にもたれかかっていたレークさんは姿勢を正す。一方のクーンさんは書類からまだ目を話していなった。
「放っておきましょう。一段落するまではきっと動きませんよ。それより、今日は何を作ってくださったんですか?」
『今日はハンバーグとサラダとスープです。昨日よりも時間がありそうだったので、普通の食事の様式にしてみました。』
レークさんにハンバーグの説明をしていると、クーンさんがようやくこちらにやって来た。今日は昨日ほど疲れていないみたい。顔色がだいぶ良く見えた。
『私もご一緒していいですか?』
とか何とか言いつつも、実はちゃっかり自分の分も用意してきていた。ってなわけで、早速了承を貰って席に着く。と。
「「『いただきます。』」」
三人で手を合わせてそう言った。合わせた訳じゃないのに、タイミングがぴったりで吃驚。けど、私に合わせてくれてるみたいだったから、ちょっと嬉しかった。
『そう言えばミリアから言伝を聞きました。レークさん、私に何の話があるんですか?』
食事をしながらいつものように談話する。私はこの時間が大好きだ。
私の事、事情を分かってくれている人たちだから、なおさら安心するんだよね。
「ああ、ちゃんと伝わっているようで安心しました。」
一人、クーンさんだけが蚊帳の外で、眉間のしわを一層深くしている。そのうち、跡が付いちゃいそう。
「祭が近づいてきているので、そろそろ鏡盆に触れていただこうと思いまして。クーン殿、時期的にも良い頃合いだとは思いませんか?」
「…そうだな。人に紛れ、人知れず行うのが無難だろうな。夕方から夜に掛けてがいい。」
夜、人がいない時間。そんな時間のお城って怖そうだなぁ。なんて、自分の事なのに、他の事を考える。
てゆーか、鏡盆とやらに触れた時に何か起こらなきゃいいけど。宗教上のものって、なんかいわく付きで怖そうだよねぇ。
箸を進めながらも、心はここにあらず。脳内に留まって、自分だけ物思いに耽っていた。
触ると、元の世界に戻っちゃう、とかだったらどうしよう?…それだけは、マジ勘弁。
「ネイ?どうした?」
さっきよりも柔らかい表情のクーンさんを目の前にして、私はにへらと笑うしかなかった。
『何ともないです。さ、食べちゃいましょう。』
そう促す。だって、レークさんがいる前では話せない。何だか知らないけど、勢いでクーンさんに喋っちゃった、私の黒い内面の事だから。
それに、これ以上私の暗いとこ見せたら、今度こそ嫌われちゃうかもしれない。そうしたら、私はこ
の世界でも生きていけない。
「…本当に?」
『ま、いいじゃないですか!』
明るく振る舞う。暗いと、本当に心配されちゃうからねー。それに、こう言うのを隠すのは、昔から得意だ。