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異文化


 結局やることがなくてクーンさんの執務室を後にした。


 とりあえず、女中部屋に向かう。もしかしたら何かやることあるかもしれない。と、思ったのに。


「ネイさまにやらせるなんて、いくらなんでもそれだけは聞き入れられません!」


 頼みの綱だったミリアに、一蹴された。どれだけ懇願してみようとも、頑ななミリアは折れてくれない。


 最終的に、は私は客人だからと断られる羽目になった。


「今日もクーンさまの昼食を作るおつもりなら、早々に厨房へ向かわれたらいかがでしょうか?」


 ミリアのアドバイスは私を閃かせたけど、どうもここで疑問。


『私が行ったら邪魔にならないかな?』


 そうでなくても城内中の人の食事をあそこで用意してるらしいんだもん。流石に私的欲求を満たす為に使っちゃダメでしょ。


 とか何とか言いつつ、昨日は使っちゃってるんだけどね。


「いつも紅茶を用意している場所なら、使用は可能ですよ。器具と材料さえエルさんに用意してもらえれば、何とかなるはずです。」


 …エルさん、何者?てゆーか、厨房で仕事しなくてもいいの?


 不思議に思って訊ねると、続けざまに意外過ぎる答えが返ってきた。



「エルさんは料理長です。」


 なに?!そんな偉い人だったの?!


『どうしよう!私、すごい気軽に接しちゃってた。失礼過ぎだよね?』


「大丈夫です。」


 焦る私とは裏腹に、ミリアは至って冷静。


「エルさんは決して私たちを見下したりいたしません。“様呼びはやめてくれ”とおっしゃられて、今ではみんな気兼ねなく話すことができる、とてもよいお方です。」


 そう、なんだ。うん、そっか。なんかそんな感じだよね。見ず知らずの私にまで気さくに話しかけてくれたような人だったし。


でも。


『…料理長パシらせちゃった……』


 一番のしこりはこれ。


 昨日全てを用意してくれた事を思い出す。あれは流石にひどかったよね。


 “パシらせ…?”と呟くミリアに、こき使う事だと教え、うなだれる。確かに知ら言いものだったり、場所だったりしたし、無理もないんだろうけど…


「エルさんはネイさまの料理の興味がおありですし、むしろ手伝わせてほしいと言うはずです。」


 そう言われて、厨房まで押しやられる。エルさんを呼んでおいて、ミリアは楽しそうに去って行った。


「今日は早かったな。で、何を作るんだ?用意するものは?」


 キラキラした瞳にさっきの話を重ね合わせてみても、どうも料理長には見えない。


 そんな失礼極まりない事を考えながらも、やることはやろうと思って、腕まくりをした。


『うーん、何作ろう…』



 全く持って何も考えてなかった。でも、今日は昨日よりも時間できそうだし。がっつり食べる時間くらいあるでしょう。


 なんて、無責任なこと考えたりして。それだけじゃなく、ちゃんとお腹いっぱい食べて欲しいって意味もあるんだけどねぇ。


 それに、さっきミリアからの言伝で、お昼はレークさんも一緒だって言ってたし。


 うん、軽食じゃなくて、普通のご飯にしよう。


『エルさん、マヨネーズの作り方、知りたいですか?』


 次の瞬間のエルさんは、まるで小さい子供みたいに大きく頷いていた。


 そんなに首振ったら、もげるよ?と思いながら、昨日とほぼ同じものを用意してもらって、順を追って説明をしていると、やっぱり素人の私と違うエルさんは、料理人の手つきを披露してくれた。


『これ、生野菜にも温野菜にも合うんですよ。あとは炒め物、肉でも魚介類でもどんと来い、です。』


 ほう、と目を細めて考え込んでいる。私は構わず先に進むことにした。


 鍋で骨付きチキンを炒め、水と野菜とハーブを加えて煮込む。だけど、大雑把な料理に見えたのか、意識をこちらに戻してきたエルさんは心配そうにしていた。


「ネイ、本当にそれは大丈夫なのか?」


 それ=骨。こんな料理方法は未だかつて見たことがないらしい。


『ここから良い“ダシ”が出るんです!』


「だし?」


 もう!なんでこんなに料理基準が高くないの?!


『ダシは料理の基礎を支えるものです。これが美味しくなくっちゃ、味に深みが出ませんから。』


 とか何とか言いつつ、最近見た某テレビ番組の何とかタロウさんの作り方を思い出していた。


 ホント、テレビって便利だよねぇ。


 野菜やミンチ状の肉を練っていく。つまりはハンバーグなんだけど。


 こっちでは、肉は単にステーキとしてしか出されないらしい。勿体ないよね。いろいろと食べ方があるのに。


 今度、鶏団子が入ったお鍋でも作ったら、エルさんは驚いてくれそうだな、なんて、不敵にほくそ笑みながら企んだ。


 今日は残念ながらソースもケチャップも置いて来ちゃったから、塩コショウのみ、って思ってたんだけど。


 エルさんが、サルーテとかいう、こっちの調味料をかけたらいいと教えてくれた。


 味見してみたら、美味しい。


 こんなのがあるんなら最初から使えばいいのに、って思ったけど、どこかの民族のものだから、お貴族さまたちは好まないんだってさ。


 食べ物にまで上流とかそんなモノ押し付けなくてもいいのにね。美味しいものは美味しいって言えばいいじゃん。


 こっちにはチーズもあるって分かったんだけど、これもまた民族のもの…後は省略。ハンバーグにはチーズが合う。高カロリー万歳な感じだけど、美味しいものに目がない私には、関係ないよね。


 お昼にはまだ早いから、それはひとまず置いといて、今度は甘味に移る。食材は何となく揃ってそうだけど、食感が珍しいだろうと思ってプリンを作ることに決めた。


 とか思ってたまご割ったら失敗。赤いの開けちゃったから。赤い卵は、何ともグロかったけど、温めたミルクを入れた時点で、ピンクになって安心した。


 普通のには、カラメルを下に入れた。これなら、甘いのが苦手だって言ってたクーンさんにも食べられると思って。もう一つは、昨日迷惑をかけた人たちに渡す分。これは、上に砂糖をかけてブリュレまがいのものにしよう。


 言葉が悪いのは、私の表現力のせい。まずいものは作ってない、はずだから、安心して欲しいところだ。


 蒸し焼きにするようにオーブンに入れ、今度はスープへと意識を向ける。


 灰汁を取って、ハーブやら野菜やらを取り除く。新しく切った野菜を入れ、塩コショウで味を調えた。


 うん、コンソメスープの素を使わないで初めて作ったけど、なかなかのできだ。野菜が柔らかくなるころには、いい匂いが辺りに立ち込めていた。


「…良い香りだ。」


 覗き込んで、興味津々な様子を隠しもしていない。


『味見、しますよね?』


 いいのか、って聞いてきたけど、どう見てもそうしてみたいって顔に書いてあるし。それに、私も味見くらいしなくちゃ、今回は保証できないしね。


 小皿に少し掬うと、私とエルさんは同時に味を見る。…少し薄いかな、と思って塩を足し、もう一度味見をしてみると、今度はちょうど良かった。


「…ネイ、こんな上手いもの、初めて食べた。」


 呆然としているエルさんに、この国の料理の発展がどれほどなかったのか、確信を得た。


 思ったけど、(この世界の人って言ってもまだ数人にしか会ったことないけど)ここの人は新しい事に挑戦することをしない。それは、私にとっては一つの怠惰に思えた。


『何事も挑戦することが大切ですよ。未知の発見ほど面白い事はありません。


 …私のいた世界では、宇宙や過去に対して以外はたくさんの事が解明されて、子供たちはそれを学んでいました。それじゃ、つまんない。分からないことが分かるようになるのが、楽しい事なのに…』


「ネイ?…思い出したのか?」


 は!そうだった。私、記憶喪失(設定)だった!


 今さら難しいだろうと思ったけど、何とか濁す。


『…私、今なんて言いました?』


 言い訳、きつかったよね。どうしよう、なんて考えていると、タイマーが鳴った。


 …助かった。私は急いでオーブンを開けると、天板を取り出して、固まり具合を確認。そして、満足。後は冷やすだけだ。


 けど。


『エルさん、これって冷やせますか?』


「ああ、厨房の方に、少しだけだが、魔道を使えるものがいる。冷却の魔道をかけてもらえば、すぐにでも冷えるさ。で、それは食べられるのか?」


 プルプルしているその動きを訝しげに見ている。それでもその動きが不思議なのか、面白そうにも見える。


 てゆーか、食べ物で遊ばないでよ。


『そうですよ。デザート、いや、おやつですね。クーンさんが随分とお疲れになっているようだったので、糖分を取っていただこうと思って。』


 あれだけ働いてるのに、私の面倒まで見て。尚且つちゃんとした食事を取らなくちゃ、いつか、いや、近いうちに絶対に倒れる。それを回避することが唯一私にできること。


 そう使命感を勝手に持った。


「…ネイ?」


 一人の世界から呼び戻されると、そこには知らないおじさんがもう一人。いつの間に来たんだろう。


「で、どのくらい冷やすんだ?」


 訊ねられて、困ってしまう。基準って言っても、ここの温度の単位なんて分かんないし。℃なんて伝わんないよね。


 しばらく考えて、それから。


『抽象的な言い方になっちゃうんですけど、山に流れる川の水、くらいですかね。


 室温よりも全然冷たくて、食べる時にひんやりするくらいがいいんですけど…伝わりましたか?』


 おじさんにおずおずと言った。自分の表現力の無さに嫌気がさしたのは。言うまでもない。あんまりにも言葉があいまい過ぎたから、心配だった。


「大丈夫ですよ。」


 そう言って、にこやかな表情を浮かべたまま、冷却の魔法をかけてくれた。


 魔法って便利!見た目は変わってないけど、器に触れると冷やっとしていた。



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