口撃
『奥さま、意外と毒舌なんですね。』
馬車に揺られながら、ぐったりしてるグーンさんに話しかける。朝から随分とお疲れなようだ。
『疲れているようなので、後で甘い物でも用意しますね。あ、それと、今日のお昼ごはんも用意しますか?』
「甘いものはあまり好きではないのだが…」
甘いものが好きじゃない?!ダメダメ!疲れてるんだから、少しでも糖分とらなくちゃ。
「昼は任せる。ネイの作るものは面白いし、美味いからな。」
そう言われて嬉しくなって、いっぱいの笑顔でハイと答えた。
昨日、あんなこと話したのに、変わらない態度。嫌われてない気がして嬉しかった。
城に到着してまず出迎えてくれたのはミリア。ミリアに連れられて昨日の女中部屋へ。そこに居たマーサさんは笑顔で迎えてくれた。
「昨日はよく眠れたかい?」
『はい。』
それはよかった、と言い、クーンさんに早速お茶を持っていくように言われた。
カチャカチャを立てながら用意していると、今日も陽気なエルさんが鼻歌交じりで登場。朝の挨拶を交わしたのに、まだそこに留まって私を気にしている。不思議に思っていると、今日もクーンさんの昼食を作るのか尋ねられた。
「ネイの料理は興味深いし勉強になる。是非作るところを見せてくれ。」
なるほど。マヨのことごまかしちゃってたから、そりゃ得体のしれないもの作る人が気になるのも仕方ないよねぇ。
『了解しました。また後ほどここに参ります。』
カラカラとワゴンを押して向かう途中、やっぱりカスタムメイドは目立つみたいで、じろじろ見られたけど、たじろぐことなく丁寧に礼をとってから進む。
世の中気にしなくていいものは気にしない。人の視線なんて一番気になるけど、文化が違うとこに居るんだもん。気にしたら負け。
視線なんて素知らぬふり、を通してクーンさんの執務室に着くと、お茶を丁寧に淹れる。
仕事前だもんね。
美味しいお茶で心を落ち着けてからの方がいいはず。
湯気の上がる紅茶を持っていき、優雅に呑むクーンさんを眺める。
ほんと、いい男。恋人の一人や二人、いてもおかしくないだろーに。
クーンさんがお茶を飲み干そうとしたその時、ノック音が広い部屋に響き渡る。どうやら仕事の時間みたい。
私は急いでカップを下げる。扉は返事を待たずに開いた。さっきより慌てて昨日用意した机に着く。説明を任せてもらうことになってたから、ぐっと身構えた。
『おはようございます。』
丁寧にまずお辞儀。次に頭を上げて、笑顔を浮かべる。
『各省の名が書いてあるカードの所に書類を置いていただきたく思います。クーン魔道師さまに説明が必要な方は、そちらへお並びください。』
何ら訝しげな顔をされる。
うん、そんな気はしてたから、覚悟はできてる。だから、私は笑顔を絶やすことなくそうするように促す。それでも反発する人は必ずと言っていいほどいるわけで。
早速その声が上がった。
「なぜ我々がそのような事をしなければならない。」
おおっと。
一際高そうな生地で作られた服を見に纏っているおじさんに、お小言ちょうだいしましたー。
あの人はきっと、身分が高い人。
近づいてきて私の前に立ち、じろじろと頭のてっぺんからつま先まで見る。
…省の名前、見えた。だからこそ、この人がなんでこんな態度を取るのか、ここで納得した。
曲がりなりにも、クーンさんは省をまとめる筆頭くらいの地位に居るはず。若いからと言って、失礼な態度を取っていいはずがない。
昨日、ミリアにいろいろ聞いといて正解だった。
この省の人は元々議会に居た人が多く、王族に反発気味。今の王に代替わりした時に、失脚させられたのを根に持ってるんだって。
…自分が悪いことしたくせに。
いかん、いかん。
自分の黒い感情を心の引き出しに収めつつ、笑顔を引きつらせないように気を引き締めた。
『失礼ながら申し上げさせていただいてもよろしいでしょうか?』
そう言ってから、さらに続ける。言ったのは建前。返事を待たないまま自分の思った事を述べていく。
反論させない勢いで。
『クーン魔道師さまが毎日膨大なお仕事をなさっている事はご存知ですよね。
あのお方は大変勤勉な方で、自分の持てる力、全てを使ってこなそうとするお方でいらっしゃいます。
それ故に昼食を取る時間も惜しんで働いておられます。』
「だが…」
喋らせませんけど、何か?腹黒万歳ですよ。
こんなことで自分の性格の悪さが役に立つんなら、露見するのだって恥ずかしくない。だいたい、私が言ってるのは正論だもん。それを盾にするくらいの事はできるはず。
『立場的にそう言う方なのは存じ上げております。
しかし、どんなに努力を惜しまず、働き者である方も、人間は人間なのです。
体力的にも精神的にも、必ず限界があるのです。それに、クーンさまは書類調整のお仕事に留まるだけでなく、騎士団長としても働かなければなりません。それにも関わらず、現在はそのお時間がございません。
夜中までかかって机に嚙り付き、翌朝には誰よりも早く登城して執務室に居らっしゃられる。食事もままならず、睡眠もままならない。
それでもこのお方が倒れないとでもお思いでしょうか?』
ぐっと押し黙る顔を満足して見つめる。その間も笑顔を絶やさない。
後ろの人、引かないでー。私は事実を述べてるだけだからー。
「…それでも、それが仕事というものだろう。」
まだ言うか。まだ言いくるめられなくちゃ気が済まないのか?そーか、それなら受けて勝つのみ。
またにっこり笑って続けた。
『先程も述べましたように、クーンさまの仕事は机上のみではないのです。
机に縛り付けられている時間を短縮できれば、クーンさまの身体を労わる時間が出来ますし、さらなる騎士団の強化にも希望が望めます。
それに、夜中に届く書類はそちらにとっても好ましくないのではないでしょうか?』
訳が分からん、って顔すんな。いや、あんたは帰るんだろうけどさ。他の人たちは納得してくれてるみたいだから、夜遅くならない方がいいと思ってるんだって。
『ちょっとしたことで時間を取られない方がいいのです。何事も効率が大切ですから、今私とこうして言い争っている時間も勿体ないとは思いませんか?』
そう言った瞬間に、人々は並んで書類を置いて行ってくれる。一方、私の口撃を受けたおじさんは顔を真っ赤にしている。けど、私は素知らぬふり。
そして腹黒いですから、追い討ち掛けますよ、純粋っぽく、天然っぽく。
『書類、お預かりいたします。それと…出過ぎたことを申しました。どうかお許しください。』
書類を受け取って頭を下げる。おじさんはさらに顔を真っ赤にさせて、出て行ってしまった。
あら、もっと怒らせちゃった?…ま、いいか。
そのことで周りの人はより一層機敏に動き始め、書類を重ねていった。
書類が積まれていく机を見ながら、クーンさんが説明を受けたものを封筒に入れる。後で分かりやすくするために。
いつもよりも一時間も早く列が片付いたとクーンさんが言った時、ちょっとだけ嬉しくなった。
「その封筒は?」
ああ、これか。
『届ける書類用に作ってみました。一定量が済んだら、説明が必要なもの以外は私が配達しますね。』
ここまで用意して、やる気満々!なのは、よかったんだけど、もう書類の分類が済んでるから、やることなんて無くて。
『…ヒマ。』
思わず独りごちる。横目でペンを走らせているクーンさんを見て、嘆息した。
『クーンさん、何かお仕事ください。』
邪魔して悪いけど、暇すぎる。
昔から生徒会、バイト、勉強と忙しい事に慣れてたから、やることがないとどうも落ち着かない。
一昨日まではレークさんと話してたから、一応はやることがあった。でも、今はこの部屋にはクーンさんと私しかいない。
それに、集中して仕事してるのに、雑談なんかしてうるさくするわけにはいかない。
『やることがないと落ち着かないんです。』
良く言えば働き者、悪く言えば落ち着きがない。
足をじたばたしてみる。さっき、クーンさんに椅子に腰掛けてろって言われた。本当は女中だからって断ったんだけど、許されなくて座らさせてんだよね。
…思ったけど、クーンさんって過保護?ってな訳で、手足がフリーな私は、とりあえず軽く暴れてみることにしたんだけど…
そんな事は敢え無くスルーされた。
「俺としては、届けに行かせるのも好ましくないんだが…」
え!これ以上やること奪うんですか?!やってられないよね、私。てゆーか、迷惑だったのかな。
そう思って質問してみても、そう言うことじゃないと言われて終わりだった。なのに、渋い表情が目に焼きつく。
どう言う意味なんでしょう…?