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ネイの心、クーンの思い


 …疲れた。お風呂に入ったはずなのに、疲れた。


 一人では入れるのに、花の浮かんだお風呂に入れられ、隅々まで洗われた。良い匂いがするから、その点に関しては嬉しいけど、死ぬほど恥ずかしかった記憶しかない。


 髪にもなんか塗り込もうとしてたけど、クーンさんがいつも乾かしてくれる事を述べたら、違和感の残る笑顔をして早々に切り上げて行った。


 全て済んだことの安心感から、白いキャミワンピのようなものを着せられてるけど、そんな事を気にすること無くソファーにだれる。


 身体がぽかぽかする所為か、うとうとしてきた。でも、クーンさんが後で来るって言ってたから、まだ寝ちゃいけない。


 そう思ってはみたものの、ついうとうとする。夢半ばになったとき、ノック音が聞こえ、いけないと思って姿勢を正して返事をした。



「悪い。起こしたか?」


 いえ、と一応。顔から半分寝てたことなんてばれてるんだろうけど、それでもやっぱり一応。


 当たり前のように私の所へやってきて、いつものように髪を拭ってくれる。これにはホッとした。


 さっきまで、3、4人に囲まれてお風呂に入ってた。恥ずかしいったら無い。


 でも、クーンさんに髪を乾かしてもらうのは、最初は恥ずかしかったけど、今は心地いい。眠りを誘う心地よさを押さえながら、今日も話をした。


「ネイ、聞きたいことがあるんだ。」


 神妙な面持ちであろうことが、雰囲気からして分かる。私は何を聞かれるのかと身構えた。


「ネイは…どうして元の世界に帰りたいと言わないんだ?」


 その言葉はずっしりと胸の奥に圧し掛かった。


 それは今まで黙ってきたこと。…触れられたくなかったこと。


 俯いて、何も言えない。それは私の黒い部分だから。


『聞いたらきっと、私のこと嫌いになります。』


 だから、聞かないで欲しいと願う。ここに来てからの私を、今の私を知ってくれてる人だから。私を嫌って欲しくない。


 嫌われたら、今度こそ立ち直れない。


「何を聞いても、俺がネイを嫌いになることなど有り得ない。ネイこそ、俺の話を聞くと、きっと俺を嫌いになるさ。」


 話したくなければ話さなくていい、と言われ、迷う。


 私を嫌わない?



 …でも、それは“絶対”じゃない。


 だけど、私もクーンさんの事情、気になってた。昼間のおデブさんが言ってた事もあるし。


『私が私のこと話したら、クーンさんもクーンさんのこと教えてくれますか?』


 それにOkを貰えたから、私は正直に話すことにした。


『私…いらない子なんです。』


 つい最近までのことだったんだけど、何とかその輪から脱した。それでも、関係性は切れないから、この世界に来れたこと、実は心から嬉しく思ってる。


『私の両親、離婚してるんです。その時、どっちが私を引き取るのか言い争ったの。


 …二人とも、私のこといらないから。お互いに押し付け合って、別れてからもずっと喧嘩し続けてました。


 結局、父方の祖父母に引き取られました。』


 そこまでは辛かったけど、捻てた訳じゃない。おじいちゃんもおばあちゃんも優しくて、私は両親のどちらかに引き取られなくて良かったって思ったし、今まで生きてた中で幸せだった。


 でも、問題はその後のこと。


『祖父母が事故で亡くなって…私はまた行き場を失いました。結局父に引き取られたんですけど、それは世間体があったからで。


 本当は新しい家族がいたから、私は邪魔者だったの。』


 ここまでくると、自嘲気味に笑うしかない。泣かないようにするためには、そうすることで紛らすのが一番だから。


『高校生になって、家に居辛くなってバイトばっかりして。早く家を出たくて、遠くにある大学に合格を貰って、家を出たんです。』


 いつの間にか髪を拭っていた手は止まり、頭をなでる動作に変わっている。


 クーンさんは何も言わずに、ただそうしてるだけだった。それに身を任せるように、私はクーンさんの胸に背を預ける。体温が、少しだけ私の心をほぐしてくれる気がした。


『非行に走らなかったのは、多分心のどこかで期待してたから。でも、やっぱり私はいらない子に変わりなかった。


 昔から、何をするのも苦にならない性質だったんです。勉強も、運動も、努力とかしなくても簡単にできちゃうから、不器用な妹と比べる対象に必然的になる私は邪魔者。


 妹は慕ってくれたけど、あの人たちは自分の娘より何でもできる私が嫌いだったみたい。』


 あの時の目。私が何をしても褒めてくれなかった。だから、途中で諦めたの。半分血はつながってるけど、赤の他人。


 腹違いの妹だけど、年の離れた知り合いの女の子。


 ただそれだけの関係で、私は単なる居候。そう考えるようになってた。


『そんな人たちと縁を切りたくて、遠くの学校に入ることを決めました。離れたいと思って遠くへ逃げたけど、知らない世界に来たんだったら、もう会う事もないから。だから、帰りたい、って言わないし、思いもしてないんです。』


 ここまで言って、やっぱり根っ子の部分はいつまで経っても変わらないな、と思った。


 クーンさんは何も言わない。逆に言われなくて良かったって思う。それに、何を言うにしても困る内容だって分かってる。


 次は俺の番だ、というクーンさん。だから、俯いてた顔を上げて、クーンさんを見た。


「宰相殿がここに居たことに驚いていただろう?」


 その問いに、正直に頷く。クーンさんは、私の頭をなでる手を休ませること無く、口を開きだした。



「俺は…宰相殿の養子だ。」


 随分気心が知れた仲だと思ってたけど、そう言うことだったのか、と思った。思っただけで、口は挟まない。


「俺の元々の名はクーン・リッキンデル・デューク。現国王陛下は俺の腹違いの兄にあたる。」


 ?!


 ってことは、だ。


 …クーンさんって、ひょっとしなくても王族の血が流れてるってこと?


 うん、なんか分かる気がする。纏ってる空気とか、品の良さが滲みだしてるから。


「母上は身分が低かった。先王は単なる遊びだったみたいだが、母上に手を出した。そんな関係だったために、先王は俺の認知を拒んだ。」


 私と、少しだけ似てる。親に拒まれた時、クーンさんは何を思ったんだろう?


「母が亡くなってから、俺を引き取ったのが王家の親せきにあたる宰相殿だ。幸い兄上との仲は悪くなく、俺は兄上の役に立ちたいと思って今の役職にこぎ付けた。


 実際は余計な仕事や貴族たちの小言で精一杯だが、これから努力して、兄上の片腕くらいにはなってやるつもりだ。」


 …すごい。私は捻てるっていうのに、クーンさんは目標すら持ってる。


 さっきクーンさんが私の話に触れなかったのと同じように、私もクーンさんの話には何も触れなかった。






 それから他愛もないことを話してたら、いつの間にか寝ちゃってたみたい。朝目が覚めたら、ベッドに横たわって布団がしっかりかかっていた。


 きっとクーンさんが運んでくれたんだよね。お礼、後で言わなくちゃ。



 さて、どうしたものか…


 今日も一日頑張るぞ、と意気込んだはずなのに、その途端から力が抜ける。私は昨日初めてここに来たわけで。何がどこにあるか、とか、昨日来てたカスタムメイド服がどこにあるのか、とか。諸々知らない。


 つまり、どうしていいのか分からないってことにつながる訳だ。と、タイミング良く昨日のメイドさんがやって来た。


「よくお眠りになられたようですね。本当ならばもう少しお休みしていただきたいところですが、クーンさまと共に城へ行くようですから、失礼ながら起こしに参りました。」


 私なんかに敬語使わなくても、って思うけど、おもてなしは受けるもの、だから。私はありがとうございます、と礼を取った。


 顔を洗って着替える。やっぱりカスタムメイド服は目立つらしく、気にしていた女中さんにどう作ってあるのか教えて欲しいと頼まれ、それに了承した。


 そのまま誘導されて大広間へ。


 朝ごはん、らしいです。



 でも!やっぱり広すぎ!


 みんなでご飯を食べるには、少々(大分)広い部屋。パーティーを催す際に、この位の広さがなきゃダメなんだってさ。貴族って大変なんだね。


 お誕生日席に宰相さま、その向かいにクーンさん、右手に奥さまがいる。私は失礼ながら、空いてる席に腰を下ろした。


「ネイ、よく眠れたか?」


 おはようございます、と言ってから質問に答える。挨拶、大事だからね。最優先。


『はい、とても。』


 宰相さまは満足げに頷き、奥さまを紹介してくれた。


 奥さまは、まさに貴婦人、そのもの。微笑みも言葉遣いも、所作も。全てが柔らかくて優雅。


「クーンが女性を連れてきたと聞いて、とても驚きましたけど、とても愛らしい方で嬉しく思いますわ。」


 クーンさん、モテそうなのに、女の人連れて来たこと無いんだ。


 あ、でも、生活してて中世ヨーロッパ的な雰囲気(映画情報)だったから、私のいた現代とは違って、簡単に交際するってわけにはいかないのかもね。


「これからも、クーンをよろしくお願いしますね。」


 頭を下げられて私もつられる。


『私、クーンさんにお世話になりっぱなしなので、少しでも力になれるように頑張ります。』


 頭を上げるように声をかけられる。だから、ゆっくりと上げると、微笑み続けている奥さまがそこにはいた。


「母上、公務の時間が迫っています。ネイを苛めるのはそのくらいにしてあげて下さい。」


 いつの間にか宰相さまとクーンさんはご飯を食べている。いつもクーンさんが私の所へ来てくれていた時間を考えると、確かに時間ないかも。


 私は慌てて手を合わせてから食べ始めた。


「まぁ、私は苛めてないわ。心外ね。情けない息子のことをお願いして何が悪いのです?」


 あら?意外とおっとりしてないかも。


 ズバズバ言う奥さまに、クーンさんはたじたじだ。面白いもの見れた気がする。


 奥さまに口撃されているクーンさんを見て、私と宰相さまは目を合わせて笑った。


 どうやらいつもの事らしい。


 一方的な口論になっているその横で、私はのんびり宰相さまとお喋りしながら朝食を取ることができた。



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