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温かい家

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ありがとうございます!!


「よし、終わった。」


 クーンさんの一言にホッとする。


 今日は私が初めて働く日だったから、大分迷惑かけちゃってたから。終わらなかったらどうしようかと思ったよ。


『いつもより早く終わりになったみたいですね。』


 めまぐるしいほどのスピードだった。


 私はと言えば、ミリアにお願いして各省までの道のりを教わって、書類を届けたり、お茶を入れたり、そんなことで一日が終わってしまった。


 もっと、役に立つことしないと。そう意気込んで、やる気を明日へ持ち越すことにした。


「ネイがいたからな。よし、帰るとするか。」


 さっと立ち上がると、エスコートをするかのように私に手を差し出してきた。


 と、ここで戸惑う。いや、日本人としては戸惑って当たり前だと思う。


 それに、私はクーンさん専属の女中だし…そのままフリーズしていると、ノック音、それからドアが開いた。


「ネイさまのお荷物をお持ちいたしました…何をなさっているのです?」


 明らかに呆れたようなミリアは、半眼で見てきた。そんな事言われても、と心の中で言ってみたものの、それはもちろん届くことはない。


 一時停止したかのように立ち止まっていた私とクーンさんは、ここでさっきの動作を止め、再生された。


「外に馬車のご用意はできております。ネイさま、また明日お会いしましょう。」


 そう言うと、さっさと踵を返す。


 ミリアらしいけど、いくらなんでも要点しか述べなさすぎじゃないですか?!って、混乱してるのは、さっきの微妙な空気の所為なんだけどね。


 気を取り直して、何事もなかったかのように振る舞う。それはクーンさんも一緒。私は促されるまま馬車に乗り込み、お世話になるクーンさんの家へと向かった。


 馬車は10分足らずで止まり、到着した事を伝える。


 クーンさんに続いて降りようとすると、慣れないものの所為か、バランスを崩してしまった。さっきと同じように手を差し伸べられたけど、今度は素直にその手を取ることができた。



 ほわー、いかにも、なお屋敷ですなぁ。


 古く、しかしどこか風情があって、造りがしっかりしているお屋敷を、私は馬鹿みたいに感心して眺める。


 ほら、都会に初めて来た人が、街並みとか電車に驚く、あれと一緒。今までの生活からしてみれば、あり得ない家の造り。


 本気で、中世ヨーロッパに送り込まれたんじゃないかって思っちゃうほど。


「ネイ?」


 馬車から下りてからいつまでも突っ立っていた私に、どうしたんだ、と声がかかる。


 どうしたもこうしたも、圧倒されてるんデスヨ。とか、言える暇もなく、私は促されて中に足を踏み入れた。


 広い玄関、吹き抜け、正面の螺鈿階段。…映画のセットみたい。


 どうも現実味がない。緋現実的過ぎるのかもしれない。


 本当に、ここで生活してるの?


 見慣れた無機質な部屋の造りが面影もないそこは、壮大過ぎる作り物のように感じた。


 クーンさんのお屋敷の中は、城よりも生活館が漂っている。豪華だけど豪勢とは言えないそこにある調度品の数々は高そうだ。使いこんであって、逆に好感を持つ。


 それに触れてみたい好奇心に駆られつつ、目の前の人物たちによってそれは阻まれた。


「お帰りなさいませ。」


 うわ、リアルメイド!城にもいたけど、こっちの方が本当にご主人さまに仕えてます、的な感じ。私もこれからのために見習わないと!


「クーンさま、こちらのお譲さまは?」


 不躾にもじーっと見つめていると、視線を交わすことなくクーンさんに疑問をぶつけている。


 私、そんなに不審者っぽいのかな?


 何だかいたたまれなくなって、視線を下へ向ける。こう言う時は大人しくして、クーンさんに任せておくのが一番だ。


「今日からここに泊ることになったネイだ。俺の部屋の隣が空いていたな?そこをネイに充てて、取り急ぎ湯あみの用意をさせてくれ。」


 疲れているだろうから、と付け足された言葉に突っ込みたくなった。


 それはクーンさんの方でしょ、って。あれだけ働いといて、私の心配って。自分の休息も考えて欲しい。


「まぁ、それならば先に申しつけておいてくだされば、お部屋をネイさまに合わせた可愛らしい飾り付けにできましたのに。


 シュリキスさまはそんなことをおっしゃられませんでしたが、この事はお知りで?」


「…私は知っている。」


 …宰相さま?!どうしてここに居るんだろう?


 一人訳が分からない私に、クーンさんは後で話すと耳打ちした。


「ネイ、よく来たな。自分の家だと思って寛ぐといい。また後日ゆっくり話すとしよう。


 私もネイの料理を食してみたい。その時はぜひ私も預かりはかりたいものだな。」


 そう残すと、さっさとどこかへ行ってしまった。


 …この世界の人たちはいつも急に現れて、いつもすぐに消える。心臓、びっくりしちゃうから。


 でも、帰り方が見つからない今、ここでの生活を考えるべきだから、慣れなきゃいけないと思う。


 …なんか、どっと疲れた。


 それを顔に出さないようにしていると、さっきのメイドさんは私を部屋に案内してくれた。


『うわー…・・』


 お屋敷についた時にも呆けちゃったけど、ここでもまた呆ける。


 だって、広過ぎ…今までの価値観が崩壊しそう。


 くるくる部屋を見回す。ここまでくると現実なんだって思うしかない。


「お気に召しましたか?」


 私を面白そうに眺めて、そう尋ねてきた。一瞬ハッとして、一人じゃなかった事に気づいて急に恥ずかしくなる。私は動きを止めて、メイドさんに向き直った。


『あの…こんなに広い部屋を使わせてもらってもいいんでしょうか?』


「お嬢さまはとても謙虚な方なのですね。」


 さっきの笑顔と違って、優しい微笑み。私はおばあちゃんを思い出してしまった。今、思い出したくなかったのに。


 私は俯く。そうするしか対処法がなかったから。


 いつも見たくないものから目を背ける癖は健在らしい。こうやって私はいつも逃げている。何かを察してくれたのか、声色に少しだけ変化があった。


「もう少ししたら湯あみの用意が終わります。これからしばらく滞在するようなので、このお部屋も少し飾らせて頂きますね。」


『あっ、いえ、私なんかのためにそのような事をしていただくわけにはいきません。』


 語尾が小さくなる。メイドさんの目力に負けたから、目をそらしてしまった。


『ここに居させてもらえるだけで、十分なんです。』


 私は多くを望んじゃいけない。他人の迷惑になるべくならないよう、他人の役に立つようにしなくちゃいけない。


「まぁ、本当に謙虚な方なのですね。しかし、クーンさまの命ですもの。おもてなしさせてくださいな。」


 でも、という私を止め、さらに話し出す。


「謙虚な事はお嬢さまの美徳だと思います。しかし、他人の家に世話になる事を考えてみてください。


 おもてなしとはされるもの。それを受けなくては失礼にあたると言う事を覚えて下さいまし。」


『…はい。』


 私にとってその言葉は重くのしかかった。言われた事は的を射ている。私は、失礼なことをしてるんだってこと、考えてもいなかった。


 それに…ここはあの場所とは違う。きっと、考え方だって違うはず。


「そんな顔はなさらないでください。女中どもはお嬢さまがいらして下さったこと、実に喜んでおります。


 この家のお譲さまは早くに嫁がれてしまったので、物寂しく感じたいたのです。」


 にっこり笑顔はやっぱりおばあちゃんを彷彿とさせた。


「男だらけではむさくるしいか?」


 ひ!急に声が?!


 と、思ったら、クーンさんが入口に立っていた。


 いつの間に来たんだろう?


 着替えたらしく、公務の時よりもラフな格好。それでも現代的なものとはだいぶ違っていた。


「いいえ、そのような事は申しておりません。ただ、楽しみが増えた、と。」



 一触即発?


 主従関係が成り立っているはずなのに、どうも火花が散ってるように見えた。


 腕を組んでいるクーンさんは、若干威圧的。一方、女中さんは相変わらず微笑みを浮かべたままだ。お互いに纏っている空気に温度差がある。


 どうしたものか、仲裁に入るべきか、と考えていると、一言声をかけて女中さんは出て行ってしまった。


 もちろん残されたのは二人。クーンさんはお風呂に入るように言うと、一時間ほどしたらくると残して出て行った。


 部屋に、今度は一人ぼっちで残る。


 とりあえず荷物を抱えてソファーに座っていると、奥の扉から女中さんが数人出てくる。どの人も30代ほどで、やわらかい笑顔を浮かべているから好印象だった。


「湯あみのご用意ができました。」


 私ははい、と立ち上がる。そこへ向かうとその人たちは笑顔を浮かべたまま、その場を動かない。


 どいてもらわないと入れないんだけど…?



 え?と思っていると、一瞬で服を剥ぎ取られた。


『えっ、ちょっ、まっ……!』



 止めようとした声を遮られ、お手伝いしますの一言。ひ、一人で入れますー!





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