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専属女中(メイド)、出動‐その4‐



「クーンさんとネイはそういう関係なのか?」


 リュクスさんっ、訳の分からん事言うな!てゆーか、クーンさんは否定くらいして!


「ネイは賊に襲われていたところを俺が助けたからと、身の回りの世話をすると言って聞かないんだ。」


 何それ~。半分以上嘘じゃないですか!


 とは言えず。私はぐっと押し黙った。


「確かに身のこなしは貴族令嬢のそれですね。もしかして、そうなのですか?」


 サイモンさん、話を膨らませないで。そして、そうか私に弁解の余地を!


「それは…」


 クーンさんはここで黙って私を見る。その所為で視線は私に集まった。ひじょーに居心地が悪い。


「ネイ、そうなのか?」


 リュクスさん、そんなの知ったこっちゃないですよ。大体から言って全部初耳だし。


 言葉に困って黙ったままの私。こんな微妙な空気の中、口を開く勇気なんて無い、って思ったのは四人中三人。



 空気なんてお構いなしに口を開いたのは、さっきまで見えてた尻尾(比喩)を下しているリュクスさんだった。


「まさか、賊に襲われたのが原因で記憶を失ったのか…?!」


 急な展開に耳を疑う。眉を顰めて。


『…はい?』


 なんていった所為で勘違いはさらに続いてしまった。


 私のおバカー!


「悪かったな。思い出せないのに無理に聞き出そうとして。」


 泣いた!なんてこった。大の男が泣いてますよ。


『あの…「いいんだ!」


 はひ?今ので伝わったはず…


「何も言わなくていいんだよ。」


 …ないよね~。


『リュクスさん、何か勘違いしてるんじゃ…』


 ガシッと肩を掴まれて言葉を遮られる。思わず飛び上がったのは無理もなかった。


「辛いことが分からない状況下にいるんだな。クーンさん、俺、ネイみたいな娘を増やさないためにも鍛錬を行い、見回りをしてきますっ!」




……


 行っちゃったよ。


 私の手と口はリュクスさんを止めようしたところで固まっていた。


「ネイ、何かあればいつでも相談に乗る。では、私もこれで失礼します。」


 サイモンさんは礼儀正しく挨拶すると、やっぱり勘違いしたまま行ってしまった。




 伸ばしていた手を空中から力無く下ろす。


 それから、さっきから聞こえてくる、聞き慣れたクーンさんの喉の奥で笑う小さな声がする方を睨みつけた。


『…クーンさん、遊びましたね?』


 笑ったところでそれは確定してた。大体、意味深に黙りこくった時点で可笑しいとは思ってたんだよね。


「…すまない。あいつらと会うのは久しぶりだったから、つい懐かしくなってな。」


 貴方はいつもそんなことして部下をからかってたんですか!私なんていい餌にされちゃいましたよ。


「リュクスの勘違い癖は治らないみたいだな。」


 そう言ってまた笑った。


『リュクスさん、いつもあんな感じなんですね…』


 こんなこと言ったらダメだろうけど、会う度に疲れそう。それにしても、この世界に来てから、必ずって言っていいほど最初は話を聞いてくれない人が多い。


「驚いただろう?少し前までは毎日会っていたから何とも思わなかったが、久しぶりに見ると面白かったよ。」


 明るい微笑みを浮かべたかと思いきや、いきなり陰った。それが何だか自嘲気味な笑顔に見える。


『クーンさん?』


 顔を覗き込むと、また笑顔を作ろうとしてる。私は咄嗟にそんなの嫌だって思って、やめてください、と口にした。


 『無理に笑わないで。そっちの方が見てて不安だよ。


 私、クーンさんの手伝い頑張るから!協力し合えばきっとリュクスさんたちと会う時間ができるよ。』


 ぐっとスカートの裾を握っていた。皺ができてるだろうから、きっと後でミリアに怒られるだろうなぁ。


 なんて、今はそんなこと気にしてる場合じゃなかった。


「普段の口調はそっちなのか?」


 はっ!勢い余ってタメ口に!


『ごめんなさい。』


 目上の人は敬わなくちゃ。日本人として、これ、常識なり。


「いや、気にしていない。むしろ、いつもその口調であって欲しいくらいだ。」


 それはできませぬ故。丁重に辞退を申し出た。


『リュクスさん、言ってました。クーンさんと手合わせしたいって。クーンさんもその顔だときっとそう思ってますよね?』


 ぐっと押し黙った。ってことは図星なんだね。勝手にそう解釈して話を進めた。


『クーンさんは騎士団の方々から人気があるみたいですし、貴族の娘さんたちからも人気があるって聞きました。そんな人が部屋に篭ってるなんて、勿体ないですよ。』


「リュクスのやつ、余計な事を。」


 ありゃ、情報源がばれてる。聞いちゃいけなかったみたいだから、リュクスさんは後で怒られてください。


『私もクーンさんがリュクスさんと手合わせしてるとこ、見てみたいです。』


 そう言うと一瞬動きが止まる。不思議に思っていると、手が伸びて来て…


「失礼します!」


「な、なんだ!」


 きゃー!し、心臓ひっくり返る!


 その手が私に触れる寸前にドアが開かれた。


「書類のお届に上がっただけなのですが…」


 私は急いでカップを下げる。クーンさんも何もなかったかのように、受け答えをしていた。


 顔、あっつい。


 クーンさんの目があんまりにも真剣だったから。目、逸らせなかった。


 あーっ、もう!考えるとまた顔が赤くなるでしょーが。


 自分を叱責して、ワゴンを端に寄せてから、クーンさんのところへ向かった。


『クーンさんって、この書類をチェックするだけが仕事じゃないですよね?』


「ああ。法律改定の嘆願書や、城下の制度についての様々な書類がここにはある。


 各省ごとに内容は異なるが、認可して議会へ行くものは宰相のところ、不可の場合はその省へと逆戻り。


 その場合、添削をして戻している。必要があればそこまで行って、説明を行っている。」


 コレ、全部?うひゃー、クーンさんすごい。私なら一日も持たないと思う。しかも全部一人でやってるみたいだし、天才、いや秀才さんなんだねぇ。


 これ、私なんかが手伝えるのかな?


 って、ダメダメ!やるって決めたんだから、やる前から尻込みしてちゃいかんでしょー。


『机の上にある書類はどこの省のものかはバラバラなんですよね?』


 聞くところによると、説明をしてくる人がいてそれを聞いてる間に置いてく人が多いんだって。分類する暇もないらしい。


 そんでもって夜遅くまで仕事してたら、きっと対策を用意する暇も労力もないはず。


 女中さんとか従者さんを付ければいいのに、ミリア曰く、クーンさんは周りに人を置くのは監視されてるみたいで嫌らしい。


『まだ手を付けていない書類を分類します。ほとんどは手を付けてないですよね?』


 そう尋ねてから、着々と分けていく。省の名前は日本のものと何ら変わりなくて、ちょっと面白かった。


「…ネイは働いていたことがあるのか?」


 なかなかの手捌きだったのが意外だったのか、その声はちょっと驚いている。


 心外だなぁ。


『仕事じゃなくて生徒会の役員をやっていたんですよ。』


 分からないだろうと、生徒会の説明をした。



『…と、まぁ、社会に出た時のための訓練ですね。社会の人間関係を教え込むには、学校を一つの組織のように見立てて運営するのが、口頭で教えるよりも簡単ですから。


 …よし、終了!』


 サクサクと仕分け完了。


「早いな。」


 お褒めいただき光栄です。はい、次行きましょ、次。他にやることは…



 ゴーン、ゴーン、ゴーン…


 低い鐘の音。私のやる気になっていた脳は、完全に思考を遮られた。せっかくやる気になってたのに。


『これ、なんの鐘なんですか?』


「昼時になったら鳴るんだ。」


 なるほど、お昼休みか。そう言えば小腹が空いた気がする。


 いつもはあの部屋から出られなかったから、ミリアが運んできてくれてレークさんと一緒に摂ってた。


 でも、今日は勝手にしてもいいよね。よく分からないから、ミリアがいると思われる女中部屋にいったん戻ろう。


『クーンさんはお昼ご飯はどこかで摂るんですか?』


「…いつも食べない。」


 はい?今、何とおっしゃった?


 私は耳を疑った。


 信じられない言葉が聞こえてきた気がしたけど、気の所為だよね、うん。


 なんて思ってもう一度聞いてみたら、その“まさか”の答えが返ってきた。


『食べない?!いつも?!』


 念を押すように聞くと、やっぱり肯定された。


 し、信じられない!私なんて美味しいご飯のために頑張ってるってのに。


「そんな時間はないんだ。終わらせるのが遅くなると、省長にも迷惑になる。少しの間も勿体ない。」


 なんちゅー男じゃ!食べ盛りの20代、それでいいんだろーか。


『…食べる時間がないだけで、食べる気がないわけじゃないんですね?』


「ああ。」


 なるほど。これは専属女中メイドの出番ですね!ご主人様のためにも一肌も、二肌も脱ぐ覚悟でございます。


「ネイ、だから俺のことは気にしないで食べに行け。」


 でも、って食い下がったのに、クーンさんの意志は固かった。


 将来は頑固親父になること間違いなし。いっその事、ここに居座ってやろうかと思ったけど、腹が減っては戦はできぬ、とも言いますし。


 闘うことなんてないんだけど、一時退散と行きましょう。


『すぐに戻ってきますから!』


 そう宣言して駆けだした。







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