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専属女中(メイド)、出動‐その3‐



 「久しいね、リュクス。」



 着いたのはお城のすぐ近いところにあるスポーツの練習場みたいなところ。でも、そこで繰り広げられていたのはもちろん陸上競技なんかじゃなくて、見るも見事な剣技だった。


「あれ、マーサさんじゃないですか。どうしたんです?」


 どうやら二人は知り合いらしい。赤毛の青年はそばかすのある頬を上げ、無邪気に笑っていた。


 随分と爽やかそうな人。私はじっと見つめてしまった。


「あれ、後ろの人は…初めて見る顔だね。」


 私の視線が熱過ぎたのか、話題に上がってしまった。早いとこ戻りたいのにぃ~。



「この娘は今日からクーン魔道師の専属の女中になったんだ。ネイだよ。ネイ、こっちは騎士団第二軍長官のリュクス。クーン魔道師の部下さ。」


 ほー。若いのに立場的には高い所にいる人なんだ。さすが、こういう仕事だと実力主義なんだね。


『初めまして。』


 そう言うとにこやかな挨拶の返答。それからお約束になった私の格好の説明を終えて、机の件に話は移った。


「と言う訳で、クーン魔道師の部屋に運んで欲しいんだよ。


 お願いできるかい?」


 マーサさんの話を聞いたリュクスさんは、嫌がるどころか目をものすごい勢いで輝かせた。


 …犬?


 耳と盛大に振られてる尻尾が見えた気がして目を擦ってみると、そこにそれは存在してなかった。


 でも、なんかリュクスさんって犬っぽいなぁ。


「お任せ下さい!そんなお願いならいつでも聞きますよ。」



 誰かの名前を呼ぶと、リュクスさんはその人に事を説明する。その人もやっぱり嬉しそうにしていた。


 クーンさん、みんなに人気なのかな。イケメンは男女問わず人気が高い、って心のノートにメモっておいた。







 場面は変わりまして、現在は私はお城の廊下を、机を運んでくれている騎士団の方と歩いております。二人は人懐っこいらしく、奇抜らしいな私も簡単に打ち解けていた。


 クーンさんは騎士団の長官だって聞いてたのに、言われるまで記憶の奥底に仕舞ってあったみたい。完全に忘れてた。


「クーン魔道師は俺たちの中じゃ人気が高いんだよ。年寄りのお偉い方には嫌われているが、貴族の娘たちの間でも人気が高いな。」



 ああ、それは言われなくても分かる。


『あの容姿ですから、若い娘たちは放っておかないでしょうね。』


 きっとアイドル状態。顔、スタイル、完璧。てゆーか、何頭身ですか?足、長いよねぇ。


 私は…うん、見なかったことにしよーかな。


 残念過ぎる私の容姿の説明はパスと行きますよ。


「おや、ネイは興味ないのかい?」


 からかいを含んでるその瞳には、わざと空気を読まずに一刀両断。私はそう言うことには関与しないで、傍らで話を聞いてる役が性に合ってるし。


 『私、クーン魔道師さまに命を助けていただいたんです。ですから、その恩を返すために誠心誠意お世話させて頂くまでですよ。』


 笑顔でそう言うと、そう言う意味じゃないんだけどなぁ、なんて呟きが聞こえた。


 わざとですよ、わざと。からかいに対することを言わなかっただけで、さっきのは私の本心だしね。


 それ以外は何も口を開きません!


「それにしても、クーン魔道師にお目にかかれるのはいつ振りかな。」


 名前を聞き逃した騎士さんは熱っぽくそう言った。本当にクーンさんのことを慕ってるんだって感じる。


 それにしても、会うの久しぶりなんだ。あんだけデスクワークしてれば当たり前っちゃ、当たり前か。


「今の地位に就いてからは練習場にいらしてないんだ。ネイは見たことないかもしれないけど、魔術だけでなく、あのお方の剣は迫力があるんだよ。」


 ほー。それは一度お目にかかりたい。


 現代の地球じゃ本物の剣なんて闘う道具じゃないだろうし、日本で持ってたら銃刀法違反で即逮捕だもんね。


『一度でいいから見てみたいです。』


 きっとあの格好良さが引き立っちゃうんだろーなぁ。目の保養を通り越して、毒になるはず。その時には卒倒しないように気をつけなきゃ。


「俺は一度もあの人に勝ったことがないから、久しぶりに是非手合わせ願いたいなぁ。」


 リュクスさんの目は、さっきとは違う輝きを持っていた。何て言うか、ギラギラしてる。


 勝ちたいって思ってるのか、闘いに飢えているのか。どっちにしろ、今の私にはまだ非現実的な話だ。


 …およよ?また人が出入りしてるみたい。

 

 朝ほどではないけど、何人もの人が書類を抱えてクーンさんのお部屋に入って行く。出てくる人はみんな何も持っていなかった。


 ってことは、全部あの部屋に収まってるのか。


 …量、多過ぎませんか?いくらなんでも仕事量がありすぎ。あんなことずっとやってたら、クーンさんそろそろ倒れるよ。


「中に運び入れるのか?」


 縦にゆっくり頷く。すると、ちょっとどいてろ、と言われ、机をそこに置いた。


「サイモン、中の調度いい所にこの魔法陣を置いてきてくれ。」


 サイモンさんって言うんだね。


 ここで名前をようやく知ることができた人、サイモンさんは、リュクスさんが持っていた紙を持って中へ入って行った。


 詳しいことは後でクーンさんに聞こう。魔法なんて空想上の物が実在してるだけで興味津々。だけど、ここでは当たり前らしいから、変な反応を見せたら疑問に思われる可能性大。


 置いて来ました、と帰って来たサイモンさんが言うと、お礼を述べてからリュクスさんは右手を構えた。


 どんな方法を使うのかと思うと。


「≪転送≫」


 そう言ったと同時に指を鳴らした。


 案外シンプル。なんちゃらかんちゃら、呪文みたいなものは掛けないみたい。少しだけ夢が削がれた気がした。


 ほら、杖を使う、とか。長い呪文を唱える、とか。


 某ファンタジー映画、みたいなのをイメージしてたから、ちょっと残念だった。


 でも、やっぱり驚く。目の前に合ったはずの机とその上に乗せられた魔法陣の紙は、あったはずの私の目の前からごく自然に風景に馴染んで消えていくかのようにスッと見えなくなったから。


『リュクス様も魔道師だったのですね。』


 本当、ありえない世界だよ。とんだファンタジーだらけの所に来ちゃってたみたい。


「様付けなんてするなよ。柄に合わない。」


 あらら、照れてる?


 リュクスさんの顔はその髪ほどではないけど、赤くなっていた。照れてるかどうかを尋ねると、照れてない、何て頑固な返事。そんなの肯定してるもんだよ。


 面白い人はっけーん!


 私から逃げるかのようにクーンさんに挨拶に行くと告げると足早に部屋に入り込んで行った。慌ててその後を追う。


 私とリュクスさんが廊下で立ち話をしている間に一段落ついたのか、人通りはまた途絶えていた。


 中に入るとサイモンさんがもうクーンさんと話している。本当に久々だったみたいで、少し分かりにくいけど、クーンさんは喜んでるみたいだった。


 「クーンさん!」


 あ、犬が飛びついて行った。やっぱり全力で振られる尻尾が見える。


 ホント、懐いて…いや、慕ってるんだねぇ。


「ネイ、机を運んできたのか?」


 はい、と返事をして、お茶のワゴンに近づく。手を動かす前に謝罪を入れた。


『勝手な事だとは思いましたが、このままではこちらが書類で溢れてしまうと思いましたので。


 しかし、これからはクーン魔道師さまにお伺いを立ててからにいたします。』


 丁寧に礼。それからお茶を淹れはじめた。


 さっきの手順を思い出す。ミリアに言われた通りに、ミリアに言われた通りに… 心の中で何度もそう呟いて、お湯を注ぎ、蒸らし時間を計るために砂時計をひっくり返した。


 本当に女中だったんだ、なんて呟いてリュクスさんの言葉は聞こえなかったフリをしときましたよ。


 温めたカップを三つ用意して、砂時計の中の砂が完全に落ち切ったタイミングを見計らってお茶を注ぐ。それが終わるとトレーにそれを乗せて、丁寧に三人の所まで持っていった。


 うん、置くところがない。


 当たり前だけど、クーンさんの机の上は書類だらけ。


 こんなにすぐに役立つとは、ね。


 私は運んで来たばかりの机の上にカップを三つ並べた。有難う、と言われると嬉しくて笑顔が零れる。


『初めて淹れたので、味の保証はできませんが、どうぞお飲み下さいませ。』


「ネイも一緒に飲もう。」


 味の感想を待っていると、クーンさんは唐突にそう言った。


 いや、それはいかんでしょうが!


『私はクーン魔道師さまの女中なのですから、それは困ります。』


 初仕事のウキウキはどこへやら。


 リュクスさんたちの目の前でなんつーことを抜かしてんの!


 うろたえる私、主張を揺るがさないクーンさん。二人のやり取りを二人は目を丸くして見ていた。のにも拘らず。


「“魔道師さま”なんて呼び方は外だけでいい。少なくとも俺に直接そう言うのはやめてくれ。」


 もー!!!無理難題ばっか、押し付けないでよ。ってか、そこの二人、助けてー。


 なんて手を伸ばそうとしたら、クーンさんの妨げによってそれは達成されなかった。


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