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専属女中(メイド)、出動‐その2‐


「ここで、お茶の準備をします。何度かお茶を淹れてるのは見ましたが、正しい入れ方をお教えしますね。」


 残念な事に、私は言われてすぐに覚えられるたちじゃない。だからエプロンのポケットからメモ帳とボールペンを出す。


 その二つに不思議そうな眼を向けてきたけど、質問されなかったからあえて答えなかった。


「おっ、新人さんかい?」


 陽気な声。明るくおはよう、と声をかけられ、私はさっきと同様に丁寧に挨拶をした。


「ははは。俺にそんなに畏まることはない。お、お譲ちゃん、随分と軽そうな格好じゃねーか。」


 はい、キター。本日二回目の服装チェック。


『本日よりクーン魔道師様にお仕えいたします、ネイと申します。


 この格好は動きやすさを重視いたしました。私は人よりどんくさいらしく、長いスカートだと、上手く動けないのです。これは転ばないための配慮ですので、どうかご勘弁を。』


「…ミリア、この方はどこぞのお譲さんかい?」


 おっと。何か間違えた?


 不安になってミリアを見ると、しょうがない、と言った様子でため息をついた。呆れられたみたいでちょっと悲しい。


「いえ、新人さんですから、きっと緊張してるんです。」


 あ、なるほど。わかったぞ!さっきのはお偉いさん方に使う言葉。ここでは少しだけ丁寧に喋ればいいってわけね。


「そーか、そーか。そんなに緊張することはない。


 ここは気取ってる調理場のヤツらじゃないから、安心して何でも聞けばいいさ。


 俺はミハエル・ユース。みんなにはエルって呼ばれてんだ。ここでコックをしてるから、昼食なんかは注文してくれていいぞ。」


 あら、良い人そうで安心。気取った人だったらどうしようかと思った。


 さっきのマーサ女官長といい、エルさんといい、優しい人が多そう。なんか、こういうのってたいていは新人が虐められたりハブられたりするのがオオドウじゃない?


 あ、ドラマとか本の読み過ぎか。


 私はよろしくお願いします、と言うと、ミリアに連れられてクーンさんのお部屋に戻った。



 ら。大変な事になってましたよ。


 クーンさんが夜中まで仕事してる理由が分かった。


 部屋見戻ってみたら、書類の山、山、山!


 さっきまで平穏だったのに、びっくりするくらい人が出入りしてる。


 部屋が広い理由はここにアリってか。


「驚くのはまだ早いです。こんなのはまだマシな方なんですよ。」


 ウソっ。こんなの、仕事って量じゃない。もはや、うーん、そう!簡単に言っちゃえば戦争に近い。


 クーンさん、必死に書類の山と戦ってるから。


『クーンさんってドМ?』


「なんです、それ?」


『マゾってこと。苦痛を喜びに感じる人のこと。』


 二人で部屋の隅に立ちながら立ち話。


 クーンさんが働いてる時に何やってんだってお叱りの言葉を得るかもしれないけど、生憎人がせわしなく動いてるせいで、ミリアはもうしばらく仕事に行けそうになかった。


「もしそうなら、気持ち悪いですね。でも、仕事に関してはそう言えるかもしれません。


 日常はどちらかと言うと違うようですけど…闘い方で言えば、守るよりも攻めるほうが得意だとお聞きしました。」


『Sってことか…』


 今度は不思議そうにSの意味を聞かれて、私は丁寧に説明した。


「ネイ様のお国は不思議な事や物、文化がありますね。ここまで知らない事だらけだと、むしろ面白いです。」


 そう、なのかな。まあ、確かにここの文化は驚くことが多い。それに不便なことだらけだし。


 今のところ、電気がないのが一番痛いとこだよね。エジソンは偉い人だよ、ホント。



「では、私は仕事に戻ります。お昼時になりましたらお迎えに上がりますね。」


 丁寧に礼をして、出て行ってしまった。一段落した部屋は静かで、書類を捲る音と、ペンの音だけが響く。


 こりゃ、話しかけられない。


「ネイ。」


 うおー。クーンさんの方から話しかけてきた。


 何でしょう、と言うと、手は休まず、顔を上げないまま言葉を続ける。


「同じ職場の人間にはもう会ったか?」


 こんな時まで私のことなんか気にして。ものすごい仕事の量なのに…


『はい、マーサ女官長とエルさんとは会話を交わしました。お二人ともとてもいい人です。』


「そうか。あの二人に気に入られたのなら大丈夫だな。」


 そうなのか?いや、クーンさんが言うならそうなんだろう。あの二人はどう見てもリーダー気質だったし。


『あの、クーンさん。余計なことかもしれませんが、これ、手伝えませんか?』


 国家の機密書類だとかだとまずいと思うけど、そうでなければ何か手があるかもしれない。


『さっき行き来している人たちの話が聞こえていたんですが、ここには省がたくさんあるみたいなのに、書類は皆さんバラバラに置いて行かれました。


 それを分類するくらいなら手伝えると思うんです。』


 そう、さっき実はちょっとイラッとした。だって、どこの省の誰かは名乗るのに、どうしてそのまま書類を重ねてくんだって。誰がどう考えても、効率的じゃない。


「…ネイがやることじゃない。」


 その突き放された冷たい口調。こんな重苦しい空気を纏っているクーンさん、初めて見た。

怖い。


 けど、私の心配ばっかりしてる人には言われたくない。


『私はクーンさんが私を心配してくれるように、クーンさんのことを心配してるんです。どうか、ほんのちょっとしか手伝えませんが、やらせて下さい。』


 お願いします、と付け加えて頭を下げる。必死の懇願だった。


「ネイ、その“お願い”はずるい。」


 苦虫をかみつぶしたような顔。どこかずるかったらしい。よく分かんないけど。


『じゃあ、手伝わせてくれるんですね?』


 そう言うと、小さく渋々と言った感じだけど、了解の返事が戻ってきた。


 やったー、と喜んで置いてから疑問が一つ。


 私、こっちの字読めるのかな?って、かなり根本的な事を今さら!アホ過ぎる…


 恐る恐るゆっくり書類を手にしてみると。


『あれ?』


 私の呟きにどうした、と心配そうな声がした。


『読める…』


 書いてある字は明らかに日本語じゃないのに、普通に読めた。疑問だらけ。言葉も分かるし、字も読める。違う世界に居るはずなのに、こんなのってアリ?


「大丈夫か?」


 そう聞かれて現在に帰ってきた。


 呆けてる場合じゃない!少しでもクーンさんの仕事の負担がなくなるように手伝わなくちゃ。



 うし!両頬を叩いて気合を入れる。


 それから女中部屋に戻った。


 ちなみに、廊下は一切走ってません。このスカートの丈でさえ怪しげな顔されるのに、走って置いてお転婆だと思われたらなお悪い印象しか与えかねないもん。


 でも、最後の方は早足になって、女中部屋に飛び込んだ。


 お目当ての人がいて安心。すぐに声をかけた。


『マーサ女官長様。』


「マーサでいいよ、ネイ。どうしたんだい?」


 飛び込んできた私に驚きながらも、普通に対応してくれた。流石、大人!


『少し大きめの机をお借りしたいのですが、どこかに宛はありますか?』


 クーンさんの机に積み重ねてある書類を整理するためだと話すと、着いて来るように言われ、また城の中を歩く羽目になった。


 やっぱり覚えられそうもない…





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