宰相さま、登場‐その3‐
「ネイ、条件を付けても良いか?」
そうキタか。どうやら心配症であるらしいクーンさんは、簡単に野放しにはしてくれないみたい。逃げたりしないのに。
でも、条件を飲まずに自由を失ったら嫌だから、顔色を窺いながら小さく頷く。
それにホッとしたような表情を浮かべて話し出した。
「宰相殿か俺のどちらかの専属の女中として働くことだ。」
そうか。いろいろと知らない事だらけだもんね。
妙に納得しながら、了解したことを告げる。でも、話はそれだけじゃ終わってはくれなかった。
「お前の専属でいいじゃないか。ネイ、こいつに働き過ぎだと注意する役目を承ってくれんか?」
やっぱり。他の人から見てもクーンさんは働き過ぎってくらい働いてるんだ…
宰相様はきっとクーンさんのことを心配してるんだね。レークさんだったらこうはいかない。クーンに言いくるめられちゃうだろうから。
『了解いたしました。』
立ちあがって前で緩く手を重ね、綺麗にお辞儀をして見せた。最初の時みたいに、みんなは驚いた顔。
今日はこんな顔見てばっかだなぁ。
なんて一人暢気にそう思った。
「ネイ、お前はどこで覚えてきたんだ?先程もどこぞの令嬢のようだったし、今もその気品さは完全に消えきっていないが、女官のようにお辞儀をして見せた。
不思議でしょうがない。」
そんなこと言われても、記憶にないんだけど。でも、強いて言うなら。
『ドラマとか映画の影響かも…』
この呟きを理解できる人はいなかった。三者三様、さまざまな顔をしている。
「それは、なんだ?」
簡単に説明、できないー!どうやっても無理だよ。私、説明下手だもん。
…う~ん。困ったぞえ。
『先程レークさんには説明しましたが、私のいた国では機械がとても発達しているんです。“テレビ”と言うものがありまして、目に見えているような映像を映し出す機会があります。
レークさんは分かってくれましたが、おそらく鏡盆に映っているものを見る感じだと思うんです。
そのテレビには、たくさんの物が映し出されます。その中の一つがドラマです。ドラマとは、劇場で見られるものを何回かに分けて楽しむものです。
映画とは、それ専用の映し出す写映機を使い、大きな白い布にそれを映して見ます。例えば、ドラマが1時間を一回の物とすると、10回ほど放送して話が完結することと、映画は二時間ほどで一つのお話が完結することに違いがあります。』
たぶん、あってると思うんだけど。
大体の感じで伝えてみたから、かなり内容的には不安になる。
どうも英語は伝わらないみたいだから、スクリーンとか使えなくて困ったけど、これが私の限界です!
…自慢して言うことじゃないけど、さ。
「何となくは理解できた。ネイのいた世界は文化が発展しているようだな。」
優しさに涙が出そう。
クーンさん、明らかに眉間にしわが寄ってて、ちょっとこんがらがってます、って顔してるのに。
『はい、ものすごく。不便な事はありませんし、逆に手が掛からなさ過ぎて人がダメになっている様な気がしますが。』
「まだ便利な事があるんですかッ?!例えばどんなものがあるので…「レーク。」
有り難い。
流石に急なテンションの高まりがみられるレークさんはここ数日で、あのアホ神くらい厄介だって分かったから。
見兼ねて止めに入ってくれたクーンさんにまた感謝した。
「詳しい話を聞くのは、事が無事に過ぎ去ってからだ。とりあえず、あと一月はネイのことを鏡神祭があるから、とごまかすことはできるだろうが、問題はその後だ。」
…確かに。ひとまずこの状況から脱することができただけいいけど、肝心の問題を後回しにしただけだって気付いた。
「明日の朝はゆっくりしろ。ミリアにすべて任せておくから、何食わぬ顔をして俺の執務室へ来い。」
そう念押しをすると、忙しそうに去って行った。
ですよね。だって、私のいる客室にくるのはいつも夜遅く。きっとそれも一日中、根詰めて働いてから。
なのに余計な事で時間を取っちゃったから、今日はもっと遅くになるんだろうなぁ。倒れなきゃいいけど。
「そう言うことならば、あとはお前たちに任せた。とにかく、もう一度考えることもあるだろうから、また訪れる。
あいつの世話はネイに任せた。頼んだぞ。」
そう言うと、宰相様も足早に去って行った。
みんな忙しい人たちなんだろうね。私なんかに構わなくてもいいのに。って、そんな訳にもいかないか。
どえらい話になってきちゃってるしね。
レークさんもどこかへ行くだろうから、一人でボーっとしてようかなぁ。って思ったのに。レークさんは立ち上がることもせずに、地球のことを聞いて止まない。
忙しいんじゃなかったの、って聞いたら、明日から頑張るからいいんだって。
あんた、それ、職務怠慢ってやつじゃないっすか。しっかり働こうよ。…私が言えたことじゃないけど。
夕食を一緒に摂り、それが終わってもレークさんは興味があることをひたすらに聞いて行った。
クーンさんが来た時にはぐったりしてたのは無理もない。
「…疲れたのか?」
それはクーンさんじゃない。顔色だって悪いのに、私の心配してる場合じゃないよ。
『夕ご飯は食べましたか?』
少し、と返ってきた答えに不安になる。それに、やっぱり働き過ぎだって思った。
私、確実に負担になってる。明日から、しっかり働いて、クーンさんに少しでも楽してもらわなくちゃ。一人でガッツポーズをする。
髪を拭いてくれているクーンさんには見られずに済んだ。
『あんまり、無理しないで下さいね。クーンさんが倒れちゃったら、心配になって私が倒れちゃいますから。』
真剣にそう言ったのに、なんだそれ、と呟いて喉の辺りで小さく笑われた。今日はいつもよりも遅い時間に来たから、本当に申し訳ないと思ってる。
だから心配したのに。なんで笑われたんだろう。いや、もしかしたら私が何か言葉を間違えたのかもしれない。
「ネイが倒れたら誰が倒れた俺の世話をするんだ?明日から俺の専属になるんだろう。」
あ、そっか。主の世話もせずに隣で倒れてるなんて、女中失格じゃん。…私、ホント馬鹿。
いや、でも、それくらい心配してるんだって、いい方向にも取れるよ。ね?とか、誰に言う訳でもなく、話を振って見たり。
『お願いですから、ご自愛ください。』
女中さんっぽく言ってみたけど、やっぱり映画とかドラマとかの真似でしかない。ミリアに聞いて、しっかり勉強しなくちゃ。
一人物思いに耽っていて、クーンさんの表情が硬くなったのには気付かなかった。
「ネイ、みんなの前ではそうして入ればいいが、俺の前では普段通りにしていて欲しい。」
でも、と口を開こうとすると、すぐに遮られる。
「そっちの方が俺の気が休まる。」
ずっと人に敬語を使われてたりとかするから嫌なのかな?クーンさんがそう言うなら、そうしよう。
了解を伝えると、髪はもう乾いていた。今度は櫛を通してくれる。その時にも話は続いた。
『…どこか、借りられる部屋を探さないと。』
「なに?」
うひょ!低い声が耳元でした。
ゾクッとさせるような響きは、何とも言えない艶やかさを持っている。なのに、どこか怖かった。
『いや、だから、えっと…』
目力強いから、余計に怖い。
イケメンは流石に迫力ありますね。って、今は顔見えてないけど。でも、顔も体格も体型も良いんだもん。もちろん声だって、極上だ。
『女中が城の客室にいるのもおかしいですし、どうなるにしろ、一人立ちしなければいけませんから。』
それもそうだな、と悩ましい声。それでも手は止まらなかった。
「女中の間はここにいるのは、確かにおかしいな。一月はここにいることは難しい…そうか。ならば、俺の家に来い。
そうすれば夜のこの時間もなくならずに済むからな。」
…なぜそうなる?!
急な話の展開についていけなかった。
確かに行くあてはないけど、どこか仲介とかで紹介してもらって、暮らすって形にならないの?
なんていう間もなく、意気揚々とクーンさんは帰って行ってしまった。
なんてこった…