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帝都陰祀庁妖異録 ~明治の陰陽師は霊銃と鹿鳴館ドレスで退魔します!  作者: 美澄こいね
第二章<恋焔>

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第一話 帝都陰祀庁

 ――明治初期。


 政府は、欧米列強に対して「日本は文明国」であること示すため、西洋風の官庁を建てようと意気込んだ。

 しかし現実は、技術なし、材料なし、予算なしのないない尽くし。

 あるのはせいぜい木材くらいだ。

 結果、出来上がった官庁の建物群は、洋風に見える木造建築――擬洋風の庁舎であった


 だが、それも今は昔の物語。


 明治三十八年、六月。

 日本海海戦での大勝利の報が帝都に届き、歓喜と興奮の渦に包まれている東京霞ヶ関。


 洋風建築に見せかけていた木造の官庁は、赤煉瓦の西洋風の建物に次々と生まれ変わり、近代国家の威容を誇示し始めていた。


 今では赤煉瓦の外壁が陽光を受けて輝き、列柱を模した白い装飾が整然と並び、広い街路には馬車が行き交う。


 ――帝都の心臓部にして、国家の中枢。


 誰もがそう信じて疑わない、威厳と近代の象徴となったのである。


 そんな霞ヶ関に隣接する、日本初の西洋風公園・日比谷公園には音楽堂が完成間近で人々の高揚感は弥増すばかり。帝都の未来には期待しかうかがえなかった。


 だが、その賑わいも届かぬ湿った一角に、かつて大名家の上屋敷の離れだったおんぼろな建物がひっそりと立っている。


 明治維新後、政府に接収されたものの、軟弱地盤のため用途が決まらぬまま放置されていた。

 本邸は官庁街整備の折に取り壊されたが、離れだけなんとなく残ってしまったのだ。

 黒ずんだ木造は軋み、隙間風は吹きすさび、取ってつけた門には看板さえ掲げられていない。

 それが陰祀庁の庁舎である。


   *


「あ、嶺士れいしさんだ!」


 今日は月に二度の定期登庁日だ。澪が執務室に入ると、薄暗い部屋の長机で書き物をしている巨漢が顔を上げた。


「おお、澪。久しぶりだなあ。学校帰りか?」


 淡い藤色の着物に、紫のちょうちん袴を履いた女学生姿の澪を見て、岩蔵いわくら嶺士がごっつい顔にニッと笑みを浮かべる。


「うん。嶺士さん、お仕事?」


 古く黴臭い畳敷きの大広間に、長机と椅子が並ぶ。日陰の庭に面した室内は薄暗く、湿り気すら感じられた。

 他の官庁ではすでに板張りの明るい洋間が当たり前になっているだけに、この場所のちぐはぐ感は否めない。


「ああ。深川の埋め立て工事場で妙な音がするんだと」


「えっ、幽霊!? やだ怖い」


「式神を使う娘に言われたくねえって、幽霊の方でも思ってるんじゃねえ?」


「式神と幽霊は違うもの。ねえ、白蓮?」


 澪が何もない足元に声をかけると、ふっと白いふわふわの子狐が現れた。愛くるしい姿かたちだが、澪を見上げる目は冷たい。

 むろんふつうの狐ではなく、霊域に身を置く白狐である。


「私には人間の方が怪異だ」


「ははっ、間違いねえな! そもそも、陰祀庁ここが幽霊屋敷同然じゃねえの。どれお狐さま、お供えだ」


 そう言いながら、嶺士が長机の端に置いていた竹串のみたらし団子を一本つまみ、白蓮に差し出した。


 すると、ツンとしていた白狐は耳をぴくっと反応させた。そしてたちまち相好を崩し、ふさふさのしっぽの先端を小さく揺らす。


「嶺士は人間ができているな」


「あー、またそうやってみたらし団子に釣られるんだから」


「澪の分は長官のところにあるから、もらって来いよ」


「うん、ありがとう!」


 パクリとみたらし団子を咥えた白蓮は、大きな三角形の耳を動かした。


「むっ、これは日本橋三越で買い求めたものでは……!?」


「さすがお狐さま、利き団子も完璧だな!」


 おいしそうにみたらし団子を平らげた白蓮は、残った竹串を器用に屑籠に向かって放り投げた。


 その様子を見た嶺士が豪快に笑って立ち上がった。六尺をゆうに超える、偉容の大男だ。

 陰祀庁特務執行官の中でもっとも長く勤めている人物だが、現在の所属は嶺士と澪のふたりだけである。


 そもそもが秘密裏に設けられた庁であり、霊術・霊能という特殊能力を必須とする機関なので慢性的に人員不足なのだ。


 およそ十年前に組織された頃は陰陽師の生き残りなどもいて、もうすこし人員に余裕があった。

 しかし高齢で引退を余儀なくされたり、こうした能力そのものが迷信と切り捨てられたりするようになったことで、その存在は表から見えなくなってしまったのだ。


 おかげで、帝都の各地で発生する怪異にふたりだけで当たる羽目になっている。


 他には、特務執行官ではないが、三条清廉さんじょうきよかど、御年七十歳が非常勤顧問として在籍している。


 彼はかつて陰陽寮に所属していた陰陽師だ。ただ、霊力こそ健在だが、老齢のためすでに前線に立てる身ではなく、もっぱら現役執行官たちへの助言だったり、縁側でのひなたぼっこを専門としている古老である。


 人を増やそうにも、そもそも秘密機関ということでもぎりとれた予算はわずか。常勤の執行官はおらず、長官からして非常勤というていたらくだ。


 それゆえ、緊急事案でもない限り、登庁日は月初と十五日の二日間のみとなっている。


「さて、俺はそろそろ行くから。長官なら隣の部屋だ」


「行ってらっしゃい。またそのうち」


「またな」


 手を振って嶺士と別れると、澪は廊下を挟んだ向こうの部屋の襖の前に立った。


「長官、入りますよ」


 長官室も、真昼間にも関わらずじめっと暗い。この部屋はまだ行灯が当たり前に使われていて、薄暗い部屋を薄暗く灯している。

 長椅子に身を横たえた紳士服の男が、腹の上で本を開いたままうつらうつらしていた。


 彼が陰祀庁を設立した長官、斎宮蒼真さいぐうそうまである。両親のいない澪を引き取り養ってくれている、父親代わりでもあった。


「おじさまったら、また昼寝してるの」


 呆れつつ明るい縁側に目を向けると、三毛猫を膝の上で撫でながら、嶺士が差し入れたみたらし団子を頬張る小柄な老人がいた。陰祀庁顧問の三条清廉だ。


「キヨじいちゃん!」


 澪が声をかけると、清廉は皺の深い顔をこちらに向けて満面の笑みを浮かべた。


「おお、澪か。しばらく見ないうちに別嬪になったの」


「半月前に会ったばかりだけどね。お団子、喉に詰まらせないようにね」


 澪が隣に座ると、清廉の膝にいた三毛猫が白蓮の前にやってきて、鼻をひくひくさせている。

 猫は近所にいる野良だが、陰祀庁に人がいるときはこうして遊びにやってくるのだ。白蓮ともなぜか仲が良く、縁側で三毛猫と白狐のじゃれ合いを眺めることができる。


「ほれ。澪もお食べ、嶺士が差し入れてくれた団子だよ」


「いただきまーす!」


 澪も縁側に腰を下ろしてみたらし団子を食べようとしたのだが、子狐形態の白蓮が寄ってきて、物欲しげな目でじっとこちらを見ている。


「だめだよ、さっき嶺士さんにもらってたじゃない」


「一つぐらいくれてもいいじゃないか」


「霊獣のくせに甘味好きとか意味わかんないよ。白蓮は御揚げでも食べてればいいでしょ」


「私はお稲荷さんじゃない!」


 白蓮がむくれると、清廉がお茶をすすりながら笑った。


「どれ白蓮、ジジイの食いかけでよければ、あと一つ残っとるぞ」


 竹串に残った最後の一つを目の前に掲げられ、白蓮の目がきらきらと輝き出す。


「さすがは清廉、どこかの吝嗇ケチとは人間の出来が違うな!」


「もうっ、みんな白蓮のこと甘やかしすぎだよ!」


 陰祀庁という名称の仰々しさとは裏腹に、内情はほのぼのなのだった。

 そのとき、古い柱にかかっているボンボン時計が鳴った。その音で長椅子に横たわっていた蒼真が、眠たそうな目のまま飛び起きる。


「いかんっ、もうこんな時間か!」


 蒼真は長椅子から下りると、チョッキの下からはみ出していた洋シャツを直しつつ欠伸をした。


「あ、おじさま。おはようございます」


「おお、澪。来てたか。学校はどうだったね?」


 蒼真が長官席に移動したので、澪もそれを追いかけて古い欅の机の前に立った。


「はい、今日もつつがなく。あ、そういえば英語のジョーン先生が、しばらく帰国されるのだとか。代わりに嘱託の先生がいらっしゃるらしいって噂でした。また学校のちっちゃい精霊たちが、ざわざわしそう」


「学校にはそういうのが多いからなあ。疲れないかね?」


 この世ならざる存在は人に仇なす妖ばかりではなく、無害な精霊の類も多い。学校のような様々な人間が集まる閉鎖空間では、とくにそれが顕著だ。


「大丈夫ですよ、あそこには害のない子たちばっかりですし。ところで今日は、お仕事ですか?」


「このところ、うちの仕事が増えてきただろう? もしかしたらだが、秋ごろにはひとり入れられるかもしれないんだ」


「わぁ、それはとっても朗報ですね! どんな人ですか?」


 澪が両手を重ね合わせて歓迎の意を示すと、蒼真は机に肘をつき、手に顎を載せて目を細めた。


「信州の山寺で修行をしてる人でね。まだ会っていないんだが、手紙で打診したところ、前向きに検討してくれるそうだ」


「山寺……修験者?」


「いや、普通のお坊さんと聞いているが、たいそう腕は立つらしい。そういうことだから、澪は安心して学業に専念しなさい」


 そう言われて、澪はごまかし笑いをする。


「あははっ、じゃあそういうことで! 早く帰って、夕奈のピアノのお稽古に付き合わなくちゃ。婚約パーティで弾くって言ってたから。キヨじいちゃん、またね!」


 そう言って逃げるように陰祀庁ボロ屋敷を後にした。

 算術や英語は好きだが、裁縫やら修身やら家事の授業は大変苦手なのだ。

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