第二話 改造霊銃『銀月』
「白蓮!」
「何をもたもたしている、澪」
そう言って地面に降り立ったのは、真っ白いふさやかな冬毛の狐だ。
しかし、今の今まで彼女の襟元にちんまりと収まっていた毛皮のはずだが、そうとは思えないほどの巨大狐になっており、頭の位置は澪の胸の高さまであった。
「だって、うちの式神たちだと火力が足りないんだもの!」
「泣き言は後にしろ」
白狐が一蹴し、後から後から飛んでくる鬼火を、しっぽの一振りですべて消してしまった。
それを見た行灯夜叉が、青白い顔に初めて焦りの色を浮かべた。
「白狐だと……?」
明らかに怯えた様子で後退りすると、妖を取り巻く陰火がしゅるしゅると萎んでいく。
巨大な白狐が一歩進むと、行灯夜叉は三歩下がる。妖としての圧倒的な霊格の差が、行灯夜叉の戦意を喪失させたかに見えた――が。
「狐ごときが……ッ!」
妖の怨念が逆流したように陰火が膨れ上がり、ふたたび鬼火の猛攻を仕掛けてきた。
だが、白蓮がその暴走を断つように前へ出ると、長く豊かなしっぽがふわりと持ち上がり、無数の鬼火を祓っていく。
触れずとも、白狐のしっぽに近づくだけで鬼火が雲散霧消してしまうのだ。
萎んだ陰火の代わりに、行灯夜叉の足元の影だけがじわりと濃くなっていく。
「あれは……」
妖の影が不気味にうねり、まるで生き物のように膨張して立ち上がったが、その中からたくさんの人々のうめき声のようなものが聞こえてきた。
「それ! ここ最近、この煉瓦街で大勢の人が神隠しに遭っているって聞いたけれど、どうやらあなたの仕業で間違いないようね。影の中に引き込んだのね」
「行灯の火を捨てた者どもの末路よ……! おまえも引きずり込んでくれるわ!」
妖の叫びとともに膨張した影がさらにうねり、黒い触手のように澪の足元へ伸びてくる。闇の渦が、澪の靴先を絡め取った。
冷たい引力がじわじわと身体を引きずり始めて、怨嗟の中に取り込まれてしまいそうだ。
「澪」
「わかってる!」
白蓮に名を呼ばれたときには、澪の手に一丁の大型拳銃が握られていた。スミス拳銃と呼ばれる六連発式拳銃で、娘の手には少々余る大きさだ。
磨き上げられた銃身には『臨 兵 闘 者 皆 陣 列 在 前』の九字真言が、直線的な字で刻まれている。
「拳銃だと!? おまえ、陰陽師の分際で拳銃……ッ! だがそんなもの、アタシには――」
澪が撃鉄を起こすと、辺りの空気が変わった。現世と霊域をつなぐ門が下りてきた証だ。
「これはね、ただの拳銃じゃないのよ。式神を呼び出す『門』として作られた霊銃なんだから。『銀月』っていうの、覚えてね――霊域開門!」
照準を行灯夜叉の上に定めると、澪は高らかに宣言した。
するとそれに呼応して、銃身に彫られた九字の刻印が金色の光を帯びる。
「破邪、<影牙>。急急如律令!」
引き金を引きながら、凛と引き締まった声で呪文を唱える。
すると、狙い定めた行灯夜叉の上に、五芒星の座標が展開した。それは澪にしか見えない霊的座標図だ。
五芒星の最上の頂点を木とし、そこから時計回りに火・土・金・水の相が並んでいる。
今、澪が放った銀の弾丸は、緑色に輝く霊域の『木』の門を撃ち抜いた。
すると、鮮やかな新緑色が爆ぜて門が開き、そこから黒く美しい毛並みの山犬が影のように躍り出る。
たくましい体躯の山犬――絶滅が噂されているニホンオオカミの霊獣、影牙だ。
影牙は、木と金の相を持つ霊獣の式神である。
「れ、霊獣だと……!?」
澪を足元から呑み込もうとしていた影が、霊光に焼かれて黒い煙を上げ、あわてて本体である行灯夜叉の足元に逃げ帰る。
「影牙!」
澪の声に従い、しなやかな足を躍動させて影牙が行灯夜叉に飛びかかる。
先刻、澪が式札で呼び出した<牙>とは比べ物にならないほど巨大で、美しく、たけだけしい獣は、鋭い牙で行灯夜叉の喉元に食らいついた。
「ひぃっ……!!」
ガチンッと金属を噛み砕くような音が弾け、影牙の牙が妖の肉を食い破る。
それと同時に、行灯夜叉の影が断末魔の叫びのようにのたうち、音もなく霧となって四散した。
「終わり。――影牙、お帰り」
襟元から勾玉の首飾りを取り出すと、山犬の式神はそこに吸い込まれるようにして消え、白蓮も澪の首元に元通りの襟巻として戻る。
すると、行灯夜叉がいたあたりに、古ぼけて火の消えた行灯が転がった。
澪はそれを拾い上げ、哀れっぽくつぶやく。
「残念だけど、これからは行灯でも石油ランプでもない、電灯の時代なのよ……」
その一言が真のとどめになったのか、行灯は無念とでも言いたげに灰になり、澪の手からさらさらと零れ落ちた。
「澪、手間取りすぎだ。次はもっと早く片付けろ」
「かんたんに言わないでよねー」
襟巻になった白狐に文句を言いながらも、澪は辺りを見回した。
銀座の煉瓦街は静まり返っていたが、行灯夜叉の消滅と引き換えに、大勢の人々が通りに倒れている。
ここ最近、神隠しに遭ったと騒がれていた人たちだ。
澪は近くの派出所の前を通りすがり、素知らぬ顔で巡査に声をかけた。
「……あっちの通りに、たくさんの人が倒れています」
巡査は訝りながらも澪のことは詮索せず、現場に駆け出していく。
深夜とはいえ、劇場やカフェー帰りの華族の令嬢が銀座をうろついていることは、決してないことではないからだ。
それを横目に、澪は静かに銀座の闇へと消えていった。
――帝都東京には、怪異を狩る者たちの秘密組織・陰祀庁が存在する。
*明治維新後、石油ランプが導入され、明治三十年代には都市部の家庭で行灯はほとんど姿を消した。




