表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帝都陰祀庁妖異録 ~明治の陰陽師は霊銃と鹿鳴館ドレスで退魔します!  作者: 美澄こいね
第二章<恋焔>

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/17

第十話 密着監視

「あの……時雨さん、どうしてついてくるんですか?」


 翌日。澪が物陰からの監視ではなく、つかず離れずの密着監視を敢行しているので、桐草が困惑していた。

 廊下の人通りが絶えたので、澪は正面から桐草に食ってかかる。


「先生を疑っています。鏡を使って朱音さまに何をなさったの。近頃の朱音さま、どう見ても普通ではありません」


「誤解ですよ、僕はなにも。それに、どこが普通ではないのですか? 授業中に論戦を仕掛けてこなくなったのは、授業の正常化でしょう」


「あんなに明らかに様子がおかしいのに、先生の目は節穴ですか!?」


「と言われましても……授業はいたって真面目に受けてくださっていますし」


「あんなに睨まれてて、気配も感じないんですか!?」


「はあ、とくに」


 桐草はますます困ったように首を傾げ、職員室へと歩き出した。

 澪はすかさずその後ろを追いかけ、なおも詰め寄る。


「先生は何者なんですか? 昨晩の講堂でのこと、説明してください。でなければ、校長先生に密告いたします」


 そう脅すと、桐草は深くため息をついて澪に向き直った。


「What exactly are you planning to report? Well then… in that case, you’ll also need to explain why you were sneaking into the hall at that hour, dressed as you were, won’t you?」(何をどう密告するのですか? であれば、あなたがあんな時間にあんな格好で講堂に忍び込んでいた事情も説明しなくてはならなくなりますよ?)


 突然、桐草が英語を話し出したのは、近くを家事の先生が通ったからだろう。家事の先生はお年を召した女性で、英語を聞き取れない。


 そして澪にとってもありがたいことに、こうして英会話をしていれば、いかにも勉強中の学生といった印象が強くなり、『若い男性教師と一対一で会話する不行跡な女学生』と指摘されにくくなるからだ。


「You came at me with a wooden sword yourself! Are you… one of those people with special abilities?」(先生だって木刀を持って私を襲ってきたくせに! あなたは『異能持ち』なんですか?)


「Well now… I’m not quite sure what you’re talking about. But let me say one thing: I have no intention of doing anything to the students here, and this matter really has nothing to do with you. So please, don’t go poking your head into my affairs. You should focus on your studies, as a student ought to.」(はて、なんのことやら。一つ言っておきますが、僕はこの学校の生徒に何かをする気はありませんし、あなたにも関係のないことです。僕の都合に首を突っ込むのはやめて、あなたは学生らしく勉強に集中してください)


「そんなの納得できるわけがないです!」


 ふたたび廊下が無人になったので、澪は日本語に戻して桐草を睨み上げた。


「世の中の出来事すべてを把握できるわけもないのに、どこまで納得を求めるのですか? そんな時雨さんにぴったりの言葉を贈ります。Ignorance is bliss.――知らぬが仏ですよ」


 そう言って笑った桐草は、澪の足元で探るような目をしていた白蓮に視線を向け、しゃがみこんだ。


「君が彼女のお目付け役かい? 今の時代、お転婆は褒められたものじゃない。大人しくしておくよう、忠告してあげるといいよ」


「余計な世話だ、人間。いや、私が見えている時点で本当に人間かどうかも怪しいものだが」


「これはこれは。僕は正真正銘の人間ですよ。それでは」


「ちょっと!」


 澪がなおも追いかけようとしたのだが、前方からやってきた朱音が能面のような表情をしていることに気づき、それ以上の追及はやめた。

 朱音の視線が、猛吹雪のように冷たいのだ。


 しかし、桐草とすれ違う瞬間だけは普段通りの表情に戻り、礼儀正しく会釈をする。教室で合戦を繰り広げていたのが、遠い昔のことのようだ。


 桐草のことは無言でやり過ごした朱音だったが、澪に向かってまっすぐ歩いてくると、また能面の表情に戻ってしまった。

 気がつけば白蓮はとっくにしっぽを巻いて退散していた。


「しぐれさん、土曜日の篠宮伯爵の夜会にはお出ましになるの?」


「え、ええ、もちろん……ときさめですが」


 普段通りの会話に、なぜかほっとしてしまう。しかし、朱音の目の奥にはやはり異様な雰囲気が漂っているのが感じられ、澪は用心深くなった。


「夕奈さんも縁談が整いあそばしたようで、おめでたいかぎりですわ」


 朱音の言う夜会とは、夕奈の婚約パーティのことだ。

 篠宮伯爵家の三男・柊弥は、夕奈より五つ年上の青年で、幼いみぎりより澪も交えて一緒に遊んだ仲でもある。


 だが、扇子を持つ朱音の手に力がこもった気がして、澪は怪訝な表情になった。

 朱音も財閥御曹司との縁談がまとまっているから、先を越されたとかそういう嫉妬みたいなものがあるはずがないのに。


「篠宮伯爵は寛大なお方でいらっしゃるのね、お情けとはいえ、平民の方までお招きになるなんて。しぐれさんにとっては、さぞかし肩身の狭い夜会でしょうけれど」


「あら、そんなことはございませんのよ、ときさめですが。篠宮閣下は以前よりよくしてくださっていますし、お相手の柊弥さまとも幼い頃から昵懇ですもの」


「まあ、それはそれは……しぐれさんはお幸せですわね」


「ときさめですね」


 澪の訂正など右から左に流し、朱音は扇子を口元に寄せ、微笑した。


「でも――幼なじみでいらしたのは、あくまで子どもの頃のお話でしょう? これからは斎宮家と篠宮家のご縁。平民の方が同じようにお付き合いなさるのは、なかなか難しいものですわよ」


「ご忠告感謝いたします。ところで朱音さま、昨日、狐をお見かけになりませんでしたか?」


「狐? さあ、上野動物園にでも行けばよろしいのではなくて?」


 さりげなく昨日の襟巻事件のことを尋ねてみたのだが、空っとぼけているのか、はたまた白蓮の勘違いだったのか、どちらとも判断がつかない。

 だが、朱音はギロリと鋭く澪を一瞥すると、顎をツンと上げて立ち去った。


   *


 だが、その後の朱音の様子はどんどん異様になっていった。


 英語の授業中は桐草の背中を凝視して顔を赤くしており、まるで熱でもあるかのように目を潤ませている。

 かといって、彼が顔を向けると、途端に普段どおりの高慢なお嬢さまに元通りだ。

 そして、暇さえあれば鏡を見て身だしなみ整えている。


 取り巻き連中も、朱音の様子がいつもと違うことに気づいているようで、あまり一緒にいるところを見なくなった。


 朱音の手鏡に何か憑いているのかと疑いもしたが、妖を映し出す澪の鏡で覗いてみても、特段変わった様子はない普通の手鏡だ。


「朱音さまに直接憑いてるわけじゃないのかしら。でも、白蓮が見えてるのなら、妖がどこかにいるはず……」


 陰祀庁長官には報告してあり、清廉にも澪の覚えた違和感を伝えてもらったが、具体的に妖が校内を蠢動しているという気配もないようだ。


 清廉から聞いた話では、主体的な意思を持つ妖は妖気も強く、居場所も探し当てやすいが、思念の塊のように人々の思いが集まってできた妖は、探りにくいという。

 とくに後者は、その妖が生み出されるに至ったきっかけや理由が比較的最近のことで、人々の思い――怨念などが固まりきっていない未成熟な場合が多いのだとか。


 だが、その怨念だったり思いがなんなのかを探り当てるのは、途方もなく難しいことだ。


 そして、桐草明夜という人物についても、蒼真に調査を進めてもらっている。

 桐草が霊術を操ることははっきりしている。澪の式神を木刀の一薙ぎで打ち払ったことから、それは明確だ。


 そんな霊術者がいれば蒼真の目を逃れるはずはないのに、これまで桐草は陰祀庁執行官勧誘候補にすら挙がっていなかったそうだ。


(蒼真おじさま、どんくさ先生の勧誘に躍起になったりして……)


 あんな得体の知れない男を陰祀庁に迎えるなんてとんでもない。


 しかし、朱音の変調も、桐草の不可解さも、すべてが一本の糸で結ばれている――そんな予感が胸騒ぎとなって澪にのしかかってきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ