003.
「どうぞ」
良く通る声だが、優しい男の声だ。
だが心の底から疲れた声をしている。よっぽど多忙なのだろうか。
職員が扉を開け、身を引いた。
中で座って待っているのは白く長い髪をまとめ、モノクルを付けた若い男だった。
とても綺麗な顔をしていて、優し気に微笑んでいるが、その切れ長の目の下には深い隈があった。
中に入ると扉は閉められた。
「来たね、アクル。相変わらず、君の眼は真っ直ぐで、希望に満ち溢れている」
そう微笑んで言う本部長の瞳には何か暗いものが映っているように見える。
「さて、仕事の話をしようか」
本部長らしい威厳のある表情に切り替わった。
「は、はい」
「まず、アクル。君は前回の依頼で英雄になった。そしてそんな君には簡単過ぎるかもしれないが、ちょっとした指名依頼が来ている」
前回の依頼……故郷の町で最後に受けた依頼ということになるのか?
だが大した依頼をこなしてはいないはずだ。そのような大きな依頼など、片田舎である故郷では中々ない。
それに、ある程度自分の腕っぷしに自信はあるが、それが英雄と呼ばれるに値するものかと言われれば疑問が残る。
英雄になるためにこの街に来たのだ。何かおかしい。
「アクル……?」
こちらが戸惑ってるのを感じ取ったのだろう。訝し気に名前を呼んでくる本部長の声が聞こえる。
その様子を見て深刻そうに考え込んでいるようだ。
「これはいったい……?」
数十秒にも及ぶ沈黙。本部長は俺を見ながら眉間にしわを寄せて思案している。
しかし不意に本部長の視線が俺から外れる。机の上の書類でも壁でもない。どこか焦点が合ってないようにすら見える。
ただ、考えるのを拒むように沈黙していた。
さっきまでの威厳はない。
「……記憶が、ない?」
「あの、本部長?」
俺の声に反応しもう一度視線がこちらに戻ってくる。
戸惑いと焦りのような感情は隠しきれていないものの、表面上は先ほどまでの余裕を取り戻したようだ。
「いや、今はいい……」
「は、はあ……」
いったいどうしたと言うのだろうか。
ただ事ではなかった様子だったが、その話をするつもりはないらしく、机の上に綺麗に整理された書類の中から一束手に取った。
「ここに仕事の詳細が書いている。読んでもらえるかな」
書類を受け取り目を通す。
そこにはアンデアの街の北部に出現した白眼狼の討伐、迅速な対応求む。と記載してあった。
白眼狼は討伐難度10~1級まであるうち3級に当たる大物だ。正直、俺の手に余る相手だろう。どこでどう俺のことがねじ曲がって伝わったのかは知らないが、俺は英雄でもなければ自殺志願者ではない。
目指すところは救世会の中で英雄に当たる救世主を目指すことではあるが、命を投げ出すつもりはないのだ。
過大な評価のままでは身を滅ぼす。
依頼を断ろうと顔を上げると、そこには探るような、そしてどこか祈るような眼でこちらを見る本部長がいた。
死にたくはないし死ぬつもりもない。俺が英雄なんてどう考えてもあり得ないし、俺の力量で勝てると思えない。
―――だがこの人は絶対に嘘を言わない。
「やります」
気づけば口が動いていた。




