熱中異世界転生
うだるような暑さの中、球場はブラスバンドの演奏と声援に包まれていた。
ユウジは緊張からか少し眩暈のような違和感を覚えていたが、今は目の前に集中するしかなかった。
九回の裏、三対二。このバッターを抑えれば甲子園優勝の称号が得られる。汗が目に入るが、ユウジはもうその違和感にすら気が付いていなかった。
キャッチャーの中野がストレートのサインを出す。
あー、やってやるよ。俺のストレートで決めてやる
サインに頷き、投球のモーションに入る。
そこで記憶は途切れた。
気がつくと、雲のような真っ白な世界の上に立っていた。
足元は柔らかく、しかし確かに何かを踏みしめている感覚があった。
「ここは……?」
「ここは天国。そして私は神。あなたは熱中症で倒れて、そのまま息を引き取ったのよ」
振り向くと、白い衣を纏った女性が立っていた。その姿は神々しく、同時にどこか事務的な雰囲気を漂わせていた。
「俺が?死んだ……?」
「そう。だからここに呼ばれたのよ」
現実感のない言葉が、しかし妙に腑に落ちた。あの暑さ、あの眩暈。確かに身体の限界を超えていたのかもしれない。
「試合は……試合はどうなったんだ?」
「知らないわ。あなたが生きてるところまでしか追ってないもの」
あまりにもあっさりとした返答に、思わず声を荒げた。
「神さま……神さまなら俺を生き返らせてくれ!!!」
「それはできないわ。ただ……」
「ただ?」
「あなたには別の世界に転生してもらう」
「は?転生?」
神と名乗る女性は、まるで役所で手続きを説明するように事務的に話を進めた。
「あなたを必要としている世界。そこで勇者として世界を救ってもらう」
「そんな漫画みたいな…」
「じゃあ、頼むわね。いってらっしゃい」
目の前が光に包まれ、身体が浮遊する。
「そうだ。あなたは熱中症で亡くなったから火の魔法を授けるわ」
「ってもう行くのか!?しかも、熱中症で死んだから火の魔法とか嫌がらせかよ!」
最後の叫びは、光の中に吸い込まれていった。
目を開けると、そこは薄暗い石造りの広間だった。松明の炎が壁を照らし、不気味な影を落としている。
「ここが……異世界?」
立ち上がろうとした瞬間、周囲から無数の視線を感じた。振り返ると、そこには人間とは思えない姿の者たちがずらりと並んでいた。角の生えた者、緑色の肌をした者、全身が鱗に覆われた者。
「人間だ!」
「なぜ人間がここに!」
「侵入者か!」
どよめきが広がる。嫌な予感がした。
「お、おい、俺は勇者として召喚されたんだ。敵じゃない」
「勇者だと?魔王様!勇者が攻めてきました!」
「は?魔王?」
状況を理解するより先に、魔物たちが一斉に襲いかかってきた。
「くそっ、なんなんだよ!」
出口を探して走り出すが、すぐに魔物たちに取り囲まれた。逃げ道はない。
「仕方ない……えっと、魔法って、どうやって使うんだ?」
焦りながら手を前に突き出すと、手のひらに小さな炎の球が現れた。ちょうど野球のボールほどの大きさだ。
「ファイヤーボール!」
魔物に向かって放つ。ゆっくりと放たれた炎の球は魔物の腕に当たったが、魔物はわずかに顔をしかめただけだった。火傷すらしていない。
「効いてねぇ!」
次々と現れるファイヤーボールを放ち続けるが、どれも大した威力がない。魔物たちは笑いながら近づいてくる。
「普通転生した勇者ってチート能力じゃないのかよ!こんなのただの初期魔法じゃねーか!」
やけくそになった。もうどうにでもなれと思った瞬間、身体が勝手に動いた。
マウンドに立つときの構え。足を上げ、腰を回し、全身のバネを使って――
「うおおおおおお!」
ファイヤーボール掴み、投球のように思い切り投げた。
炎の球は直線的に飛び、魔物の胸を貫いた。
「ぐわあああああ!」
魔物は胸に穴を開けられ、崩れ落ちた。
「え……効いた?」
周囲の魔物たちが動揺する。その隙を逃さず、次々とファイヤーボールを生成しては投げ続けた。
ストレート、カーブ、フォーク。投球のたびに魔物が倒れていく。
「これなら……これならいけるぞ!」
気づけば、周囲には倒れた魔物と、玉座に座る一人の巨大な影だけが残っていた。
「おいおい、もうクリアじゃないか」
余裕を取り戻し、最後のファイヤーボールを生成する。全力投球の構えを取り、魔王に向かって投げ放った。
炎の球は一直線に飛んでいく。
しかし、魔王は巨大な金棒を振り上げ――
「甘いわ!」
バコーン!!!
ファイヤーボールは打ち返され、凄まじい速度で戻ってきた。
「え――」
炎が視界を覆う。熱い。痛い。
そして、意識が途切れた。
「おかえり」
雲の上。また同じ場所だった。
「おかえりじゃねー!お前 転生先間違えてんじゃねーよ!」
神と名乗る女性は、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめんなさい。座標の入力を間違えちゃって……。勇者召喚の儀式が行われている王城に送るつもりが、魔王城に送っちゃったみたい」
「みたいじゃねーよ! おかげで死んだの二回目だぞ!」
「でも、あなた、けっこう活躍してたわよね。魔王軍の幹部を何人も倒してたし」
「最後に魔王に強烈なピッチャー返し打たれて死んだけどな!」
しばらく文句を言い続けたが、神は困ったように笑うだけだった。
「で、これからどうすんだよ。ここに来たってことはまさかまた転生させる気か?」
「もちろん。今度こそちゃんと王城に送るから」
「信用できるか!」
「大丈夫よ。今度は絶対に間違えないわ。それに……」
神は少し真面目な表情になった。
「あなたの投球、見事だったわ。あの力があれば、きっと勇者として世界を救えるはず。ただし、魔王は強敵よ。次に会うときは、もっと強くなってから挑みなさい」
「いや、何俺が準備不足だったみたいな話にしようとしてんの?どう考えてもお前の所為だろ……」
思い出すだけで腹が立つ。完璧に打ち返されたあの瞬間。
「まぁ、わかったよ。次こそ、絶対に勝ってやる。そして元の世界に帰してもらう」
「その意気よ。じゃあ、改めて――いってらっしゃい。あ、でも、元の世界には帰れないわよ」
再び光が身体を包む。今度こそ、本当の冒険が始まる。
「は?じゃあ、なんのために頑張ればいいんだよぉぉぉぉ…」
炎のピッチャーの異世界転生は、こうして幕を開けた。




