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熱中異世界転生

作者: はらっぱ
掲載日:2026/01/19

うだるような暑さの中、球場はブラスバンドの演奏と声援に包まれていた。


ユウジは緊張からか少し眩暈のような違和感を覚えていたが、今は目の前に集中するしかなかった。

九回の裏、三対二。このバッターを抑えれば甲子園優勝の称号が得られる。汗が目に入るが、ユウジはもうその違和感にすら気が付いていなかった。


キャッチャーの中野がストレートのサインを出す。


あー、やってやるよ。俺のストレートで決めてやる


サインに頷き、投球のモーションに入る。


そこで記憶は途切れた。



気がつくと、雲のような真っ白な世界の上に立っていた。

足元は柔らかく、しかし確かに何かを踏みしめている感覚があった。


「ここは……?」


「ここは天国。そして私は神。あなたは熱中症で倒れて、そのまま息を引き取ったのよ」


振り向くと、白い衣を纏った女性が立っていた。その姿は神々しく、同時にどこか事務的な雰囲気を漂わせていた。


「俺が?死んだ……?」


「そう。だからここに呼ばれたのよ」


現実感のない言葉が、しかし妙に腑に落ちた。あの暑さ、あの眩暈。確かに身体の限界を超えていたのかもしれない。


「試合は……試合はどうなったんだ?」


「知らないわ。あなたが生きてるところまでしか追ってないもの」


あまりにもあっさりとした返答に、思わず声を荒げた。


「神さま……神さまなら俺を生き返らせてくれ!!!」


「それはできないわ。ただ……」


「ただ?」


「あなたには別の世界に転生してもらう」


「は?転生?」


神と名乗る女性は、まるで役所で手続きを説明するように事務的に話を進めた。


「あなたを必要としている世界。そこで勇者として世界を救ってもらう」


「そんな漫画みたいな…」


「じゃあ、頼むわね。いってらっしゃい」


目の前が光に包まれ、身体が浮遊する。


「そうだ。あなたは熱中症で亡くなったから火の魔法を授けるわ」


「ってもう行くのか!?しかも、熱中症で死んだから火の魔法とか嫌がらせかよ!」


最後の叫びは、光の中に吸い込まれていった。




目を開けると、そこは薄暗い石造りの広間だった。松明の炎が壁を照らし、不気味な影を落としている。


「ここが……異世界?」


立ち上がろうとした瞬間、周囲から無数の視線を感じた。振り返ると、そこには人間とは思えない姿の者たちがずらりと並んでいた。角の生えた者、緑色の肌をした者、全身が鱗に覆われた者。


「人間だ!」


「なぜ人間がここに!」


「侵入者か!」


どよめきが広がる。嫌な予感がした。


「お、おい、俺は勇者として召喚されたんだ。敵じゃない」


「勇者だと?魔王様!勇者が攻めてきました!」


「は?魔王?」


状況を理解するより先に、魔物たちが一斉に襲いかかってきた。


「くそっ、なんなんだよ!」


出口を探して走り出すが、すぐに魔物たちに取り囲まれた。逃げ道はない。


「仕方ない……えっと、魔法って、どうやって使うんだ?」


焦りながら手を前に突き出すと、手のひらに小さな炎の球が現れた。ちょうど野球のボールほどの大きさだ。


「ファイヤーボール!」


魔物に向かって放つ。ゆっくりと放たれた炎の球は魔物の腕に当たったが、魔物はわずかに顔をしかめただけだった。火傷すらしていない。


「効いてねぇ!」


次々と現れるファイヤーボールを放ち続けるが、どれも大した威力がない。魔物たちは笑いながら近づいてくる。


「普通転生した勇者ってチート能力じゃないのかよ!こんなのただの初期魔法じゃねーか!」


やけくそになった。もうどうにでもなれと思った瞬間、身体が勝手に動いた。


マウンドに立つときの構え。足を上げ、腰を回し、全身のバネを使って――


「うおおおおおお!」


ファイヤーボール掴み、投球のように思い切り投げた。


炎の球は直線的に飛び、魔物の胸を貫いた。


「ぐわあああああ!」


魔物は胸に穴を開けられ、崩れ落ちた。


「え……効いた?」


周囲の魔物たちが動揺する。その隙を逃さず、次々とファイヤーボールを生成しては投げ続けた。

ストレート、カーブ、フォーク。投球のたびに魔物が倒れていく。


「これなら……これならいけるぞ!」


気づけば、周囲には倒れた魔物と、玉座に座る一人の巨大な影だけが残っていた。


「おいおい、もうクリアじゃないか」


余裕を取り戻し、最後のファイヤーボールを生成する。全力投球の構えを取り、魔王に向かって投げ放った。


炎の球は一直線に飛んでいく。


しかし、魔王は巨大な金棒を振り上げ――


「甘いわ!」


バコーン!!!


ファイヤーボールは打ち返され、凄まじい速度で戻ってきた。


「え――」


炎が視界を覆う。熱い。痛い。


そして、意識が途切れた。



「おかえり」


雲の上。また同じ場所だった。


「おかえりじゃねー!お前 転生先間違えてんじゃねーよ!」


神と名乗る女性は、申し訳なさそうに頭を下げた。


「ごめんなさい。座標の入力を間違えちゃって……。勇者召喚の儀式が行われている王城に送るつもりが、魔王城に送っちゃったみたい」


「みたいじゃねーよ! おかげで死んだの二回目だぞ!」


「でも、あなた、けっこう活躍してたわよね。魔王軍の幹部を何人も倒してたし」


「最後に魔王に強烈なピッチャー返し打たれて死んだけどな!」


しばらく文句を言い続けたが、神は困ったように笑うだけだった。


「で、これからどうすんだよ。ここに来たってことはまさかまた転生させる気か?」


「もちろん。今度こそちゃんと王城に送るから」


「信用できるか!」


「大丈夫よ。今度は絶対に間違えないわ。それに……」


神は少し真面目な表情になった。


「あなたの投球、見事だったわ。あの力があれば、きっと勇者として世界を救えるはず。ただし、魔王は強敵よ。次に会うときは、もっと強くなってから挑みなさい」


「いや、何俺が準備不足だったみたいな話にしようとしてんの?どう考えてもお前の所為だろ……」


思い出すだけで腹が立つ。完璧に打ち返されたあの瞬間。


「まぁ、わかったよ。次こそ、絶対に勝ってやる。そして元の世界に帰してもらう」


「その意気よ。じゃあ、改めて――いってらっしゃい。あ、でも、元の世界には帰れないわよ」


再び光が身体を包む。今度こそ、本当の冒険が始まる。


「は?じゃあ、なんのために頑張ればいいんだよぉぉぉぉ…」



炎のピッチャーの異世界転生は、こうして幕を開けた。

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