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売り出し

「さあさあ見てって! 旅人さんも狩人さんも、お得な“罠隠し薬”入りましたよ!」


明朗な声が朝の市場に響く。日差しは早くも初夏の熱気をまとい、石畳の間に干された草の香りが立ち上っている。


通りの一角、サラの店は今日もにぎやかだった。その店先、木製の箱に並ぶのは淡い白色の瓶。周囲の商人たちが食べ物や日用品などを並べる中で、その“異物”は確かな存在感を放っていた。


「これはね、獣の警戒心をほんの少しだけ緩める薬なの。罠の痕跡を隠すのに便利なのよ。ね、そこのお兄さん、イノシシよく逃げられてない?」


「……あ、ああ。え? それ、効くのかい?」


「効くのよ、これが!」

サラは声を張りながら、掌で瓶を軽く振って見せた。


「罠に吹きかけると、獣が罠に気づきにくくなるの。効果は実証済み──こっちの霧鹿の毛皮でね!」


周囲がにわかにどよめき立つ。「本物か?」「もっとよく見せろ」という声が方々から聞こえ、店頭に置かれた大きな板──その上には霧鹿の一枚皮が貼り付けられている──に人だかりができている。職人に卸す前の毛皮を客引きに利用するのはサラのアイデアだったが、効果はてきめんだった。


「そっちの毛皮は売ってないのか?」


雑踏の中から問いかける声。サラは軽快に答える。


「ごめん、こっちは売約済! 欲しければ自分で捕まえてね、この『罠隠し薬』で!」


そう言ってサラは白い液体が入った小瓶を掲げる。


周囲の反応は様々だ。色めき立つ者、半信半疑の者、疑う者──しかし、一人が購入を決めると、すぐに数人が続いた。ほとんどが旅人や狩人だが、行商人のような服装の青年が数本まとめて買い上げると残りは数本となり、売り切れるまでそこまで時間はかからなかった。


カイルとネマは、その様子を少し離れたところから見守っていた。自分達が苦労して作った薬が目の前で売れていく様は、胸の奥が震えるような体験だった。


「サラに頼んでよかったな」


カイルがいうと、ネマもしみじみと返す。


「……私だったら、ぜったいこんなふうに売れない」


数日後、「罠隠し薬」の使用者の数人が毛皮の売却に訪れはじめた。霧鹿のものはなかったが、効果を確かめるには十分だった。他のポーションも店に置いてもらえることになり、そちらも確実な効き目で話題になり始めた。


ネマとカイル、サラは三人で相談し、「罠隠し薬」は強力だが、使用している光苔の希少性も加味して、供給量を絞ることにした。その代わり、一般的なポーションを安定的に卸すことが決まり、ネマの錬金術は、ようやく日の目を浴び始めた。



忙しくなり始めた工房の朝。カイルとネマが朝食を食べていると、工房の扉が「コン、コン」と軽く叩かれた。


「おじゃましまーす!」


サラだった。

明るい声とともに、栗色の髪を揺らして入ってきたその姿は、変わらず風のように軽やかだった。


「ちゃんと作ってるー?」


カイルは苦笑して答えた。


「朝ごはん中だよ」


「うん、知ってる。……でも、あんまりのんびりしてると、また品切れになるよ?」


サラは笑いながらテーブルの上を覗き込む。


「ネマちゃんのポーション、評判いいよ。昨日マナポーションを旅の人がまとめ買いしていってさ。今週中にもう少し補充できる?」


「うん、材料はまだあるから大丈夫」


ネマが答えると、サラは満足そうに頷いた。


「よかった。……それとね、今週末から、市場の広場がちょっと騒がしくなるかも。あれの準備が始まるから」


「あれ?」


「夏至祭りの。ほら、去年も灯籠飛ばしたでしょ? 今年は商人ギルドの偉い人も来るから、みんな張り切ってるみたいでさ。うちの店も屋台出すことになってるんだ」


「へぇ。華やかになりそうだな」


カイルが頷くと、サラは少しだけ困ったように唇を尖らせた。


「……でもね、あんまり天気が良くないって噂。星読みが言うには、雲が集まりやすい周期だとかなんとか」


「それは……まずいね」


「でしょ。お祭りが中止になったら、大損だよー。お客さんも来ないし……」


サラはぽつりとため息をついた。


「まぁ、天気ばっかりは仕方ないけどね。あーあ、ネマちゃん、錬金術でなんとかならない?」


サラがネマに無茶振りするのを見て、カイルは呆れて言った。


「いくらなんでも無理だろ……空を晴らすなんて、神様じゃあるまいし」


ネマは少し考えていたが、首を横に振った。


「さすがに、雲を消すのは無理かな。……出すのはできるかもしれないけど」


「出すのはできるんだ?!」


サラが驚くと、ネマは考えながら言った。


「霧の森の素材があれば、霧を作ることはできるから。雲ももしかしたら……」


しかし、晴れさせたいのに雲を出しても仕方がない。カイルは、半ば投げやりな気持ちでサラに言った。


「魔法とか、そういうので何とかならないの?」


「天候操作とか、国家級魔法だよ? できるわけないじゃん」


サラは真顔で即答した。その無理難題をふっかけてきたのはどっちだよ……とカイルは苦笑いした。


サラは机の端に腰かけ、ぶらぶらと脚を揺らしながらあっさり言った。


「やっぱ無理かー!」


ネマは申し訳なさそうにうなだれる。


「……ごめん」


「いやいや、しょうがないよ。半分冗談のつもりだったし」


「半分は本気なのかよ」


カイルが軽口を叩くと、サラは諦めきれない様子で言った。


「でも残念だなー。もし晴れにできる薬があったら、うちも毎日大繁盛なのに」


ネマが首を傾げると、サラは続けた。


「雨が降るとね、お客さんも減るし、あんまり売れないんだよね。だからお父さんもちょっと不機嫌なの。仕方ないのにね」


カイルは同意した。


「確かに、雨だと外出たくなくなるもんな」


「でも次の日は良く晴れるから、それで取り返すけどね! かきいれどきってやつ」


サラは細い腕を曲げて力こぶを作る動作をした。作れてはいない。


「たくましいな」


カイルは笑いながら、横目にネマが何か気づいたような顔をしたのを見逃さなかった。



サラが去ってしんと静かになった工房で、カイルはネマに尋ねた。


「何か思いついた?」


ネマは歯切れ悪く返した。


「さっきの言葉が気になって」


「かきいれどき?」


カイルは先ほどのサラの言葉を思い出しながら聞いた。


「そこじゃなくて……雨の次の日は、良く晴れるって」


「ああ、確かに、言われてみればだよな。雨がひどいほど、その後はスカッと晴れる気がする」


ネマは深く頷いて、カイルを真っ直ぐ見つめながら言った。


「なら、雨を降らせることができれば、その次の日は晴れにならないかな」


髪の隙間からでも、ネマの目がぎらぎら輝いているのが分かる。


「それはそうかもしれないけど……」


そこまで言って、カイルはネマの言わんとすることがわかった。遅れてネマの興奮がカイルにも伝わってくる。


「素材集め、手伝ってくれるよね」


カイルはネマを見て微笑んだ。


「もちろん」


それからふと思って付け加えた。


「でも、あの場で言えばいいのに」


ネマはふっと目を伏せた。


「……まだ、期待させたくない」

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