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看板娘サラ

──草を踏む音がしたのは、風が少し強くなりかけた頃だった。


カイルが振り向くと、夕陽を背に一人の少女が姿を現した。

オレンジ色のスカーフが風に揺れ、夕焼けに照らされたその輪郭は、どこか見慣れたものだった。


少女──サラは、息を切らして両膝に手をついて息を整えた。


「はー……やっと追いついた」


そのまま近くまで寄ってきて、語りかける。


「ねぇカイル、今日って、また毛皮を納品しにきたの?」


カイルは驚きながら答えた。


「いや、今日は別件だよ」


サラはそれを聞くと、安堵したように大きくため息をついた。


「よかったー!」


その勢いのまま続ける。


「市場でちらっと見えたけど、うちに来てなかったからさ。てっきり他の店に売りに行ったのかと。気になって追いかけてきちゃった」


サラが来て、重く沈んでいた空気が嘘のように軽くなった。カイルが苦笑まじりに、肩をすくめながら言った。


「良い毛皮が取られたかと思った?」


ネマも小さく笑う。サラはそんな二人の様子に首をかしげながら、ぽんと手を打つ。


「いや、ほんと気になってたんだよね。最近、やけに質のいい毛皮をまとまって持ってきたじゃん。前はそんなでもなかったのに。何かコツでも見つけたの?」


カイルは返答に困ったように目を泳がせる。こんな態度だが、さすが商人の娘だ。巧みに情報を収集しようとしてくる。カイルはひとまず無難に答えた。


「たまたまだよ。運が良かったんだ」


「ふーん? 運がよかった、ねえ」


サラは目を細め、吟味するようにカイルを見た。


「知ってる? 霧鹿って、警戒心がすごく強いんだよ。危険を感じると霧で体を隠すから、凄腕の狩人でも中々見つけられない。それの無傷の皮なんてそうそう手に入るもんじゃ──」


「待って、霧鹿ってあの霧鹿?」


カイルが遮ると、サラはピシッと固まり、「しまった」という顔をした。

霧鹿の毛皮といえば、適切に処置と加工をすれば、人や魔物に気づかれにくくなると言われる特別な素材だ。それほど詳しくないカイルでも、あれほどの大きさの一枚革なら、金貨数枚の値になることは知っている。


「あちゃー、お父さん、話してなかったんだ」


サラはダラダラと汗を流し、目を泳がせながら続けた。


「まぁまぁこれは? たまたま伝え忘れただけかもしれないし? お父さんも二人を騙すつもりはなかったと思うなー」


「銀貨八枚って言ってたけど。ね?」


カイルはネマの方を向いて言った。ネマも深く頷いて、サラをまっすぐ見つめる。サラはしどろもどろになって言った。


「あはあは、あの、えっと、──すみませんでしたぁ!」


サラは地面に頭がめり込みそうなくらい深々と頭を下げた。


「お父さんにはちゃんと適正価格で買い取るように言っておくから! ここは私に免じてどうか許して! ね!」


ここまで平謝りされると申し訳ないような気もしてきて、カイルは言った。


「まぁ、目利きできない俺も悪かったし、ちゃんとした価格で買い取ってくれるなら……」


そこまで言ったところで、ネマのじっとりとした視線に気づいた。


「お兄ちゃん、女の子に甘いよね」


「いや……流石にそれは心外だよ?」


カイルは疲れ果てた声で答えた。



夕日は角度を変え、反対側の空は少しずつ夜に染まり始める。

街に灯りがつき始めるのを眺めながらも、サラの質問は止まらない。


「それで、どうやって霧鹿を捕まえたの?」


寝物語の続きをせがむ子供のように聞かれると、ついついカイルも話したくなってしまう。しかしこれもサラの手管なのだ。カイルは警戒しながら答えた。


「何の変哲もない、普通の罠だよ。たまたま運が良かっただけだって」


「嘘。魔獣だよ。普通の罠に引っかかるほど馬鹿じゃない」


すぐにツッコミが入る。サラの言う通り、魔獣──魔法が使える獣──は、通常の動物より賢いとされている。普通の罠にかかるのは確かに不自然だ。カイルは観念したように答えた。


「使ったのは、本当に普通の罠さ。ただ……ある薬を使ったんだ」


「へえ、どんな薬?」


サラは色めきたって身を乗り出した。カイルは話す前に、落ち着いて考えを巡らせた。


ネマによると、霧隠れ薬はそれほど出回ってはいないが、決して作るのが難しい薬ではない。用途が限られているため、誰も作らないだけだ。罠に使った事例もないらしい。霧隠れ薬で霧鹿が捕まえられると分かれば、他の錬金術師もこぞって霧隠れ薬を売り始めるだろう。せっかく生まれたチャンスを、みすみす他の錬金術師にくれてやることになる。今日一日、薬の販売がどれほど難しいかを骨身に沁みて理解した後で、それはごめんだった。


カイルは、慎重に言葉を選びながら話を続ける。


「ネマが作った特別な薬を、罠に塗ったんだ。いわば『罠隠し薬』といったところかな。そうすると、その罠は獲物に気づかれにくくなる」


ネマとアイコンタクトを取る。ネマは意図を悟ってか、口を挟んではこない。サラは驚いて言った。


「ネマちゃんが? すごい! セラさん達みたいに、立派な錬金術師になったんだね!」


母親の名を聞いて、ネマは心なしか誇らしげだ。


カイルは、無邪気に称賛するサラを欺くことに少しだけ良心が疼いたが、先に仕掛けてきたのは向こうだ。それに、嘘はついていない──真実の一部を話しただけだ。そう自分に言い聞かせながら、カイルは続けた。


「それで、ちょうど俺たちは、その薬の卸先を探しているわけだが」


目配せすると、サラは待ってましたとばかりに応じた。


「それは偶然だね。私もちょうど、その薬の仕入れ先を探しているところだよ」


二人はがっしりと握手を交わした。



その後、細かい条件はサラが父親と話してから、ということでその場は解散になった。サラは家まで送るという申し出を断って駆け足で帰り、ネマとカイルはゆっくり後に続いた。日はすっかり沈み、涼しい夜風が頬を撫でる。


「そういえばさ」


帰り道、夜空を背負いながら、ネマはぽつりといった。


「魔物の肉って、食べても大丈夫だったのかな」


「……あ」


カイルは自分たちが、霧鹿の肉をシチューや干し肉にして食べてしまったことに、遅ればせながら気がついた。


「まぁ、大丈夫でしょ。……味は鹿だったし」


カイルは曖昧に答えた。食べてしまったものは仕方ない。


何はともあれ、一番の心配事だった販路の問題が解決しそうで、二人は久しぶりに晴れやかな気持ちで家に帰った。

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