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エピローグ

冬の終わり、春の手前。

工房の朝は、まだ肌寒かったが、空気にはほんのわずかに緩みがあった。


散らかった調合部屋の備品は片付けられ、大きく空いた穴は簡易の板で塞がれていた。

陽の光は以前よりよく差し込むようになり、窓辺に置かれた薬草が少しずつ芽吹きはじめている。


あれから数日。

薬の投与を続けたネマの体調は、完全に回復していた。


ただ一つ、変わったことがあった。


「すごく弱い魔力も、見えるようになったの」


ネマは片目を押さえ、素材を覗き込むように言った。

その瞳の奥に、かすかな光が宿っている……ような、気がする。


今、彼女が作っているのは、ただの治癒ポーションだ。

だが、その効き目は、以前のものより格段に高い。


金の輪は、たしかに消えた。

だが、あの病が彼女の中に、なにかの痕跡を残していったことは明らかだった。


それが祝福なのか、代償なのか──今はまだ、誰にもわからない。

だが、ネマ自身はそれを受け入れ、目の前の仕事を淡々とこなしていた。



昼下がり、工房の前で荷車の軋む音と、元気な声が響いた。


「納品でーす! 開けてー!」


山積みの荷馬車と共に現れたのは、栗色の髪を跳ねさせたサラだった。


届けられたのは、修繕用の木材や新しい錬金器具の数々。


「まったく……君は本当に、騒がしい」


荷馬車の陰から、ゆっくりと現れたのはエリオだった。


彼がこの工房を訪れるのは、両親の遺品を持ち去った、あの日以来のこと。


ネマとカイルは、ほんの少しだけ身体を強張らせた。

だが、エリオは肩をすくめるように笑うと、すっと一歩前に出た。


「早速、仕事を再開しているようだね。糖分補給は、研究の基本だ」


差し出された包みの中には──ネマの大好物、あの店のプリン。


「……!」


ネマの目がたちまち袋に吸い寄せられる。

カイルの顔にも、思わず笑みが溢れた。



一方その頃、ギルドの居室で、リアンは『仲間』と話をしていた。


「今回の素材も問題ないようですね。ご苦労様でした」


『仲間』の男は、手袋を外しながらため息まじりに言った。


「本当に、人遣いが荒い。前に持ってきた風哭草、あれって結局何に使ったんです?」


その向かいで、リアンはいつものように書類をめくっている。

ただページを繰る紙の擦れる音だけが、部屋に静かに響いていた。


「……あの」


男は勇気を出して声をかける。だが、リアンは書類から顔を上げずに言った。


「使い道は、あなたの任務外です。お疲れさまでした」


「そうは言っても、気になるっていうか……」


「知らなくて結構です」


今度は顔を上げた。笑っていた。いつも通り、目だけが笑っていない笑みで。


「あなたの次の任務は『忘れる』ことです。分かりましたか?」


「……は、はい……」


男はそそくさと居室を後にした。



その夜、王立天文台の観測所で、ひとりの少女が星を見上げていた。


彼女は、椅子に座ったまま望遠鏡を覗き、静かに観測を続けていた。


星々の配置は、美しい。

だが──何かが、おかしい。


彼女は望遠鏡から片目を離し、観測日記に手を伸ばす。机の端には、日々の星図が束ねられ、小さなインク壺と細身の万年筆が置かれていた。


昨夜、自分で記したはずの星図。そこに描かれている軌道と──今、空に見えている星の位置が、微かに違っている。


「……冗談でしょう」


思わず声が漏れた。だが、何度確認しても、結果は同じだった。


ひとつの星が、わずかに、ほんの数分の一度だけ、軌道を外れている。


「未来が、変わった……?」


言葉にしてなお、信じがたい。

けれどその違和感は、星図の端に、確かに刻まれていた。


何かが、誰かが──

この世界の未来を、別の線に書き換えた。


その事実に、彼女はしばし呆然とした。


それが吉兆なのか、警告なのか。

それはまだ、彼女にも、誰にも分からなかった。

この病因と治癒方法は、初期の頃から決まっていたのですが、ここまで引っ張ってきて、納得してもらえるのかな? という不安を抱えながら文字にしていました。いかがでしたでしょうか?


活動報告の方に、長めのあとがきがありますので、もしご興味あれば見ていってください。


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