イズとアルルの兄妹
木々が生い茂る森の中、夕暮れの光が斜めに差し込み、空気が赤く染まっていた。
その中を駆ける一人の少女。黄緑色の髪のツインテール。ノースリーブジャケットにヘソ出しのタンクトップ風のインナー。手には薄手のグローブ、黒に近いカーキ色のショートパンツを履いている。
肩で息をしながら、振り返る。
「……くっ、しつこいっての……!」
彼女を追うのは、薄汚れた服を着た、盗賊らしき男達。数は二人。武器を持ち、口元には笑みを浮かべている。
「なぁに、傷はつけねぇよ。連れてくだけさ」
彼女は目を細めた。
「殺されたいらしいわね」
そう呟くと、腰の小袋から小さな投擲ナイフを取り出した。
素早く一人の腕を狙って投げる――命中。男がうめき声をあげる。
しかし、もう一人が背後から接近していた。
「……っ!!」
睡眠薬の塗られたハンカチを少女の顔に当てようとしていた。
避けきれない。そう思ったその瞬間、横合いから何かが飛び出す。
ドン――!
重量のある拳が盗賊の顔面を打ち抜いた。
拳を叩きつけたのは、一人の青年――ロイだった。
「次襲ったら殺すからな、クズ野郎ども」
盗賊が逃げ出すと、少女が言った。
「あんた、誰?」
「え?まったく、何歳だよ、礼も言えないのか」
「十八よ!何?!そんなに礼を言って欲しいの?それならいってやらなくもないわよ、ふんっ!」
「十八って、俺と同じじゃないか。いや、やっぱいらねぇわ」
そこへ、少し遅れて、草の葉を押し分けながら、ローブの男が現れる。ブルーグレーの髪色で、少し長めの短髪をしている。
「はぁっはぁ、はぁはぁはぁ、アルルっ!無事か?!」
「うん、でも、こっちの人に助けられた」
ロイとローブの男の視線が交わる。
苦しそうに胸を抑えるローブの男は、無理矢理でも笑顔を作り、微笑んだ。
「ありがとう、僕の大切な妹なんです」
「ああ、いいさ」
ロイはぶっきらぼうに答えた。
するとローブの男がロイの左腕の痣に気づいた。
「鬼の黒紋……まさか、あなたロイ・アレンさんですか?」
「そう、と言ったら?」
ロイの目が厳しくなる。
「ロイさん、そう警戒しないでください。僕たちはあなた達を傷つけたりなんてしませんから。むしろ僕はあなたたちの力になりたいと思ってる」
「力になりたい?俺はまだお前を信じていない」
「突然なのは申し訳ないと思っています。ですがファウナさんを救いたい……ですよね?」
「何故ファウナの名を……」
一寸斜め下に一瞥を向け、
「分かった。話だけでも聞いてやる。ついてこい」
ロイは二人を廃屋まで案内する。
「ねえ兄さん、こんな偉そうにしてるやつにどうして協力しようだなんて言うの?」
「アルル、人に与えない者は人から与えられないものなんだよ。それに彼は悪い人じゃない。ごめんね、納得出来ないかも知れないけど、僕は彼らを助けたいんだ。理由は後で話す。今だけは協力してくれないかい?」
「……分かった」
アルルはすごく不満げにそう言った。
三人が廃屋に着く。
ファウナが立ち上がり、少し不安げな表情を浮かべる。
彼女の足元、地面の小石が静かに砂へと変わり始めた。
咄嗟に、ロイが説明する。
「ファウナ、安心してくれ、すぐに攻撃してくるような敵じゃないとは思う。俺たちに協力したいとこの男が言った。だから連れてきたんだ」
ローブの男が微笑みを浮かべて自己紹介を始める。
「はじめまして、ファウナさん。僕はイズ。イズ・ラナンキュラスです。こちらは妹のアルル」
アルルに手を向けるイズ。
だがアルルはそっぽを向く。
「ふんっ!」
ロイが割って入るようにして喋り出す。
「名前はいい、まずはお前たちの素性を話してもらおうなか、そこが分からないことには話も出来ないからな」
声色を変えず、優しく返答するイズ。
「ええ、良いですよ、説明します。私は薬師と情報屋をやっているものです。ロイさんとファウナさんの名前を知っていたのは、街であなたたちの情報を耳にしたからです」
ロイの警戒心は緩まない。
「そうか、俺たちの情報を敵に流そうだなんて考えたりはしていないだろうな?そうとなったら――」
ここでアルルが激しく怒り、地面を踏みしめながら言った。
「兄さんがそんなこと考えるわけねぇだろうが!」
キッとアルルを睨むロイ。
「アルル、僕のために怒ってくれてありがとう。僕は平気だよ」
腕を組み、怒りに満ちた表情でロイを睨みつける。
「失礼しました。敵に情報を流すなんて事はしません。むしろあなたたちに情報を提供したいと考えています」
「その情報、信じられる証拠は?」
「僕の命にかけて情報の信憑性を保証します」
「…………」
沈黙が流れる。が、その沈黙を破ったのはロイだった。
「分かった。そこまで言うのなら、信じよう。イズ、話を聞かせてくれ」
イズが笑顔になり、
「信じてくださりありがとうございます。では早速話をしましょう」
四人は小屋の中に入り、焚き火の火を囲むようにして座った。
アルルだけはそっぽを向いて座っている。
「まずは神の欠片についてお二人がどこまで知っているかです。神の欠片の事はご存知ですか?」
二人は顔を見合わせて、首を横に振り、
「いいや、初耳だ」
「私も、何も知りません」
イズは目を見開いた。
「これは驚いた。ロイさんの方は何も知っていなくて当然なのですが、ファウナさんまでもが神の欠片についての情報を知らないとは……いや、それも無理はないか……」
「その、神の欠片って一体なんなんだ、それと俺たちになんの関係があるんだ?」
「手短に言えば、ファウナさんの力は呪いではなく、神の力です。そしてファウナさんの負の力の効力をなくす方法があるかも知れないという事です」
「なんだって……!」
「神の欠片は全部で三種類あり、それぞれ異なる力が宿っています。一つは命を司る力、二つ目は時を司る力、三つ目は知を司る力です。ファウナさんの力、それは一つ目の命を司る力です」
「命を司るって、周りのものを砂に変化させるだけでじゃないって事か?」
「そうです、命の欠片の保有者は命を奪いも出来ますが、与えも出来ます。上手くいけば、ロイさんの呪いを解くことも出来るかもしれません」
「今まで砂に変えるだけの力だと思ってました……」
「俺の事は今はいい。それで!?どうしたら負の力を、この砂に変化させる力をなくせるんだ?!そうすれば、もうファウナが命を狙われることもない!」
「すみません、ロイさん。具体的な方法は僕は分かりません。ですが、知の欠片を宿した者ならば、その問いに答える事が出来るかもしれません」
「……そうか。そういうことか」
「ええ、そういうことです」
「つまりその、知の欠片を宿している人間を探せってことだな」
「はい。知の欠片の保有者は万物の理を知っています。その者ならきっと何か方法を知っている、僕はそう睨んでいます」
「あの、気になっていたんですが、何故命の欠片は私に宿ったのでしょう」
「命の欠片の保有者が絶命した時、新たに生まれてくる子供に無作為に宿るという話を聞いた事があります、すみません、詳しくは僕も分かりません」
「そう……ですか……」
ファウナは残念そうにした。
「ファウナ、欠片の保有者を探そう。きっとファウナを救う方法があるはずだ……!」
「うん、その人に聞けば、全てが解決するかもしれないですしね、それに、ロイ君の呪いを解く事も出来るかもしれない、探しましょう」
「それじゃあ、決まりだな。イズ、欠片の保有者がどこにいるか、目星はついているのか?」
「北の国、フォゴーにいると聞いた事があります」
少し改まってロイが言う。
「ありがとうイズ。さっきは疑ってすまなかった。誰が敵か分からないんだ。警戒するしかなかった。許してくれ」
「お気になさらず、ロイさん。警戒心を抱くのも無理ありません。あなたたちの敵は世界なんですから」
「明日の朝出発だ」
「ロイさんファウナさん。よければ私に旅のおともをさせてもらえませんか?戦う事はできませんが、頭脳になる事なら出来ます。お願いします」
ここでアルルが立ち上がった。
「兄さん!どうして!どうして兄さんはそこまでするの!?」
「アルル、僕は彼らの道がどんな運命に辿り着くのか見たいのさ。アルルまで来いとは言わない。来たくなかったら来なくて良い。その時は、お別れだ」
「なんで……兄さん」
絶望したかのような表情で呟くように言葉を漏らす。
続けて、
「でも兄さんは肺が弱いでしょう!?これから過酷な旅になるのは間違いない!ついていけるの?!死んじゃったらどうするって言うのよ!」
冷静な表情を浮かべたまま、しっかりとアルルの事を見つめ、イズが言った。
「それでも、僕は行くよ」
「もう知らない!」
そう言ってどこかへ走って出て行ってしまった。
ロイが、神妙な面持ちで言う。
「本当にいいのか?イズ」
「ええ、アルルには迷惑や心配ばかりかけてきました。ここで別れるのもアルルに新しい人生を作るきっかけになります」
「分かった……よろしく頼む」
「はい」
二人はそう言って固い握手を交わした。
翌日の朝、三人が出発の準備をしていると、アルルが戻ってきた。
「しょうがないから私もついて行くわよ。兄さんを一人になんて、させられないから……」
「アルル……」
イズが呟くようにいった。
支度していた手を止めて、ファウナがアルルの元へと歩み寄る。少し頬を赤らめて、
「お力になってくれてありがとうございます。これからよろしくお願いします」
手を差し出した。
「あーもう、分かったわよ!よろしくっ!」
照れ臭そうに、どこか満更でもない様子でファウナの手を取り握手をした。
ロイが横から来て、
「昨日はすまなかった」
と一言。
アルルが言う。
「いいし、別に。さあ、旅立ちは明るくないとね」
「ああ」
ロイが嬉しそうに笑った。
「出発だ」