復讐者
今、まだ本筋のお話の前置きみたいな箇所でして・・・いやはや長くなって申し訳ない。三話もどうぞよしなに!
静まりかえった森の中。鳥の声さえ聞こえない。
太陽は雲の向こうに隠れ、空はまるで灰を被ったような鈍い色をしている。
ロイは一本の倒木の上に座っていた。
その前で横たわるのは布で包まれた身体。包んでいる布が風に揺れ、カサカサと音を立てる。
ロイはナイフを取り出した。柄の部分は使い古されてすり減り、刃にはうっすらと錆が浮かんでいた。
彼は持ってきた木の板を膝の上に乗せ、ナイフでゴリゴリと無骨に線を彫り始めた。
粗い呼吸と木を彫る音だけが、静かな森に響いた。爪が剥がれそうになる程力が入っていた。
やがて出来上がったのは、名前だけが雑に刻まれた木片だった。
不器用なロイは、そんなものしか作る事ができなかった。
ショベルで土を掘る。掘っている間、涙が溢れて仕方がなかった。
埋葬を終えた後、ロイはその場に座り込み、ミラの名前が書かれた木片を見つめていた。
「こんなんで、ごめんな」
そして、ゆっくりと顔を伏せて泣いた。
思い出したかのように言う。
「そうだミラ!特製スープ作ってあげるよ!好きだったろ?特製スープ。俺も一回一緒に作った事あるから、多分作れる!待っててくれ!」
木の扉を勢いよく開けて、ロイは家に戻った。
灰色の空の下と変わらず、室内も薄暗かった。だが彼は、迷いなく足を踏み入れ、台所へ向かった。
壁にかけてある鉄鍋。ミラがいつも使っていたおおきなお玉。保存していた乾いた野菜。どれもこれも、ミラの手の跡がついていた。
ロイは鍋に水を貼り、火をつける。
木片に火を移すのも、石で火打ちするのも、手慣れたものだった。
「……えーと、まずは……玉ねぎ、だったか。
それとも……にんじんを炒めるんだったか……?」
火は静かに鍋を温める。
ロイは刻んだ野菜を投げ入れ、木のスプーンでかき混ぜた。
「……なあ、ミラ。これでよかったか?
なんか……ローリエの葉とか入れてたよな、えっと……えっと……」
手が止まる。ぐつぐつという音だけが、台所に響いていた。
ロイはお玉を持ったまま、鍋の水面を見つめた。
「あれ、ミラ。このあと……どうすりゃよかったんだっけ」
声が震える。
火はまだ静かに燃えているのに、ロイの中で突然、何かが崩れ落ちた。
「なぁ、ミラ」
「ミラぁ」
「…………っ、ミラぁぁ……!」
鍋の前に跪く。
肩を震わせ、唇を噛んでも、涙は止まらない。
もういないという現実がロイの首を絞める。
「こんなことも、してやれぇのかよ、俺は……!」
泣き崩れたまま、ロイは床に額を押しつけていた。呼吸は乱れ、ミラの声は聞こえない。スープは焦げてしまった。
そのとき――
バンッ!
扉が蹴り破られた。続いて、金属の靴が木の床を踏み鳴らす。
ミラを殺した騎士と同じ装いをした騎士が二人、ロイの家に踏み入ってきた。
「……痣の位置、確認。対象一致」
「鬼呪持ち、処分命令第二十三号に従い、即時執行」
ロイは振り返りもしなかった。ただうつ伏せのまま、かすれる声で呟いた。
「どうせ、もう何もない……」
刹那――
ドンッ!
重い鉄靴が腹を蹴り上げた。呼吸が止まり、ロイは壁にぶつかって転がった。
その拍子に鍋が落ちる。
ガッガッゴッ……!
次々に拳と足が振り下ろされる。肋骨が軋み、口の端から血が垂れる。
「……っ、ミラ……」
ロイの目は焦点を結んでいなかった。何も見ていない。
ただ、痛烈に、張り裂けるような痛みだけが感じられた。
床に転がった鉄鍋が目に入った。
そのとき――
ミラの声を反響させた気がした。
「お兄ちゃん、大好きだよ」
ミラの笑顔、寝顔、一緒に生きてきた思い出、寄り添い合った幸せ、それらがフラッシュバックする。
ロイの目が見開かれる。
「とどめだ」
騎士が剣を抜き、ロイに振りかざす。
目の前の騎士の顔が、あの日、ミラを殺した者に重なる。
「あ……あぁ……お前が俺のミラを……!!」
胸の中に激しい怒りが立ち込めた。そしてそれは火山のように激しく噴火する。熱のような怒りが全身を駆け巡る。
ロイの肩から腕にかけて、黒い痣が光を帯びて広がっていく。皮膚の下を走る線が、筋肉を異常に膨張させる。
骨の軋む音。
「異常発熱、魔力反応上昇!?」
「距離をと……」
ドゴッ!!!
拳が一閃。騎士の兜ごと顔面を粉砕する。
次の瞬間、ロイは弾丸のように跳ね上がり、もう一人の鎧ごと、肉体を打ち抜いていく。
数分後――
家の中は静寂に包まれていた。
床には、赤と黒が混じった泥のような血と肉塊。
立っていたのはただ一人。
目の奥に何も映さず、拳から血を滴らせるロイ。
「殺された分、殺してやる。全員ぶっ殺す……!皆殺しだ」
そう言ってロイは家から姿を消した。
読んで頂きありがとうございます!あと少しで本筋のお話始まります!リアクションなどもらえると嬉しいです!