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命の天秤  作者: 葛嶋心秋
2/11

喪失がもたらした殺意

3000字程で短いですが何卒!

 雨はまだ降り続いていた。

 空は曇天に沈み、森は沈黙している。

「……あ……」

 声にならない声が漏れる。熱いものが、腹からどっと溢れた。

 ロイは膝をつき、ぐらりと前のめりに倒れた。

「お兄ちゃん!!」

 ミラの叫びが響いた。

 地面に膝をついたロイの周囲に、雨と血が混ざった赤黒い水たまりが広がっていく。

 ミラは、血を流して倒れる兄の前に立っていた。

 裸足のまま、震える肩を真っ直ぐに保ちながら。

「……お兄ちゃんは、違うんです。お兄ちゃんは人を傷つけたりしない。証明できます」

「どう証明するというのか。時間をくれとでも言うのか?」

 嘲笑するように騎士が言った。

「少し時間をくれれば、お兄ちゃんは安全なんだって証明できます。ですから、どうか、どうか兄を殺さないでください……お願いします……どうか」

 土下座をしながらミラが言った。

 その姿を見ていた騎士はその剣をギリギリと握りしめた。

 次の瞬間、感情の糸が切れたように、怒声が雷のように響いた。

「甘い!」

 ミラはビクリと肩を振るわせた。

 続けて騎士は怒りを表にする。

「もし貴様の兄が、人を殺したらどうする!一度でも、その力で人を殺せば、もう二度と戻ってこない!」

 騎士の銀色の瞳が見開く。

「その時、貴様はどう責任を取る!?謝罪で命が戻ると思うなよ!貴様が死ぬだけでは足りぬのだ!」

 ミラが立ち上がり拳を揺らしている。

「言いたい放題いって、良い気にならないで。だったら!兄の命も尊重されるべきです!」

「なんだと……!」

「まだ兄は人を傷つけていないんですよ?!人を傷つけずに生きていける。その可能性を信じることさえ出来ないのに、どうして誰かを守ることが出来るんですか?!まだ起きていない未来の事を言って、今を生きる兄の命を奪わないでください!」

 言いながらミラは涙を流す。

「私には、お兄ちゃんの全てを守る力なんてない。でも、私はお兄ちゃんを最後まで信じます」

 次に騎士は諭すように怒鳴り声を上げた。

「これは単なる個人的な恨みなどではない!世界の決定だ!だから!剣聖である、私がこの任務に選ばれた!鬼に与する者も排除対象だ。お前ごと切り捨てても良いんだぞ!最後の忠告だ、そこをどけ!私は今ここで必ずお前の兄を殺す!これはもう決まっていることなのだ!」

「私は退きません」

「分かった」

 次の瞬間、その騎士はミラを突き飛ばし、ロイに剣を突き立てた。

 二人が対話している間に傷を回復したロイは体を瞬時に起こし、ギリギリその剣を避けた。そして、落ちていた弓と矢を取り、構えた。

 構えたロイの首元に刃が迫る。避けられなかった。ぬかるみで体勢がよく整わない。回復したばかりでうまく体が動かない。構えるのが遅かった。そう思った時、ミラの体が、ロイの前に飛び出してきた。

 ミラはロイを押し倒して、身代わりになった。

 ロイの首を切るはずだったその剣は、ミラの首を切り裂いた。

「バカな女だ!」

「ミラ!!!!」

 ミラの首から血が大量に流れる。それを抑えるロイの手は震える。

「ミラ!ミラ!あぁ、なんて事だ、どうすればいい、どうすれば……!」

「お兄………………ちゃん。………………逃げ…………て」

 動揺するロイに構わず切り掛かる騎士。

「クソッ!」

 ミラを抱いて、数メートル先に飛んで回避する。

「ミラ!」

 ミラはもう既に事切れていた。肩をいくら揺らしても答えてくれない。

「そんな……ミラ、嘘だろ……」

 絶望するロイを見据えて、さらに切り込んでいく。

 視界が滲む。心臓が痛い。頭の奥で、何かが「ブチッ」と音を立てて切れた気がした。

「よくも殺しやがったな、俺のミラを……!!」

 咆哮する獣の怒り、そのものだった。

 目の前にいるのは――ミラの命を奪った、この世でただ一人の「悪」。

「よくも……よくもミラを……。ぶっ殺してやる!」

 その叫びと共に、ロイの左肩が灼けるように熱くなった。

 黒い痣が、脈動を始める。

 バギィッ!

 拳を握るだけで、周囲の空気が振動した。

 雨粒すら、拳に触れる前に弾き飛ばされるような、異様な圧が宿っている。

「やりやがったなぁ、クソ野郎がぁ……!」

 怒りと共に痣の光はより濃く、深く、そして禍々しく輝きを増していった。

 それはまるで、痣そのものが、ロイの憤怒に歓喜しているかのようだった。

「クソッ、呪いが反応してる……!早く決着をつけねば……!」

 騎士が切り掛かろうとしたその時、既にロイの拳が、騎士の目前にあった。

 咄嗟に剣で受ける。二十メートル程先まで吹き飛んで行った。

 受け身を取り、ふたたび構えるが、目の前にロイの姿

 はない。

「どこだ!」

 あたりを見回す。その間一秒。うめき声でロイの位置を掴んだ。上だ。

「あああああぁぁぁ!!!」

 ギリギリで飛んで躱す。

 ロイが殴った地面が衝撃に耐え切れず地割れを起こした。

「鬼め……!死ね!」

 地面を強烈に蹴り込む。間合いに入り込み、ロイを切り刻む。

 無数の斬撃がロイの体に刻まれ、右腕と左足が切断されて飛ぶ。だが、ほんの一秒も満たないうちに完治した。

「まずい……!これ程の再生能力……!こいつは!」

「ガァァぁぁああアァァ!!!」

 間合いに入った事が間違いであったか。ロイの渾身の一撃をくらう。剣で受けたが、砕け散り、そのまま溝落ちに拳をもらった。

「ガハッ!」

 ロイの拳は騎士の溝落ちを貫通していた。それでもまだ息のある騎士は悶え苦しんでいた。

怒りに狂ったロイが泣きながら、目を見開いて、相手の目を凝視しながら言った。

「俺の……俺のたった一人の…………たった一人の家族だったんだ…………なのに、それなのにどうして……どうしてどうしてどうしてどうしてどうして……………………!!はぁはぁ、はぁ、お前のせいだ。お前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだお前のせいだ。お前が、お前が悪い!」

 最後の言葉とともに、騎士の体がぐったりと沈んだ。

 もう、動かない。

 貫通していた腕を振り払う。騎士の死体がグシャっと投げ捨てられる。

 静寂が戻る。風が、騎士の外套を揺らす。

 その場に残されたのは血と泥とそして、殺した手の感触だった。

 すかさずロイは醜くミラのもとへと走る。

 抱く。

 嘆く。

「ミラ、ごめん、ごめんごめんごめんごめんごめん。痛かったよな、辛かったよな。お前にはいっつも迷惑かけてばっかだったよな。なのに最後まで恩返し出来ない……なんて。ごめん、ごめん、ごめん、ごめん、ミラ。本当に、すまない。俺の全て……だったのに……………………なんで守れなかったんだよ!クソ!クソ!クソ!ああああああ!」

 そう言って地面を殴る。

 どうしようもない、行き場のない、やるせない気持ちがロイを襲っていた。

 ロイにとっての全てはミラだった。確かにそうだった。妹であるミラの事を家族として、時には恋人のような存在として心から、心底、心から愛していたから。

「ありがとうも、言えずに終わんのかよ…………」

 血まみれになって抱きしめ続ける。大声を出して泣き喚き続ける。

 なんと醜く惨たらしい光景だっただろうか。

ロイの感情が爆発するところは書いてるこっちも爆発でしたよ、ええほんと。

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