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3/12

序-終. 婚約破棄!廃嫡!!追放!!!

文字数が多くなってしまいましたが、内容的に分けたくなかったのでこのまま投稿します。ご容赦ください。

翌日の午前10時頃、レオンの予想通り、王城からの遣いが屋敷にやってきた。そして、彼は父と共に王城へと赴くことになった。


 「今度は何をしでかしたのだ! レオン!」 


 「別に……」

 

 彼らの親子関係はいつも通り冷えきっている。作戦の順調な滑り出しを感じたレオンは、未だ怒鳴り続ける父を放置して執務室を後にした。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 屋敷から馬車に乗って移動する。王城に到着すると、グリフィスとレオンは城の奥へと案内された。グリフィスは馬車に乗る前から今に至るまでずっと、剣呑な視線をレオンに浴びせ続けている。

 

 彼らが案内された部屋には、既にレオンとグリフィス以外の関係者が集まっていた。

 

 部屋の中央に置かれた長机の向こう側には、エーデルシュタイン公爵家の現当主ウィリアムとその娘のリリア、公爵夫人のエミリアが座っている。


 そして、その後ろに控えるようにしてリリアの兄と姉が立っていた。彼ら彼女らの厳しい視線が、部屋に入ってきたばかりのレオンに向けられる。

 

 「エーデルシュタインの者たちよ、気持ちはわかるが抑えろ。ヴァルフォート伯爵とレオン・ヴァルフォート、そこへかけろ」

 

 長机の短辺、いわゆるお誕生日席の位置に座っているユリウス国王陛下が公爵家側にそう呼びかけると、レオンに向けられている視線の圧がいくらか減った。不機嫌そうな態度をいい塩梅に調整しつつ、彼はグリフィスと共に革張りのソファへと腰かけた。

 

 そこからはとてもテンポよく物事が進んだ。陛下が改めてレオンとリリア、そして両家の当主に婚約破棄の最終確認を行った後、契約書の原本に婚約者2人の魔力を流し込むことで、恙無く魔法契約が解除された。


 いざ始まってみれば、実にあっけない婚約の終わりであった。エーデルシュタイン公爵家の者たちは婚約の解消を泣いて喜び、リリアもどことなく安堵している様子だった。

 

 レオンはというと、終始「ふん……」と言ったり、「指図するな」などといった事を呟いたりすることで、絶妙な悪役貴族感を醸し出しながら流れに身を任せていた。作戦はなんとかうまくいっている。レオンはこの後どう隙をついて逃げるかの算段を頭の中で考えていた。

 

 「婚約破棄の件はこれで終わりだが、レオン・ヴァルフォートに関する問題がまだ残っている」

 

 王がそう言うのとほぼ同時に、レイアーク王太子と痩せ気味の中年男性が部屋へと入ってくる。レオンはその痩せ気味の男についてよく知っていた。彼の通う貴族学園の学園長であった。そして、学園長は口を開くと、これまでのレオンの悪行を確たる証拠と共に詳らかにしていく。

 

 「以上の悪行の数々、並びに普段の問題行動や差別的発言などから、レオン・ヴァルフォートは学園の生徒として相応しくないと昨日の緊急会議で判断された。よって貴様は退学だ、レオン」

 

 そして、至極当然のようにそう言った。もちろん、あらかじめそうなるだろうと踏んでいたレオンは特に驚きもせずその言葉を聞いていた。むしろ、ここが好機だと言わんばかりに僅かに頬を歪める。

 

 「ふん……退学でも何でも勝手にしろ。俺はもう帰る」

 

 ソファから素早く立ち上がり、踵を返す。ほんの一瞬だけ、リリアの方に視線のみを向けた。

 

 「すまない」

 

 吹けば容易く空気に溶けてしまいそうなほど、小さく呟く。これは今のレオンのエゴで、ただの自己満足だ。それでも、たとえ伝わらないとしても、彼女には言わなければいけないと思った。


 許されたいという訳ではない。それは、もうこれ以上彼女に関わることはしないというレオンの誓いであり、戒めでもあった。

 

 「待て! レオン!」

 

 「ヴァルフォート伯。分かっているな」

 

 「もちろんです。必ず」

 

 慌てた様子でグリフィスが追いかけてくる。身体強化の魔法を使いたいところだが、王城では王族と近衛騎士団、そして王室専属の魔道士以外は魔力を纏うことさえ許されない。


 王城に展開されている特殊な結界が魔力の制御を阻害するからだ。先ほど契約書に魔力を流すことが出来たのは、一瞬だけ結界の効果対象から除かれていたためだ。


 つまり、レオンと同様に、グリフィスも今は身体強化魔法を使えない。いち早く駆け出したアドバンテージをさらに広げるように、彼は来た道を引き返していく。

 

 先ほど部屋を出る際に聞こえた公爵とグリフィスのやり取りは、レオンの耳には次のように聞こえていた。

 

 『ヴァルフォート伯。分かっているな(必ず落とし前をつけさせろ)』

 

 『もちろんです。必ず(もちろんです。必ず)』

 

 「早く逃げないと……」

 

 グリフィスの言葉だけは意訳しても何も変わらなかったが、確実にレオンを始末しようとしているのは確かだ。何しろ公爵の目が本気だった。


 それに契約が解除された瞬間、満面の笑みとともに額の青筋がピクピクと動いていた。うれピクだ。レオンは前世も含めた人生の中で、初めて恐怖と笑いが同時に込み上げてくる経験をした。

 

 益体の無いことを考えながらも足を動かす。城のエントランスまで来た。できれば裏口なりなんなりから外へ出たかったが、あいにくとレオンは城の内部構造をしっかりと把握している訳では無かった。


 ならば仕方が無いとエントランスを抜けて、正門から堂々と入り組んだ路地へ飛び込むのみ。敷地外へ出れば魔力も使えるようになる。レオンはラストスパートをかけるように足を振り上げ、そしてついに――

 

 「いけませんぞ、坊ちゃん」

 

 エントランスの扉を抜ける直前、突然横合いからかけられた聞き覚えのある声が、レオンの耳朶を打った。その瞬間、彼の体が膝から崩れ落ちる。顎の辺りにヒリヒリとした痛みを感じた。


 一瞬の内に顎を強く撫でられたことで脳が揺さぶられ、軽い脳震盪を起こしてしまったのだ。遠ざかる意識の中、ヴァルフォート伯爵家の家令を務める老人の、恐ろしく無機質なガラス玉のような瞳だけが、レオンをただじっと見つめていた。

 



◆◆◆




 「……っ」

 

 「ようやく目覚めたか」

 

 レオンが目を覚ますと、そこは薄暗い部屋の中だった。目の前には苛立ちと喜色が混ざったような笑みを浮かべるグリフィスがいる。レオンは椅子に縛りつけられており、魔力を操作しようと試みるが、全く思いどおりにならない。


 恐らく王城にあった結界に似た何かが、魔力の制御を阻害しているのだろう。よくよく部屋を観察すると、鉄格子のようなものが見えた。ここは牢屋なのだろうか。

 

 「ここは……」

 

 「屋敷の地下牢だ。私しか知らない」

 

 返答を期待しての呟きではなかったが、グリフィスは自慢するようにレオンに答えた。今日は機嫌がいいらしい。きっと、ようやく目の上のたんこぶのような存在を始末できるということで、少しばかり気分が浮ついているのだろう。

 

 「トランクの中を見たが、家を出るつもりだったのか。妙なところで頭が回る」

 

 そう言いながら、レオンが昨日荷造りしたトランクを持ち上げて左右に軽く振ると、それを身動きの取れない息子へと投げつけた。

 

 「ぐっ……!」

 

 「お前は廃嫡だ、レオン。跡継ぎには弟のライガを立てる。そして、ライガが受け継ぐ我がヴァルフォート伯爵家にお前は不要だ。出ていけ」

 

 「ならこれを解けよ」

 

 「黙れ。誰が口を聞いていいと言った」

 

 左頬に鈍い痛みが走る。殴られた。頬の内側に鉄錆の風味が広がる。

 

 「さて、なんだったか。そうだ、追放の話だな。私は思った。お前のことをこのまま追放するのが果たして本当に正しいのだろうかと。お前のことだ、十中八九どこへいっても悪事をはたらき、伯爵家の悪名を世に広めかねない。ならば、ここで終わらせてやるのが親の責任というものだろう。なぁレオン。お前は最近、いつも咳き込んでいたな。王都ではここ数日、流行病が蔓延しているらしいではないか」

 

 真っ赤な嘘である。レオンが唯一グリフィスの言葉に賛同できる部分があるとすれば、伯爵家の悪名を世に広めかねないと言った部分だろう。


 前までの彼であれば、確かに何かとんでもないことをやらかしていただろう。他でもない自分自身が保証する。だからといって、グリフィスの言動全てを認めることは出来ない。

 

 レオンは己の命が風前の灯火であるということを嫌という程感じた。とにかく時間を稼がなければ。考える時間が欲しい。

 

 「そんなに殺したいなら、なんでさっき殺さなかった。どうとでもできただろ」

 

 先程、レオンが家令に気絶させられている間にグリフィスは息子を殺せたはずだ。なのにそれをしなかった。

 

 リリアと婚約している間、レオンを殺さなかったことは理解できる。公爵家との繋がりとはそれほど大きな意味を持つのだ。


 逆に、公爵家が積極的にレオンの排除に動かなかった理由は、未だによく分からない。とにかく彼は、父の不自然な行動が理解できなかった。

 

 「……情けをかけてやったのだ。お前のような救いようのないゴミでも、自身の死ぬ理由を知るぐらいの権利はあるだろう。さて、これ以上は無駄口だな」

 

 魔力の密度が高まる。稼いだ僅かばかりの時では、妙案のひとつも浮かばない。自分はまた死んでしまうのだろうか。一度そう考えてしまうと、レオンの心は恐怖で満たされていく。


 身体から命の温もりが失われていくあの時の感覚は、もう二度と味わいたくなかった。死にたくない。どうしてこんな目に遭わなければいけないのか。俺は、レオンは、言って欲しかっただけだ。ただそれだけで良かったのに。

 

 グリフィスの魔力がうねる。膨大な魔が彼の魂の輪郭をなぞり、注がれる。それは貴族が貴族たる所以を顕現するための儀式であり、彼だけに許された固有魔法を行使するための行程であった。


 かくして、その魔法は成された。残るはその名を詠むことだけだ。彼は厳かに、愚かな息子を屠る神秘の名を呟いた。

 

 「【陰る影光の処……(シェイド・)】」

 

 「やめたほうがいいですよ。父上」

 

 鉄格子を乱暴に蹴破る音が響く。今まさに無数の影の茨に刺し貫かれそうになっていたレオンは、予想外の人物の登場に衝撃を隠せなかった。

 

 「どういうことだ! ライガ!」

 

 処分を遂行できなかった父がライガを鋭く睨めつける。父の視線を真っ直ぐ受け止めたレオンの弟は、その中性的な容貌をいたずらっ子のようにして微笑んだ。レオンとは異なる黄金色のくせっ毛が、陽光に照らされる稲穂のように揺らめいている。

 

 「どうにもこうにも、僕の固有魔法()が兄さんをここで殺すのは良くないと言っているんですよ」

 

 そう言うと、ライガが先程から笑みの形に細めていた目を見開いた。普段ならば、王国の豊かな海にも例えられるほど美しいマリンブルーのその瞳が、鮮血を直接注ぎ込まれたような恐ろしくも美しい赤色に染まっている。


 さらによくよく彼の瞳を見れば、幾千もの幾何学模様が複雑に絡み合い、蠢いている様子を窺うことができるだろう。

 

 レオンは知っている。ライガの固有魔法が先を視ることに特化しているということを。そして、その精度が異様に高いということも。特に彼自身が関与する事象においてはほぼ100%と言っていいほど当たるのだ。


 父もかつて、ライガの助言を事業に反映し忘れた際に、手痛い損失を被ったことがある。それ以来、父は弟の固有魔法をより重要視するようになっていた。

 

 「それは本当なのか?」

 

 「僕が父上に嘘をついたことがありましたか? ここで兄を殺せば、取り返しのつかないことになる可能性が高いです」

 

 「それは、誰にとっての取り返しのつかない事なのだ」

 

 「その部分ですが曖昧なのです。こんなことは僕も初めてですよ。強いて言うならみんなにとって、でしょうか」

 

 ライガは手に持っていたナイフでレオンを縛り付けていた縄を解体すると、一枚の紙切れを取り出した。それはレオンにとってはとても馴染み深いものだった。

 

 「魔法契約書?」

 

 「はい、そうです。兄さん、契約を結びましょう。内容はそうですね……こんなところでどうでしょうか」

 

 1. 今後一切、レオン・ヴァルフォートは家名を名乗らないこと。

 

 2. 認知不足の場合を除き、今後一切、レオン・ヴァルフォートは能動的に伯爵家に関与しないこと。

 

 3. ヴァルフォート伯爵家及びその係累は、今後どんな形であってもレオン・ヴァルフォートに一切関与しないこと。

 

 4. 契約解除のための接触を試みる際にのみ、1ー3の項目の内容は無効化される。

 

 5. 契約解除のための接触に関する行動が可能である者は、レオン・ヴァルフォート及びヴァルフォート伯爵家当主のみに限定される。

 

 契約解除条件:『自由意志を保障されたレオン・ヴァルフォート並びに、ヴァルフォート伯爵家当主の意思のみによって契約解除が成される』

 

 「ふむ」

 

 契約書を吟味する。内容はかなりレオンに配慮されたものになっていて、正直いってかなり有利だ。本当に大丈夫なのだろうか。少し不安になってくる。

 

 「俺としては申し分ないんだが、本当にいいのか?」

 

 「はい。今後を考えるとこれしかありません。父上もこれでいいですよね?」

 

 「………………………………好きにするがいい」

 

 長い葛藤の後、グリフィスはとても忌々しそうに吐き捨てると、これ以上ここには留まりたくないといった様子で地下牢を後にする。そして、薄暗い鉄格子の内側にはレオンとライガのみが残された。

 

 「さぁ、僕たちも行きましょうか」

 

 「あぁ」

 

 レオンは床に投げ捨てられたトランクを拾い、中身を手早く確認すると、ライガの後に続く。どうやら地下牢は庭にある離れの床下にあるようだった。


 煤と埃で汚れた体を月明かりが照らし出す。もうすっかり夜も更けてしまっていた。今から王都を出て夜の街道を歩くのは、自殺行為に等しい。

 

 「もうこんな時間ですか。出発は明日の朝にした方が良いでしょう。屋敷に戻りますか?」

 

 ライガがそんなことを聞いてくる。我が弟ながら、コイツは何を言っているのだろうか。


 もし親に殺されかけた後に、親が生活している家で寝られるような人間がいたら、そいつは神経が図太いのではなく、神経がそもそも存在していない可能性の方が高いのではないかとレオンは思った。今最も神経の有無が疑わしい存在が、彼の目の前でニコニコしている。

 

 「ライガって神経通ってる?」

 

 「太さはともかく、神経の有無を確認されたのは初めてですね。もちろん、ちゃんとありますよ」

 

 「なら良かった。俺は王都の宿で寝るよ。この時期なら貴族御用達のところはスカスカだしな」

 

 「そうですか。ならここで契約書に魔力を流しましょう」

 

 紙切れを2人で持ちながら向かい合う。既に弟の瞳は、美しい海色へと戻っていた。

 

 「なぁ、ひとつ聞いてもいいか」

 

 「はい、なんでしょうか?」

 

 「何で助けた。俺はお前にも冷たかったはずだ」

 

 「それはさっきも言ったでしょう。兄さんがここで死んだらこま――」

 

 「それ嘘だろ。お前の瞳の中にある模様、傾ききってなかった。俺をここで殺さないことで、これから先に現れる影響は僅かだったはずだ」

 

 ライガが大きく目を見開く。彼のこんな顔をレオンは今まで見た事がなかった。それと同時に、いつもニコニコしている彼に一泡吹かせてやったという謎の達成感を感じた。

 

 「びっくりしました。意外とちゃんと見てるんですね。そうです、正直言ってここで兄さんを殺さないことで得られる『有利』は僅かと言ったところです」


 「じゃあ……なん――」

 

 「大前提として、僕は兄さんが好きでも嫌いでもありません。正直、貴族なのに固有魔法を持たない人間が、どのような挙動を示すのかについて気になっているだけです。そこに好悪はありません。あ、世間一般の共通認識として兄さんは最低の極悪人です。そこはちゃんと分かっていますよ」

 

 「返す言葉もございません」

 

 突然弟から浴びせられた毒にメンタルを削られつつも、レオンは彼の言葉に耳を傾けた。

 

 「ですが……そうですね。もし目の前に、自分だけが触れられる、今にも壊れてしまいそうな天秤があるとするのならば、治してより良い方に傾けたいと思ってしまうのは、そんなにおかしなことなのでしょうか」

 

 その言葉に、今度はレオンが目を見開くこととなった。いつも何を考えているのか分からなかったが、そんなことを思っていたとは。


 人やモノをより良い方向に傾くかどうかで見るその価値観はとてもドライで、人の感情を無視したような考え方はどこかで致命的なトラブルの原因となってしまう可能性が高い。


 しかし、未来を良くしたいというその純粋な願い自体は、行き過ぎたものでない限り、称賛されて然るべきモノだろう。少なくとも、レオンはそう信じている。

 

 「いや、おかしくないだろ。誰だって未来は良いものにしたいと願ってるさ。でも、あんまり遠くだけ見てるのも良くないぞ。人にはどうにもできない感情っていうモノがあるんだからな」 

 

 「初めて兄さんから兄らしいことを聞きました。これまでの悪行に目を瞑ればとても素晴らしい助言ですね。ありがとうございます。これから気を付けてみましょう。では、そろそろ魔力を込めましょうか」

 

 「あぁ」

 

 思いの外話し込んでしまっていたようで、月は既に西へ傾き始めていた。契約書に走る魔力光が、2人の顔を泳いでいく。すると、原本から浮かび上がるように契約書の写しが2枚現れた。


 レオンは片方を取り、弟に背を向けて歩き出す。既に契約は始まっている。屋敷の正門を見上げると、様々な記憶が彼の脳裏を過ぎ去っていく。そのほとんどが、レオンにとっては苦いものであった。

 

 だが、その中に一つ、たった一つだけ楽しい思い出があった。それは、幼い頃のレオンの誕生日会。彼の固有魔法の有無を確認するずっとずっと前のこと。

 

 『今日はレオンの大好きなチョコレートのケーキを作ったの。とっても美味しそうでしょう?』

 

 朗らかに笑う母の笑顔が好きだった。

 

 『レオンももう3歳か。将来が楽しみだな』

 

 不器用な手つきで、いつも優しく頭を撫でてくれる父のようになりたいと思っていた。

 

 誕生日会は順調に進み、みんなでバースデーソングを歌った。

 

 『おとうさま、おかあさま。ありがとう! だいすき!』

 

 『ふふ。私もレオンのことが大好きよ。ほら、貴方も恥ずかしがらないで』

 

 『わ、私はいつも態度で示しているからわざわざ言わなくてもいいだろう』

 

 『もう、この人ったら』

 

 幸せな笑い声が響き渡る。それは、どこにでもある、暖かな家族のカタチ。


 なぜ、今まで思い出せなかったのだろうか。


 どこで歪んでしまったのだろうか。


 レオンの頬を透明な何かが伝っていった気がした。それら全てを振り切るように足を早める。


 夜空に浮かぶ月だけが、彼の背を慈しむように照らしていた。


 レオンはもう、後ろを振り返ることはしなかった。

 

 

 

◆◆◆

 

 


 兄の背中を見送る。ライガはたった一日で人が変わりすぎた兄、レオン・ヴァルフォートについて考えようとした。

 

 「ぐっ……!」

 

 その瞬間、彼の両目がズキリと痛んだ。つい閉じてしまったまぶたを開くと、その瞳は赤く染まっていた。


 ライガの固有魔法は、普段は自由にオンオフを切り替えられるのだが、たまに本人の制御から外れて勝手に発動してしまうことがある。そして、そんな時には決まって良くない傾きが現れるのだ。

 

 今度はどのくらい傾いてしまったのかと、彼は瞳の中の幾何学模様に意識を集中させる。そして、ニヤリとその頬を歪めた。

 

 「兄さん。どうやら僕は間違っていなかったようです」

 

 その天秤は『僅かに有利』から『有利』の方へと少しずつ傾き始めていた。

レオン:16歳

ライガ:14歳


次から第1章です。引き続きよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
3話(序章-終)まで読ませていただきました。 まず、僕は婚約破棄されるのが男側という作品をあまり読んだことがなかったので、新鮮でした。転生の表現、解釈も独自で面白かったです。 地の文もしっかりしてい…
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