第101章 そして、地球へ
2290年6月の恒星間天体マオのインパクトに直面し、第4次世界大戦を生き延び、国際連邦の保護下にいる地球人民約1億のうち、5%の500万人が選抜され火星へ向かうことになり、残りの9500万人には安楽死処置 (「ターミナル・ケア」)が施されることになった。その結果人口は、国際連邦本部のある月の約100万と、移住者を受け入れた火星の約600万、合わせて約700万にまで減少することになった。
主な登場人物
オガワ・マモル:第6部の主人公、2287年、8歳の時に選抜されて火星へ向かう途中で、1つ年下のミユキと仲良くなった。学士号を2つとC級航宙士の資格取得し、連邦の地球調査ミッションのメンバーに登用された
ホシノ・ミユキ:第6部のヒロイン、マモルと同じプレインで火星へ向かった、15歳で火星の音楽コンクールのピアノ部門1位、一躍トップピアニストになった、アカデミー前期課程に進学
事務長さん:火星へ向かう便の事務の責任者で、到着後はマモルたちが暮らす居住区の副区長を務める
ニシノ・アンナ:火星生まれのプライマリースクール教員、マモルの6年次の担任で、卒業後もいろいろと相談に乗った
リチャードソン船長:デイヴィッド・カール・リチャードソン、国際連邦所属のベテラン航宙士、マモルとミユキが中継点の月から火星へ向かう便の船長
アーウィンのおじさん:アルバート・アーネスト・アーウィン、マモルの母親のミヤマ・ヒカリの国際連邦での上司
ママ:ミヤマ・ヒカリ、マモルの母親、ネオ・トウキョウで2289年6月末に施されたターミナル・ケアを生き残り、大陸に渡って巡り合った従兄のダイチたちと、民衆を避難されるプロジェクトの幹部として活躍した
ダイチおじさん:ミヤマ・ダイチ、ヒカリの従兄で、旧中国の長江流域に居住する国際連邦管理下にない民衆のリーダーの一人、避難させるプロジェクトを率いる立場を務め、同僚を庇って命を落とした
2月24日の朝、副区長さんが立ち会って、ボクの部屋の認証解除処理がされた。
ミユキとニシノ先生が、カートの乗り場まで見送りに来てくれた。荷物は、といってもあらかたの物は処分したから、大きな荷物ではなかったけれど、前日のうちに発送していた。その日手にしていたのはカバン一つに収まった貴重品と、身の回りのものが少し。
カートが到着した。
「じゃあ、お元気で。あまり無理しないでね」とニシノ先生。
「ありがとうございます。今日まで本当にお世話になりました」
「これからも何か私にできることがあれば、頼ってくださいね」
そしてミユキ。
「じゃあ。MATESちょうだいね」
「ああ。ミユキも」
ボクとミユキは握手をした。
一流ピアニストである彼女の、その長い指の感触が伝わってくる。
カートに乗り込んだボク。動き始めると振り返って手を振った。手を振る二人が、どんどん小さくなっていく。
20分ほどで、トランの駅に着く。航宙士養成校に通っていた頃は、片道1時間かけて列車通学をしていた。今回のミッションが出発するプレインステーションへは、6時間かかる。これだけ長時間トランに乗るのは初めてだった。
16時にステーションに着いた。集合時刻は18時。早めだったが、調査ミッション専用の登録カウンターが開いていたので、名前を告げ、PITを提示し、登録手続きをした。
18時にミッションメンバー20人が揃った。リーダーと副リーダーが前に立ち、リーダーから短く訓示。その後スペースプレインに乗船。別送品が搭載されていることを各自確認すると。船内で最初の食事。そのまま一晩船内で過ごす。
翌朝9時から、月までの簡単なオリエンテーション。各自研究ミッションが与えられ、定期報告をする。それからトレーニング。航宙士資格を持つ者は、交替で、操縦席で見学する。
2298年2月25日12時定刻、スペースプレインはステーションから飛び立った。ボクは「育ちの故郷」である火星を後にし、「生まれ故郷」の地球へ向かった。
航宙士養成校のシミュレータで体験したようなトラブルに見舞われることなく、月への航行は順調だった。ボクは課題をこなし、時々操縦席で計器のチェックをさせてもらい、トレーニングをし、よく食べよく眠り、船内での生活を過ごした。
7月にミユキはアカデミー前期課程の2年次に進級した。中期課程では音楽と教育学を専攻することに決めたとのこと。「音楽の先生ということかな?」とボクはもらったMATESに返信した。
約14か月の航行を経て、調査ミッションメンバーを乗せたスペースプレインは、2299年4月15日に月のスペースステーションに到着した。2週間の休養期間をとって、地球へ発つのは4月30日と告げられた。
ボクは、リチャードソン船長とアーウィンのおじさんに連絡して、会う約束をした。
リチャードソン船長とは4月18日の夜に、ご自宅に招かれてお食事をいただいた。50台になられた船長は、航宙士養成校の副校長をされている。
【しかし、あの少年がこんなに立派な大人になるとはなあ】
「まだ19歳の、青二才ですけど」
【とんでもない。その歳で地球調査ミッションに選ばれるとは、たいしたものだよ】
「ありがとうございます」
【キミもがんばったが、ミユキさんも随分とがんばっているねえ】
「彼女がこれだけのピアニストになれたのも、船長にお心遣いいただいたからです。彼女に代わって、お礼申し上げます」
【私はただ、ピアノをがんばっている少女に、ささやかな手助けをしただけさ。彼女のがんばりがすべてだよ】
アーウィンのおじさんとお会いしたのは、4月21日の夜。連邦中央オフィスの近くのレストランでお食事をいただいた。
【しかし君とは、これが初対面、という気が全然しないなあ】
「本当にいろいろとお世話になりましたから」
【やはり、ヒカリ君の面影があるね】
アーウィンのおじさんは、マオのインパクトの前に、ママたち46万人とは別に地球上に残された人々を探し出して、レフュージに避難させるプロジェクトの責任者として活躍された。50台後半になられた今は、連邦統治委員会で、マザーAIの活動を監視する第二監察局を担当する委員を務めておられる。
話は、ケアされたはずだったママが、生きていたことがわかったときのことになる。
【実はネオ・トウキョウからのモニター情報で、ケア直後にヒカリ君が生きていて、マリンビークルでネオ・シャンハイに向かっているらしいことは、わかっていたんだ】
「へえ。そうなんですか」
【コンタクトを取ろうとしたが、いったん拒絶される形となった。連邦に申し出ると、マザーAIに無茶なお裁きを受ける可能性があったので、慎重になっていたんだと思う。だから私は、彼女のほうから連絡が来るのを待つことにした】
「そうだったんですね」
【そのうち彼女は大陸で、いとことその仲間に出会い、自分たちで活動を始められる基盤ができた。そして私にコンタクトがあった】
「8月ですね」
【そうだ。最初にヒカリ君の生存を知ったときから、君にどのタイミングで話をするか考えた。結局、彼女と連絡がついて生存が確実になって、彼女の意向を確かめてからにすることに決めたんだ。あやふやな段階で君に下手に伝えると、かえってよくないと考えた】
【しかし、ダイチ君のことは残念だったね。君にとっても親族だから】
「はい。お姿はママからのMATESで拝見していましたが、できることならお会いしたかったです」
【とにかく真面目でね。責任感が強くて謙虚で、血筋の良さを感じさせる聡明な人物だったよ】
「仲間の人を救おうとして、身代わりになって亡くなられたとか」
【そのことについては、ヒカリ君に会ったら直接聞くといいよ】
「はい。そうします」
【君がネオ・トウキョウで、ヒカリ君がネオ・シャンハイなら、お隣みたいなものだよね】
「ええ。でも最初のうちは、ミッションの仕事が大変で、それどころではないと思います」
【ダイチ君のように、人間、何が起こるかわからない。会えるタイミングを作って、会えるうちに会っておくほうがいいと思うよ】