表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/14

第100章 星座の先のエピローグ

2290年6月の恒星間天体マオのインパクトに直面し、第4次世界大戦を生き延び、国際連邦の保護下にいる地球人民約1億のうち、5%の500万人が選抜され火星へ向かうことになり、残りの9500万人には安楽死処置 (「ターミナル・ケア」)が施されることになった。その結果人口は、国際連邦本部のある月の約100万と、移住者を受け入れた火星の約600万、合わせて約700万にまで減少することになった。


主な登場人物


オガワ・マモル:第6部の主人公、2287年、8歳の時に選抜されて火星へ向かう途中で、1つ年下のミユキと仲良くなった。アカデミー前期課程を卒業、学士号を2つ取得し、C級航宙士の資格もとった

ホシノ・ミユキ:第6部のヒロイン、マモルと同じプレインで火星へ向かった、15歳で火星の音楽コンクールのピアノ部門1位、一躍トップピアニストになった、アカデミー前期課程に進学

ニシノ・アンナ:火星生まれのプライマリースクール教員、マモルの6年次の担任で、卒業後もいろいろと相談に乗った

アーウィンのおじさん:アルバート・アーネスト・アーウィン、マモルの母親のミヤマ・ヒカリの国際連邦での上司

リチャードソン船長:デイヴィッド・カール・リチャードソン、国際連邦所属のベテラン航宙士、マモルとミユキが中継点の月から火星へ向かう便の船長

ママ:ミヤマ・ヒカリ、マモルの母親、ネオ・トウキョウで2289年6月末に施されたターミナル・ケアを生き残り、大陸に渡って巡り合った従兄のダイチたちと、民衆を避難されるプロジェクトの幹部として活躍した

事務長さん:火星へ向かう便の事務の責任者で、到着後はマモルたちが暮らす居住区の副区長を務める

ダイチおじさん:ミヤマ・ダイチ、ヒカリの従兄で、旧中国の長江流域に居住する国際連邦管理下にない民衆のリーダーの一人、避難させるプロジェクトを率いる立場を務め、同僚を庇って命を落とした

 年が明けて早々の2298年の1月2日、18歳のボクは、連邦の「地球調査ミッション」にアプライした。履歴書、志望理由の動画、学位証明書、C級航宙士認定書。必要書面等のデータを添付したフォームをウェブ提出する。2月に火星を発つミッションの募集締め切りにギリギリ間に合うタイミングだった。本来なら身体能力測定があるのだが、直近に認定されたC級航宙士資格があるので、免除となった。

 出願倍率は3倍弱。航宙士有資格者が有利と言われていたが、落ち着かない気持ちで発表日を待った。

 1月25日の夕方に、選考結果が届いた。

 20人のミッションメンバーに選ばれた! しかも配属がネオ・トウキョウ。シャンハイのすぐ近くだ。

 さっそくミユキに報告しようとしたら、アカデミーの授業があってまだ帰っていなかった。直接伝えたかったので待つこととした。

 地球に行く方法について教えてくださった、ニシノ・アンナ先生を訪ねてプライマリースクールに行き、選考結果を伝えた。

「すばらしい。目標を見失わずによくがんばりましたね」と先生。

「でもこれは、一つの通過点ですから。これからが本番ですね」

「はい。がんばります」

 それからアーウィンのおじさんとリチャードソン船長にMATESで報告。

 お二人とも「地球に行くには月を経由するから、是非会おう」と言ってくださった。

 それから、ママにMATESで報告しようとしていたところに、ミユキが戻ってきた。

 彼女を夕食に誘って、二人でカフェテリアに行った。食事を載せたトレイを持って、テーブルに隣り合わせに座る。

「ミッションに選ばれた」とボクはPITで通知を見せてミユキに言った。

「やったね。おめでとう」とミユキ。

「出発はいつ?」

「2月25日」

「あと1ヶ月だね」

「そうだね」


 しばらく黙って食べていたミユキが、ポツリと言った。

「そうか…マモルは、ママに会えるようになるんだ」

「うん…ボクはネオ・トウキョウをベースに活動するから、ネオ・シャンハイのママとは別の場所だけど」

「どれくらい離れているの?」

「プレインで2時間くらいらしい」

「じゃあ、その気になったらいつでも会えるね」

 食事がすむと、二人でラウンジに行った。ミユキがグランドビアノのチェアに腰かける。ボクは高音の鍵盤の側に立って、ピアノの縁に腕を置く。

 いろいろな曲の一節を小さな音で、次から次へと弾くミユキ。17歳になっていた彼女は、初めてここでピアノを弾いたときから随分と大きくなった。体格も、そして全身から放つオーラも。ピアノに「しがみついている」という感じだった彼女が、今では完全にピアノと一緒になって共鳴している。

 一通り弾き終わると、ミユキはボクに顔を向けて言った。

「寂しくならないって言ったら、嘘になる」

「ボクだって…」

「ママに会えるようになるマモルが、羨ましい。そしてわたしは、マモルに会えなくなる」

 そう言うと、ミユキはしばらく黙ってからこう言った。

「ピアノに打ち込んだのは、パパとママとの思い出を、悲しい色にしたくなかったから」

「…」

「最近やっと、楽しい色で思い出すことができるようになった。だから、わたしは大丈夫。先生、アカデミーの友だち、応援してくれる人たち、いろんな人たちがいる」

「…ボクは、いろいろな人たちに会えなくなる。ニシノ先生。ハイスクールやアカデミーや養成校の先生。友だち…そして誰よりも…」

 一呼吸おいて続ける。

「ミユキ…」

 そう言ってボクは、ミユキの瞳の奥をじっと見つめた。ミユキもボクの目に真っすぐに視線を向けた。

 しばらく見つめ合うと、少しだけ視線を逸らして、ミユキが言った。

「実はね、わたしがアカデミー中期課程に行って修士号を取ろうと思っているのは、地球に行くことができないか考えているからなの」

「そうなんだ」

「わたしの場合航宙士は無理だから、どのカテゴリであれ、修士号2つが必要だよね。いつになるかわからないけれど、地球でマモルのママに会えればいいな、と思っている」

「わかった。そうすれば、ボクたちもまた会えるようになるね」

 彼女はピアノを弾き始めた。

 ウォーレ・ソワンデのセレナーデ。彼女がコンクールの本選で自由曲として演奏した曲だ。その後のリサイタルでも何度も取り上げている曲。ナイジェリアで活動したこの作曲家がこの曲を書いた時代は、23世紀初頭、人類を破滅に追いやる全面戦争の足音が聞こえる暗い時代。彼も第四次大戦に巻き込まれて、命を落とすことになる。そんな背景を知って聴くこの曲の、どこまでも甘く、麗しい旋律は、何度聴いても切なく、悲しく響いた。


 ボクがミッションで旅立つ25日の5日前の日曜日に、ボクのハイスクールのときからの友だちが、壮行会を企画してくれた。夕方以降のラウンジを貸し切りにしてもらって、カフェテリアからのケータリングとドリンクでひとときを過ごした。

 ニシノ・アンナ先生。ハイスクールで履修科目の調整をしてくださった先生。アカデミーの指導教官。航宙士養成校の教官。ハイスクールの友だち。アカデミーの友だち。火星と月の往復シミュレータ訓練のときのパートナー。かつて「事務長さん」だった副区長さん。ミユキのピアノの先生。ミユキのアカデミーの友だち。演奏家仲間…

そして…ミユキ。

 合わせて60人くらいが集まってくれた。

 ニシノ先生の短いスピーチののち、乾杯。

 なごやかな日曜のゆうべのひととき。ボクは来てくれた人たちの間を回って言葉を交わす。ミユキの友だちが「ミユキの、大好きなお兄ちゃんにお会いできて嬉しいです」と言うと、隣にいたミユキが、はにかむような素振りを見せた。


 一通り全部の人と言葉を交わしたところで、企画してくれた友だちがマイクで話した。

「ご歓談のところですが、ここで、音楽を楽しみたいと思います。ホシノ・ミユキさん。よろしく」

 指名されたミユキが、グランドビアノに向かった。渡されたマイクで簡単に曲紹介。

「2曲ご披露します。1曲目は、マモルのお気に入りのピアノ曲、ベートーベンのピアノソナタ第30番から第一楽章です」

 この曲の中でも、ボクが一番好きなのが第一楽章。特に再現部で第二主題が奏でられる部分だ。何度聴いても体にじわんと感動が走る。

 4分ほどの演奏が終わり、会場から拍手が巻き起こる。いったん立ち上がって礼をすると、ミユキはマイクを渡されて次の曲の紹介をする。

「次は、ポピュラーの曲をお届けしたいと思います。地球でいま大人気のバンドの曲です…うまくできるか、恥ずかしいのですけど、弾き語りに挑戦します。それでは、北斗七星の『星座の先のエピローグ』」…


---------------------------------------------



さあ 遠くへゆこう

蒼い風にのって

さあ どこまでもゆこう

星空の果てへと


過ぎ去る季節を

ひとり見送り

そして

永遠とわの彼方へ

想い届けて



そう 行き着く果てに

物語は終わり

そう そしてその先に

追憶が始まる


仄かな未来は

夢のまにま

そして

瞬く時間とき

星の合間に


光 溢れ出る

星座の先のエピローグ



---------------------------------------------


 彼女の歌声を本格的に聴くのは、ボクも初めてだった。透明感のあるメッツォ・ソプラノ。決して豊かな声量ではないけれど、抑揚がしっかりとした、情感溢れるパフォーマンスだった。へ長調のこの曲の最高音は1オクターブ上のへ音。音域的には少しきつそうだったけれど、しっかりと発声していた。何度も練習したんだろうと思う。


---------------------------------------------



ひとり 仰ぎ見る

星座の先のエピローグ


そして

過ぎ去る季節を

そっと見送る

だから

届けておくれ

星の合間に



---------------------------------------------


 後奏が終わる。残響が消えて、しばらく余韻に浸る。そして少しずつ拍手が鳴り始め、やがて大きな拍手の渦となる。しばらくピアノの前に立って拍手に応えていたミユキ。

 パフォーマンスを終えて、ミユキがボクのところにやってきた。

「とってもよかった。ベートーベン、耳に刻み込んだから」

「ありがとう。弾き語りは?」

「今日の60人は、ホシノ・ミユキの貴重な弾き語りに立ち会えた、栄えある60人だね」

「そんな、とてもご披露できるようなレベルじゃないんだけど」

「北斗七星の本拠地はネオ・シャンハイ。バンドのリーダーと、ママが知り合いらしい」

「じゃあ、地球に行って、ライブ演奏を聴けるといいね」

 壮行会は、2時間経った頃から人が帰り始め、2時間半経った頃にお開きとなった。


 片づけが終わると、ボクとミユキは並んで廊下を通って、自分たちの部屋に向かった。

「こうやって並んで部屋に行くのも、もうあとしばらくだね」とミユキ。

「出発前日には部屋を引き払って、月へ向かうスペースプレインに乗るから」

 ミユキの部屋の前まで行って、ボクたちは向き合った。

「今夜は楽しかった」とボク。

「わたしも」

 ミユキの部屋のところまで一緒に行った。

「それじゃあ、おやすみ」とボク。

「…お願いがあるの」とミユキ。

「なに?」

「『おやすみのキス』をしてくれるかな」

 ボクはしばらく黙った後、こう言った。

「…じゃあ、おでこだね」

 17歳のミユキの身長はコンクールの頃から少し伸びて150センチ。ボクは180センチを超えていた。身長差30センチをカバーするために、ボクは前のめりになって、顔を彼女の顔に近づけた。彼女が目を閉じる。


 彼女のおでこに、ボクの唇が触れた。

 そのまま5つ数えた。


 唇をおでこから離した。

「…おやすみ。マモル」

 そう言うと彼女は自分の部屋の扉を開けて、中に入った。

 ボクは、もうすぐ自分の部屋ではなくなる部屋の扉を開けて、中に入った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ