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第106章 昼下がりのセメタリ―

2290年6月の恒星間天体マオのインパクトに直面し、第4次世界大戦を生き延び、国際連邦の保護下にいる地球人民約1億のうち、5%の500万人が選抜され火星へ向かうことになり、残りの9500万人には安楽死処置 (「ターミナル・ケア」)が施されることになった。その結果人口は、国際連邦本部のある月の約100万と、移住者を受け入れた火星の約600万、合わせて約700万にまで減少することになった。


主な登場人物


オガワ・マモル:第6部の主人公、2287年、8歳の時に選抜されて火星へ向かう途中で、1つ年下のミユキと仲良くなった。学士号を2つとC級航宙士の資格取得し、連邦の地球調査ミッションのメンバーに登用され、ネオ・トウキョウをベースに活動している

ホシノ・ミユキ:第6部のヒロイン、マモルと同じプレインで火星へ向かった、15歳で火星の音楽コンクールのピアノ部門1位、一躍トップピアニストになった、アカデミー中期課程で修士号を2つ取得したのち、地球コミュニティー支援メンバーに登用され、シャンハイへ赴任した

高儷:(ガオ・リー)ネオ・シャンハイでの最後のターミナル・ケアの生き残り、ダイチ、ヒカリたちの仲間に加わり、民衆を避難させるプロジェクトで活躍、今はシャンハイの自治組織の幹部職員、傷ついたカオルを引き取り、パートナーとしている

ジョン・スミス:ドイツ人、電気電子修理工房を営んでいたが、店を閉店、民衆を避難させるプロジェクトに加わった、今は小さな電気修理工房を営む

ヤマモト・カオル:中国名は李薫 (リー・シュン)ダイチたちと幼馴染、自治組織のリーダーの一人、民衆を避難させるプロジェクトで活躍、亡くなったフィアンセのサユリに瓜二つのヒカリの出現に心乱され、ダイチに庇われる形で一命を取り留めたが、心に大きな傷を抱えた

張子涵:(チャン・ズーハン)ダイチの幼馴染で、元物流業者、ヒカリらとともに、民衆を避難されるプロジェクトの幹部として活躍、今は物流を中心と知ったビジネスを手掛けている

ミヤマ・マモル:中国名は楊守 (ヤン・ショウ)ヒカリとダイチの祖父、第四次世界大戦後、民衆のレフュージへの収容が終わった後に連邦が派遣した、調査隊の撤収時に大陸に残った。連邦管理下にない長江流域の民衆のために、自治組織を創設する立役者となった伝説的人物

ミヤマ・ダイチ (ダイチおじさん):ヒカリの従兄で、中国名は楊大地 (ヤン・ダーディ)、旧中国の長江流域に居住する国際連邦管理下にない民衆の自治組織のリーダーの一人、避難させるプロジェクトを率いる立場を務め、カオルを庇って命を落とした

ミヤマ・ヒカリ (ママ):マモルの母親、ネオ・トウキョウで2289年6月末に施されたターミナル・ケアを生き残り、大陸に渡って巡り合った従兄のダイチたちと、長江流域の民衆を避難されるプロジェクトの幹部として活躍した、シャンハイの自治組織の幹部職員等を務めたが、病死

 2303年4月6日、いったん部屋に落ち着いたミユキはしばらく仮眠をとり、夕方から高儷ガオ・リーさんのお宅にお邪魔して、ジョンさんたちも加わって夕食をいただいた。カオルさんも同席。少しだけ話をされた。

 正式の歓迎会は翌日の夕刻。ママと最後の面会をした人たちを中心としたメンバーで、シャンハイ第1自経団の街区にある「鶴雲楼」という、ネオ・シャンハイ屈指の料理店で行われる。今日は控えめにということで、20時頃に張子涵チャン・ズーハンさんがエアカーでミユキを部屋に送り、ボクはそのままご自宅にご厄介になる。


 4月7日。ミユキの部屋は歩いて行ける距離だった。11時頃にボクは彼女を訪ねた。

「大丈夫? 疲れてない?」とボク。

「うん。ほとんど疲れはとれた。時差が少し」

 ボクたちは、軽めの昼食をとろうと、ミユキの部屋から数区画行ったところのコーヒーショップに入り、コーヒーを飲みサンドイッチを食べた。

 それからタクシーを拾うと、セメタリ―へと向かった。

 セメタリ―のゲート近くでタクシーを降りると、ボクたちは並んでゲートへ向かった。

 ゲート横の案内所で埋葬者の名前を告げると、案内ロボットが印つきの見取り図を送信してくれた。そんなに遠くなさそうなので、カートは使わずに歩いて行くことにした。

 左右にどこまでも続くかのように並ぶ墓標の列。歩みを進めるにつれて奥から次々と現れてくる。この中には、インパクトの前に「ケア」された人たちの墓標も多数ある。

 ネオ・トウキョウのセメタリ―に、ボクは行ったことはない。そこにはミユキのパパとママ、それからボクのパパと、おそらく「ケアされた」という扱いになっているママの墓標もあるのだろう。

「いっぱい亡くなったんだよね」とミユキ。

「人類は最盛期人口100億に達した。それが今では…ざっと800万。最盛期の0.1パーセントにも満たない」

「数のこともそうだけれど…わたしたちのまわりの人が、いっぱい亡くなった」


 縦横に交差する通路の角ごとに木が植えられている。見取り図に従って、角をいくつか曲がる。入口から5分くらい歩いただろうか。

 マオのときにネオ・シャンハイに収容された住民は、希望すれば直系親族の祖父母の代まで墓標を立てることが認められたという。ママは申請して、自分の実の祖父である「ミヤマ・マモルさん」にまで遡って墓標を立てた。

 ボクにとって実の曽祖父にあたる「マモルさん」の墓標から数えて7つめ。

 ダイチおじさんの墓標の隣。

 そこにママの墓標があった。


 墓標の前で手を合わせると、しばらく二人黙って佇む。

 ボクは23歳。ミユキは22歳。

 初めて会ったときから、16年になろうとしていた。

 あのとき、地球を離れようとしていたボクとミユキは、いま、二人揃って地球にいる。

 背が高くなった彼女。顔の大きさは以前と変わらない。すらりとしたシルエットが印象的な女性になった。

 会えない間に顔立ちも大人びた。昔の面影はそのままに。


 ミユキが口を開いた。

「わたしは家族をすべて喪った。けれどいつもピアノが、そして音楽があった」

「…」

「わたしがいま生きていられるのは、音楽のおかげ。地球の人たちのために、音楽でできることをしたい。だからわたしは、ずっとここにいようと思う」

 今度はボクが口を開く。

「ボクだって、地球が元の姿になって、以前のように人類が生活できるような場所にするために役立ちたいと思って、地球にやってきた。でも、ママを喪って、自分がここにいることの意味がわからなくなってきた」

「…」

「『ママの近くに居たい』ということだけだったんじゃないだろうかと…」


「わたしだって、音楽だけじゃない…」

 彼女のほうを向いたボクに、ミユキは訴えかけるような視線を送った。

「…大事な人の側に、居たい」


 ボクは、吸い寄せられるように身を寄せ、ミユキの肩に手を置いた。

 彼女は、ボクの首元に顔をつけ、しがみつくように両腕を回した。

 ボクも彼女をぎゅっと抱きしめた。

 二人そうして、しばらく抱き合っていた。


 どちらからともなく腕を外して向き合う。

 彼女の肩に手を添えて、ボクは顔を彼女の顔に近づけた。

 もう大きく屈む必要はない。

 頷くように顔を斜めにするだけで、ボクの唇は彼女の唇に触れた。


 どれくらい時間が経っただろう。

 唇を離すと、もう一度抱き合った。


 喪失感、哀しさ、無力感。冷たく沈んだ感情がボクの中でほぐれていく。

 そして、愛おしさ、喜び、充足感が、ボクの身体を満たし、温めていく。


 人影のない、日曜日の昼下がりのセメタリ―。


「これが…このことが、マモルにとっての意味になってくれるのなら…」

 抱きしめるボクの腕の中で、ミユキが言う。


「…とても…嬉しい」


 彼女の、その長い指。

 懐かしいその感触が、背中から伝わってくる。



<了>

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本編の前日譚の連載を26回の予定で始めます。よろしければお読みください。

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