表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/14

第103章 大事な人

2290年6月の恒星間天体マオのインパクトに直面し、第4次世界大戦を生き延び、国際連邦の保護下にいる地球人民約1億のうち、5%の500万人が選抜され火星へ向かうことになり、残りの9500万人には安楽死処置 (「ターミナル・ケア」)が施されることになった。その結果人口は、国際連邦本部のある月の約100万と、移住者を受け入れた火星の約600万、合わせて約700万にまで減少することになった。


主な登場人物


オガワ・マモル:第6部の主人公、2287年、8歳の時に選抜されて火星へ向かう途中で、1つ年下のミユキと仲良くなった。学士号を2つとC級航宙士の資格取得し、連邦の地球調査ミッションのメンバーに登用された

ホシノ・ミユキ:第6部のヒロイン、マモルと同じプレインで火星へ向かった、15歳で火星の音楽コンクールのピアノ部門1位、一躍トップピアニストになった、アカデミー前期課程に進学

ミヤマ・ヒカリ (ママ):マモルの母親、ネオ・トウキョウで2289年6月末に施されたターミナル・ケアを生き残り、大陸に渡って巡り合った従兄のダイチたちと、長江流域の民衆を避難されるプロジェクトの幹部として活躍した

デイヴィッド・カール・リチャードソン:国際連邦所属のベテラン航宙士、マモルとミユキが中継点の月から火星へ向かう便の船長、のちに民衆を避難させるプロジェクトにも関わった

ケイトクシ・ヤストモ:ネオ・トウキョウの生き残り、平安貴族の血を引くという触れ込みの占い師、のちにヒカリを導くキーワードを授け、避難のタイミングでシャンハイへ移った

ミヤマ・ダイチ (ダイチおじさん):ヒカリの従兄で、中国名は楊大地 (ヤン・ダーディ)、旧中国の長江流域に居住する国際連邦管理下にない民衆の自治組織のリーダーの一人、避難させるプロジェクトを率いる立場を務め、同僚を庇って命を落とした

ヤマモト・カオル:中国名は李薫 (リー・シュン)ダイチたちと幼馴染、自治組織のリーダーの一人、民衆を避難させるプロジェクトで活躍、亡くなったフィアンセのサユリに瓜二つのヒカリの出現に心乱された

ミヤマ・サユリ:中国名は楊小百合ヤン・シァオバイフゥア、ダイチの妹、ヤマモト・カオルのフィアンセ。病死、ヒカリは彼女に瓜二つ

オガワ・カゲヒコ (パパ):マモルの父親、妻のヒカリとは別姓、トウキョウ・レフュージ(ネオ・トウキョウ)統治府勤務の連邦職員でマモルが火星に発った1ヶ月後にケアされた

張子涵:(チャン・ズーハン)ダイチの幼馴染で、元物流業者、ヒカリらとともに、民衆を避難されるプロジェクトの幹部として活躍

ジョン・スミス:ドイツ人、電気電子修理工房を営んでいたが、店を閉店、民衆を避難させるプロジェクトに加わった

高儷:(ガオ・リー)ネオ・シャンハイでの最後のターミナル・ケアの生き残り、ダイチ、ヒカリたちの仲間に加わり、民衆を避難させるプロジェクトで活躍

「お昼ご飯を頼みましょうか」とママ。

 時計は11時を回っていた。ママはカフェテリアにコールして、ランチ2人前を頼んだ。大きなポットに入ったコーヒーも一緒に運ばれてきた。

 昼食をはさんで、ボクはミユキのこと、ボクの周囲の人たちのこと、そしてボク自身のことを話した。

「ミユキちゃんも、地球に来ようとしてるんだ」とママ。

「うん。まだまだ時間はかかるけどね」

「でも、時間なんて、忙しくしてるとあっという間に過ぎるよ」

「そうだね。ボクも、最初に地球を出てから、あっという間に時間が過ぎたように思う」


「それで…ミユキちゃんとマモルは、どういう関係なのかな?」

「リチャードソン船長が、最初に会ったときにボクたちのことを、兄妹と勘違いした」

「そう言ってたよね」

「単なる幼馴染というには関係が深すぎる。『親友』とか『同志』とか『相棒』とか、いろんな言葉で二人の関係を規定してみようとしたけれど、どうもしっくりとこない。『兄と妹』という言葉で表すのが一番しっくりとしていた」

 一呼吸おいて、ボクが続ける。

「でもね、ひょっとすると、何かが変わり始めているのかもしれない」

 ボクは「おやすみのキス」の話をした。

「そっか。わかる気がする」

「これからしばらく、地球と火星で別れ別れになる。その間に二人の気持ちにどんな化学変化が起きるのか。いまのボクには、どうなるかわからない」

「私に言えるのは、どんなときにも自分の気持ちに素直になるべきだということ。そして、大切なことは残さずちゃんと口にすること」

 ママの視線が遠くになり、しばらく二人の間に沈黙が流れた。


「二人の関係がどういうものになるにしても…」

 ママが再び口を開いた。

「ミユキちゃんと出会ったことを、大事にしてね」

「うん」

「誰かと出会って、関係ができることは、すべて奇跡だと思う。私がパパと出会ってマモルを授かって家族になったのも、ヤストモさんに占ってもらったのも、ケアが失敗して大陸に渡ってダイチたちに出会ったのも、マモルとミユキちゃんが月行きのスペースプレインの隣の席になって出会ったのも、みんな奇跡」

「…」

「私にとって家族が大事だったように、こちらの仲間たちが大事なように、ミユキちゃんはマモルにとって大事な人なのだから」

 ママの瞳がキラリとしたように思った。

「ああ、ミユキちゃんに会いたいな。地球に来るの、待ちきれないな」


「『兄と妹』の関係って、私、ずっと憧れていたんだよ。ダイチと出会って、いとこだってわかったとき、そういう意味でも嬉しかったんだ」

「そう」

「実の兄ではないけれど、血がつながっていて1歳年上の人。『お兄ちゃんが現れた』って思った。だから、ダイチが亡くなったときの喪失感は、いとこ以上だったかもしれない」

「…ダイチおじさんが亡くなったときのこと、詳しく教えてくれるかな」とボクは聞いた。

「さっき『大切なことは残さずちゃんと口にすること』って言ったよね」

「うん」

「私に、それがちゃんとできていれば、ダイチは死ななくてもすんだかもしれない」

 時計は15時を指していた。

 ママは、ダイチおじさんと関係する人たちの顛末について話し始めた。

 ダイチおじさんがインパクトの突風から守った人は、ニッポン人でヤマモト・カオルという人。おじさんの1歳年下だったサユリさんと同い年で、フィアンセだった。ママがウーハンに辿り着いてみんなと会ったのは、カオルさんがフィアンセを亡くしてからちょうど1年。傷が癒えかけていたときに、サユリさんとそっくりなミヤマ・ヒカリが現れた。

 カオルさんは内心相当な混乱に陥っていた。気持ちが落ち着くにつれて、ママに恋心を抱くようになった。少しずつ関係ができ、身柄拘束のショックから立ち直るため静養していたときに、優しくしてくれたカオルさんに、ママの気持ちも深まった。

 そして、ネオ・シャンハイへの避難の完了がほぼ確実になった段階で、カオルさんがママにプロポーズした。

「VRミーティングでね。お互いの表情は手に取るようにわかる。そして肝心なときにカオルがやらかしたの」

「どんな?」

「私に『サユ…』って呼びかけたの」

「サユリさん?」

「うん。そのこと自体は、私は気にしなかった。でも、そう言ってしまったあとのカオルの微妙な表情に、最後の面会のときに見せたパパの表情が重なったの。思わず私は言ってしまった。『だめなの』って」

「さっき『大切なことは残さずちゃんと口にすること』ってママが言ったのは、そのこと?」

「そう。本当は『だめなの』のあとに『いまは』って言うつもりだった。けれど言葉にならなかった。カオルはショックで心を病んだ。ウーハンから最後に撤収する船の中でもほとんど動けなくなっていた。インパクトの突風が襲うギリギリに、船がネオ・シャンハイに着いたとき、みんなあわてて下船する中で。カオルは船に取り残された」

「それで…」

「そう。カオルがいないことにみんなが気付いたときは、ほとんど時間が残されていなかった。助けに行こうとする他の人たちを制して、ダイチが助けに行った。あと少し、というところで二人は突風に襲われた、そのときの体勢で、ダイチがコンクリート壁に直接叩きつけられて、カオルはダイチがクッションになるような形で一命を取りとめた」


 幼馴染のダイチおじさんのことがずっと好きで、撤収する船の中でやっと告白することができた張子涵さんは、ダイチおじさんの遺体に取り縋って半狂乱状態だった。後にカオルさんが意識を取り戻したときも、罵詈雑言を投げかけんばかりの形相で睨みつけたという。

「でも、張子涵の怒りは私に向けられて然るべきもの。私は居たたまれなかった。私が言うべきことを言っておけば、こんなことにはならなかった」

 傷ついた張子涵さんの心を癒したのは、ジョン・スミスさん。ドイツ人のエンジニアでママのウーハンでの最初の雇い主。張子涵さんとは30歳ほど年の離れたバツイチだけれど、二人で時を過ごすうちに、いつのまにかそういう関係になっていた。ジョンさんが60歳を過ぎて、張子涵さんが30代半ばのときに、二人の間に子供ができた。

 カオルさんは、入院して治療を受けて体の傷は完治したけれど、心の傷はなかなか癒えなかった。ご両親は亡くなってご兄弟もいない。退院の際の身元引受人に手を上げたのは高儷ガオ・リーさん。ネオ・シャンハイでママと同様にケアされるはずだったのが、生き残って脱出して、ママたちと行動を一緒にすることになった人。どうして? しばらくしてから、ママは高儷さんに聞いた。彼女はこう答えた。

「彼の表情が、ケアされた夫の表情に重なったの。だから、ずっと彼のことは気になっていた」

 高儷さんは、自経団本部の幹部職員として働きながらカオルさんの面倒を見た。最近カオルさんは、食料生産プラントで仕事を始めたらしい。

「みんなそれぞれ、大事な人と一緒になっている…私だけ残されちゃったみたいね」


 そのあと、お互いの仕事のこととか話していると、そろそろ夕食という時刻になった。昼は部屋にデリバリーだったので、二人でカフェテリアに行くことにした。

 思い思いの料理をトレイに載せて、代金を払ってテーブルに向かう。向き合った席に着き、食事を始める。

「火星でもずっとカフェテリアだったんだよね。ミユキちゃんと一緒?」とママ。

「最初のうちはずっと一緒だったけれど、それぞれの生活パターンが変わって一緒になるのは減っていった。それでも週に一度か二度は、一緒に食事するようにしてた」

「そっか」

「ミユキと食べるときは、いつも隣同士並んでいたよ」

「へええ。なんか微笑ましいなあ」

 食事が終わると、ママがコーヒーを二つ、持って来てくれた。

 取りとめもない話を、コーヒーを飲みながらした。


 話も尽きて、いったんママのゲストルームに戻った。

 残っていた月餅8つを、せっかくだから、と言ってママはボクに持たせた。

「じゃあ、ママ。ありがとう。楽しかった」

「私も楽しかったわ。調査の仕事、大変でしょうけどがんばってね。今度はネオ・シャンハイで会いましょう。みんなにマモルのことを紹介したいし」


 このとき交わしたママとの約束は、思いもかけない形で果たされることになった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ