■2■ 母君曰く
「もうそろそろ家が近いわね」
正午を少し過ぎた頃、私達はうきうき気分で歩いていた。町外れ、人家も少しまばらな郊外に私達の家はある。
「長かったよねー、ほんと!」
「僕も少し疲れた、今日も暑いし」
もうすぐ家に着くとあって、進も少し疲れが出てきてるみたい。
「あの角を曲がれば……いよいよ我が家!」
私はくるんっとその場で一回転する。少し先にある黒塗りの木塀を右に曲がればすぐそこだ。
「ラストスパート! 全力ダーッシュ!」
私は二人をパパッと出し抜いて走り出した。そのまま、勢いよく角を曲がる。
「……えっ?」
そこにあったのは、見知った我が家では無かった。
「あれっ? ……えっ?」
「どうしたのよ、千歳?」
後からゆっくり歩いて来た彩お姉ちゃんと進は、不思議そうな顔をした。
「家が……家じゃないよ!」
「何訳の分からないことを……」
そう言いながら私の隣まで来た彩お姉ちゃんも、先が続かなくなる。
「二人とも一体……」
進も同じだった。三人でその場に立ち尽くす。目の前にあるのは、まるで旅館みたいな家だった。私の知っている我が家よりも若干広い……というか別物。
「でも見て。表札、如月ってなってるよ?」
「あ、本当」
気付いたのは進。確かに表札はちゃんと如月ってなってる。
「どういうことかしら?」
そう言って彩お姉ちゃんが頬に指を当てたのと同時に、家の引き戸が開いた。
「あらあら、お帰りなさい」
中から顔を出したのは、他でもない、我らが母上だった。
……
…
「で、これどういうことなの?」
「ふふっ、驚いたでしょー?」
居間のテーブルでお茶をしつつ話す。
「随分と大掛かりなリフォームをしたみたいだけど……増築もされてるみたいだし」
進は家の中を見回しつつ言った。
「そう、その通りよー。はい、お茶のおかわり」
どこまでもマイペースに話を進める母君。私も辺りを見回すと、以前の家の面影もあちこちに残っていた。
そんな私達を見ながら母君様はにっこりと満面の笑みを浮かべる。
「彩も千歳も進もこんなに驚いて、秘密にしてた甲斐があったわー」
「あっ! そうそう、そんなことより、睦月家の……」
彩お姉ちゃんが言いかけると、お母さんはショックを受けたような表情をする。
「そ、そんなことですってー……!?」
よよよ、と泣き声が聞こえてきそうなほど落ち込む母君様。あーもう、お母さんってば!
「あぁ……すごく大切なことよね、リフォーム。わたしすごく驚いたわ」
彩お姉ちゃんが言うのを聞いてパッと母の顔が明るくなる。
「そうよねそうよね、よかったわー。それで、睦月家がどうかしたのかしらー?」
「わたし、今まで全然知らなかったわよ。その……わたしが睦月家からの養子だっただなんて……」
彩お姉ちゃんが少し口ごもる。
「どこに行っても彩は彩、わたしの娘よー」
事も無げに言うお母さん。ブレないマイペース!
「でも、結局そのお話は断っちゃったのよねー……」
「わたしは、こっちの方が性にあってるわよ」
彩お姉ちゃんは苦笑しながら言った。
「んー……千歳お姉ちゃんを止められるのは彩お姉ちゃんだけだしね」
進がぽつりと言う。
「ん? それ、どういう意味かなぁ、進君? 反抗期かな?」
「ち、千歳お姉ちゃん、笑顔恐い!」
少し後ずさる進。
「ま、久々に帰ってこれて気分もいいし、今日は見逃しちゃおっかな♪」
「よ、よかった……」
ホッと胸をなでおろす進。ふふっ、やっぱり可愛いなぁ♪
「それにしても、睦月家に行くのが旅の目的なら、最初っからそう言ってくれればよかったのにぃ」
私はお母さんに向き直って言った。
「睦月家が、旅の目的……?」
きょとんとした表情になるお母さん。
「そう。彩お姉ちゃんの話を睦月家からしてもらうために、わざわざ私達に旅をさせたんでしょ?」
「あらあら千歳……あなた達を睦月家に行かせたのは、単なる旅のおまけよー?」
「「「えっ?」」」
見事にハモった私ら三人と、頬に手を添え笑みをたたえる我が母三十九歳。
「前々からリフォームしようと思ってたのよー。旅の間に改装して驚かせてみようかしらって思ってー」
いつものマイペースぶりで話すお母さん。
「丁度あなた達が如月の実家にいた頃かしら、睦月さんのお家と電話口で盛り上がってしまってー」
その時の事を思い出したのか、はぁっと色っぽくため息をつく我が母君様。何でそこで赤くなるんだろ?
「彩もいい年だもの、生まれの事も睦月家で話してもらおうかしらー、なんならお宅にお帰ししましょうかー?という話になったのよー」
旅行の間の猫のお世話をお願いするような、そんなノリで話すお母さん。
「何よそれー……」
気が抜けたように言ったのは彩お姉ちゃんだった。
「あららー? 彩は彩、どこに行ってもわたしの娘だもの、大したことじゃないわー」
お母さんは本当に大したことないような口ぶりで言う。私達、あんなに悩んだのにっ!
「はぁ……」
ため息をつく彩お姉ちゃん。お母さんのマイペースぶりには慣れてるとは言え、私も進も、なんだか気抜けしてしまったのでした。