■5■ 幽霊の正体見たり……
闇に照らされる墓地、ゆらめく蝋燭、ざわざわと風に揺れる竹林……私はごくりと唾を呑み込んだ。
「いいですか、ここからこの一本道を通って、しばらく進むと小さな社があります。そこにある箱の中からどれでもいいので一枚紙を持ってきてください。それが社に立ち寄った証拠になりますから。帰る時は左手に道がありますから、その道を通ってぐるっと回って帰ってきてください。分かりましたか?」
蝋燭に照らされたぼーさんが低い声で言う。両脇に修行僧の二人もいて、物凄い迫力だ。
「はぁーいっ☆」
「いいお返事ですね。それじゃあ、誰から行きます?」
「はいはいはーいっ! 私から行くっ! いいよね?」
私は一応彩お姉ちゃんに確認を取る。
「ええ、いいわよ。それじゃ、次は進ね。で、最後はわたし、と」
「え、次!?」
進は明らかに怯えてるのだけれど……。
「怖いなら一緒に行ってあげるけど?」
彩お姉ちゃんがちろりんと進を見る。
「い、いいよ、別に。怖くないから。そもそも幽霊なんて……」
進は一人ぶつぶつとつぶやいていたが、最後は聞き取れないくらいに小さな声になっていた。
「それじゃ、いってきます!」
ビッと敬礼して私は歩き出した。
「ひぇー、すっごい数のお墓……」
私はゆっくりと提灯の灯りを頼りに歩き進んだ。今日は新月なのか、月の光が全く無い。蝋燭の明かりで半径数メートルが辛うじて見えるくらいだ。いつ出てきてもおかしくないこの状況……スリル満点だった。
「ゆーれいさーん、出て来ないでねー……」
ざわざわざわざわ……風も無いのに草が揺れた。同時に蝋燭がユラユラと揺れて、その度にお墓が人の影に見える。
ひぇーっ! 一体どこまで続いてるんだーっ!?
かれこれ百メートルくらいは進んでいる。手足に近づいてくる虫を払いのけながら私は歩き続けた。
「あーあ、ジャージにしてくればよかった」
その時、ようやく社が光に照らし出された。
「あ、ここかぁ」
小さな社。階段もついていて、階段を上った所に箱がある。社と言っても何かを祀っているわけではなく、物置のようだった。私はゆっくりと近づいて、その箱の中から一枚の紙を取った。
「これで、あとは確か、左の道を行けばいいんだけど……そだ、進のことを驚かせてみようか、にゅふふ☆」
私はとっさに思いついてすぐに行動に起こした。社の後ろに隠れて、進が来たら後ろからばぁっ! てねっ♪
社の後ろに回りこんだ私は、その場でしばらく待った。進も提灯を持っているはず。進、怖がってたし、すごく驚くだろうなぁ……うししししッ☆
とは言っても、夜のお墓で一人待つ、というのは結構怖いものだった。それまでは自分の足音や虫の鳴き声で怖さを辛うじて誤魔化せていたけど、何もしないで立っていると思考が冷静になって、急にお墓の「本来の」意味が思い出される。段々と私も怖くなって、耐え切れなくなって社の前に姿を出そうと思った時、ユラユラ揺れながら社に近づいてくる二つの光があることに気がついた。
あれ? 光が二つも……さては進、やっぱり彩お姉ちゃんについてもらったんだな。
一度は出ようと思ったけど、二人が来たことに安心して、やっぱり脅かしてやろうと私はまた社の裏に身を潜めた。ところが、しばらくたっても二人が社に現れる気配が全く無い。二人で来ているのなら、話し声も聞こえるハズなんだけど……。
そう思ってもう一度社の前に出ると、光は消えていた。
「あー! 二人とも先に行っちゃったのね!?」
私は一人残されて、怖い気持ちと怒る気持ちとで、とにかく早く帰ろうと脇道に入り、二人に追いつこうとした。
「もぅ、置いていくなんて」
誰!? 自業自得とか思ってる人っ!
私は小走りで寺に向かった。
「はぁ、はぁ……進と彩お姉ちゃんは?」
寺に着いた私は、ぼーさんに言った。
「お二人ならまだ帰ってきていませんが。千歳さんの後に出発したのですから、当然でしょう」
ぼーさんはさもありなんといった表情で言う。
「え? でも、だって……」
私が言いかけた時、進が帰り道から走ってやってきた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
進はそうとう急いで走ってきたらしい。蝋燭の火が消えるのもかまわず全力疾走だった。お墓で転んだらダメなんじゃなかったっけ? 危ないことするなぁ。
「進……彩お姉ちゃんは?」
私は膝に手を当てて下を向いている進の顔を覗き込んで言った。
「彩お姉ちゃん? 僕の後から来るんでしょ」
息を切らしながら進は言う。
「一緒じゃなかったの?」
「え? あ、当たり前だよ。怖くなんか無いしっ!」
ここにきてなお強がりますか。うん? じゃあ、あの光は、なんだったんだろう……ねぇ? ねぇ……?
「どうしたの、千歳? ポカーンとしちゃって」
その時現れたのは、提灯を肩にかけた、余裕の表情の彩お姉ちゃんだった。
「……」
「千歳ー? 大丈夫?」
彩お姉ちゃんが私の目の前で手を振る。
「彩お姉ちゃん……あのね、実は……」
私はみんなにさっき見た光のことを話した。
「えー!? じゃあ、千歳、まさか本物の……」
「千歳お姉ちゃん、そ、そんな話で僕を怖がらせようったって……」
「どえらい体験しなさったなー……私どもはずっとここに住んでおりますが、それでも人魂なんて一度も見たことないのですが」
しばし沈黙……。
「き、今日はお開きーっ!」
私が最初に口を開いた。
「そうですね、そうですね。あっはっは、お開きお開き」
お気楽ぼーさんが大きな声で笑う。
「そ、そうよね。帰りましょ。ちょっと冷や汗かいちゃった。早く帰ってお風呂に入って布団で寝たいわぁ」
彩お姉ちゃん、声が裏返ってるってば。
「あはは、あはは。千歳お姉ちゃん、目悪くなったのかな。早く帰って目を休ませよう、うん」
あははははっ☆ 顔に笑みを浮かべながら、みんなで寺に戻った。
ずぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん……部屋の鏡には、何とも言えない表情の自分がいた。
見ちゃったよ、見ちゃったよ、見ちゃったよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!
社から持ってきた紙は実はおみくじになっていたんだけど……ぼーさんも洒落たことするよね……彩お姉ちゃんが大吉、進が吉なのに、私は……血文字で大凶ってどゆこと?
単なる肝試しでは済まなくなってしまった。
ぼーさんはそんな物騒な結果は入れてないって言うし、私、呪われてるのかも……。
結局その紙は、ぼーさんにお祓いしてもらうことになった。
その夜、夢の中でも肝試しという悪夢を見てしまった。
「うぅーん……人魂ぁ……」
「千歳、うるさいっ!」
かかと落としがクリティカルヒット。
「ぐはぁっ……彩お姉ちゃん……痛いってば……」
彩お姉ちゃんのおかげで、私の悪夢は見事に吹き飛んだのでした。めでたしめでたし♪