■2■ 回想(七月末日)
「彩、千歳、進……母さんは、これからあなたたちに辛い言葉を言わなきゃなりません……」
昨日の事。座敷での夕食が終わった後、お母さんは唐突に言った。お母さんはいつも和服を着ている。それ以外はどこにでもいる普通の母親だ。
「お、お母さん、どうしたの!?」
「可愛い彩、おかしな千歳、賢い進……あなたたちは、明日から旅に出なくちゃならないのよーっ」
「え? 旅? っていうかなんか私だけ形容が変じゃない?」
お母さんの真向かいにいた私は思わず聞き返す。
「どういうこと、お母さん?」
お母さんの隣、私の斜向かいにいた進も聞き返す。
「また何を言い出すかと思ったら……」
私の左隣にいる彩お姉ちゃんは慣れっこといった感じで軽くため息をつく。
「母さんね、その年でいろいろ経験しておくのも大切だと思うのー。夏休み、することもないんでしょ?」
おっとりした口調で言う。お母さんはすごい名家のお嬢様で、正に箱入り娘って感じなのだ。娘が言うのもなんだけど、ちょっと言動が可愛い!
「そりゃそうかもしれないけど、話が急すぎるわよ」
彩お姉ちゃんは言ってみたものの、お母さんの決定が覆されることがないことぐらい、皆重々承知していた。おっとりしているように見えてその実、行動力だけは誰よりもある。母が何かを提案した時には既に外堀は全部埋めてあって……というのがいつものパターンだ。
「旅なんてある日ふと思いついてするものよ、青春よー」
目を輝かせて言う我が母三十九歳。
「またドラマか何かに影響されたのね」
彩お姉ちゃんは言いながら足を崩した。
「かなり長くなるから、準備もちゃんとしなければいけないわー」
「長くって……どれくらい?」
私はとりあえず聞いてみた。お母さんはのんびりとお茶を一口飲む。
「そうねー……軽く夏休み終わるまで、とかかしら?」
「疑問で返されても困るんだけど……」
お母さんてば、いったい何を考えてるんだろう。
「長すぎない?」
彩お姉ちゃんが眉をひそめる。
「お金なら大丈夫よー。フリーパスもあるから、電車で日本全国どこでも行けるのー」
「そういう問題じゃなくて……」
頭を抱える彩お姉ちゃん。微妙に会話が成り立ってない!
なんだかんだで説得されて、私達は訳も分からないまま、翌日から始まる旅に備えてあわただしく準備を始めたのでした。