■3■ 百里もないけど千里駅
「千里駅、着いたわよ」
私達が降り立った千里町は別段大きくもなく小さくもなく都会でもなく田舎でもなくごくごくありふれた町だった。
「今日はどこに泊まるの?」
進が聞く。そういえば、進は今日の行き先は聞いてなかったっけ。
「千里町には、昔父がピアノを習っていた先生が住んでるから、そこに泊めてさせてもらうことになってるわ」
「今更だけど、お父さんピアノ弾くんだったよね、趣味で」
私が言うと、彩お姉ちゃんは「そうね」と小さく頷いた。私は幼い頃に父のピアノを聴いたことがあった。
「僕は聞いたことないけどね」
進が少し寂しそうに言う。なんだか悲しいこと思い出しちゃったな……。
私の頭の中に、私がまだ幼い頃によく弾いてくれた、題名も分からない曲が流れ出した。顔もうろ覚えのお父さんの優しい旋律は、その後も暫く私の頭の中を巡り続けたのでした。
「ここね……」
表札を確認して彩お姉ちゃんがインターホンを押す。しばらくするとドアが開いて、優しそうな六十代くらいの女性が姿を現した。
「あら、いらっしゃい、如月さんのお子さん達ですよね」
にっこりと微笑みながら私達を出迎えてくれた。
「父のピアノの恩師ですよね。初めまして、如月彩です。こっちが千歳で、男の子が進です」
彩お姉ちゃんは手短に私達を紹介した。
「恩師だなんて。先生で充分ですよ」
先生ははにかみながら笑った。
「とりあえずお上がりなさい」
先生は私達を促した。彩お姉ちゃんがどさっと重い紙袋を下ろす。そのなかから、一番大きな箱を取り出すと、先生に差し出した。
「大した物じゃありませんけど、旅のお土産です」
「まぁ、ありがとう。あんみつかしら?」
「ええ。先生があんみつ好きだと伺ったもので」
「まぁ、わざわざ……ありがたく戴いておきますね」
先生は本当に嬉しそうにあんみつを受け取った。
そういえばおみやげと言えば、夏樹橋で買ったのは?
私は彩お姉ちゃんの紙袋の中を覗き見た。あの、赤い包装に黄色いリボンの箱はまだ紙袋の中にあった。
あれも一緒にあげるんじゃないんだぁ……
「千歳、さっさとして」
「わ、分かったよー」
彩お姉ちゃんが私の手を取ってせかしたものだから、私の思考回路は中断されてしまった。