■1■ ハイは一回、ノックは二回
「はぁ……」
電車の窓の外を見ながらため息をついているのは彩お姉ちゃん。
「本当に、相当応えたみたいだね」
「そうね、初恋は実らないものなのね……」
彩お姉ちゃんは旅館のちょい年上の男の人に振られたのだ。いや、正確には、振られる前に既に決着はついていた、と言った方が正確かも知れない。その二十歳ぐらいの(後に二十一歳と分かったケド)男の人には、なんともう奥さんがいたのだ。私ももうびっくり! それを知った時の彩お姉ちゃんの顔……「鳩が豆鉄砲をくらった様な」という形容がぴったりな顔だった。ともかく、何だかんだで彩お姉ちゃんは当たる前に砕けてしまったのだ。
「それにしても、田舎の結婚って早いのねー」
「少子化の問題もあるし、さっさと身を固めて仕事や家庭に精を出すのもいいんじゃないかな」
「少子化って……」
私が楽しそうだなーとか大変そうだなーとか考えてる横で、進ってば少子化とか……本当に小学生なのかしら?
「どうしたの、千歳お姉ちゃん? 神妙な顔して」
「何でもない、気にしないで」
「ん、ならいいけど……」
進は少し眠そうな声で言った。緑色の出来の悪い絵のように電車の外の景色は移り変わっていく。彩お姉ちゃんは何度目か分からないため息をついた。
彩お姉ちゃん、大丈夫だよね……?
……
…
「さーて、千歳。この落とし前はちゃんとつけてもらうわよ」
彩お姉ちゃんのギロリンとした二つの眼が私を睨んでいる。私達が改札を出たところで私が躓いてしまい、彩お姉ちゃんの紙袋の中身をぶちまけてしまったのだ。
「うぇーん……これは事故だったんだよー」
「泣きまねしてる余裕があるなら、さっさと拾っておくれ」
ぅ……完全にバレてる。これじゃあ嫁姑戦争だよ。
「私は不幸……あぁ私は不幸……」
言いながら私はペンやら写真やら奇妙な箱やら、足元に散らばった物を一つずつ集めた。
「ねぇ、僕も手伝おうか?」
進が私に言う。
「ありがとう、進っ! 遠慮はいらないから、あとは全部よろしく!!」
「え、えぇ!?」
進は面食らう。
「はぁ……だめよ。これは千歳一人でやらせないと。大体、手を差し伸べてくれた進に全部やらせようとするなんて、どんだけ図々しいんだか」
「いいじゃんー……」
そうは言っても、一度言い出したら彩お姉ちゃんは絶対に変えないから、しぶしぶ一人で集めるのを続ける。
「ねぇ、この箱なぁに?」
赤い包装に黄色いリボンで結んである、プレゼントみたいな小さな箱が転がっているのを指差して私は言った。
「いちいち詮索しない、無駄口たたいてないでさっさと集めて頂戴」
そう言って彩お姉ちゃんはその箱を丁寧に拾い上げた。私はその一挙手一投足を見つめる。
「……何サボってんの。さっさとなさい」
彩お姉ちゃんは私の視線に気付いて睨んできた。
「はいはい」
「はい、は一回!」
「はぁーい」
「間延びさせないっ!」
「はいッス!」
「余計な語尾をつけないっ!!」
「イエッサ!」
「……疲れたわ、返事は何でもいいからちゃんとやって頂戴」
「はい!」
「っ! はぁぁ……」
何か言いたそうなのを飲み込んで、大きくため息をつく彩お姉ちゃん。
あの箱、何かな?
彩お姉ちゃんが呆れてるのは特に気にならなかったけど、箱の中身は気になったのでした。