■2■ 兄妹きりもり白沢旅館
旅館の中は、外から見たよりも広く感じた。落ち着いた雰囲気の旅館の中に、蝉の声が反響している。
「ようこそおいで下さりました……如月様でございますね、お待ちしておりました……」
十四、五歳くらいの少女が玄関で迎えてくれた。女将さんの娘さんかな? まだ慣れていないのが雰囲気から分かる。
「ちょっと荷物が重いの。部屋に案内してくれる?」
彩お姉ちゃんはでっかいリュックと紙袋を下ろしてため息をついた。
「あっ、はい……お荷物、お持ちいたしましょうか?」
「持てるの?」
意外そうな目で彩お姉ちゃんがその子を見る。
「も、持てます!」
そう言って荷物に手をかける。
「うーん……ぅぐぐ……」
顔を真っ赤にして一生懸命持ち上げようとするけど、ちょびちょびとしか動かない。
「ほらほら、やっぱりわたしが持つから。あなたは部屋まで案内して頂戴」
笑い混じりに彩お姉ちゃんが言う。
「はい……ぐすん……」
「何やってんの、もう」
急に大声がして、私達全員の目が一斉に奥の廊下に集まる。そこには、女将さんと思しき五十歳くらいの女の人が立っていた。
「ようこそおいで下さりました、如月様ですね」
改めて丁寧に挨拶を受けて、その女の人と向き合った。
「ごめんなさいね、この子、まだ慣れてなくて。さ、お部屋にご案内します。あぁ、荷物はわたしが持ちますから」
女将さんは少女がほとんど動かせなかった、彩お姉ちゃんでさえ重そうに持ち歩いていた荷物を片手で軽々しくひょいっと持ち上げると、
「ついてきてくださいましね」
と言って歩き出してしまった。
「す、すごいね……」
言ったのは進。私は頷くことしかできなかった。彩お姉ちゃんは、何か稀有な物を見るかのような目で女将さんの後姿を見送っていた。
「ぐすん……」
そして少女はまだ泣いていた。
「あー、どうしよう……ねぇ、泣かないで」
何だか罪悪感に駆られて私は少女に言った。
「まったく、弱虫なんだから」
女将さんが消えたのとは別な所から二十歳くらいの背の高い男の人が出てきた。
「お兄ちゃん……」
少女は泣きながらその人のところに駆け寄る。はぁ……結構大変なんだね、旅館って。
「ごめん。君達、如月さんだろ、今日此処に泊まる。この通り、頼りない妹だけど、許してやってくれ。甘やかされて育てられると、わがままになるか、はにかみやになるか、どっちかしかないんだな」
そう言ってその男の人は苦笑した。言葉遣いからすると、このお兄さんは従業員というわけではなさそう。
「どうぞごゆっくり」
そう言って二人は去っていった。
「部屋はこちらですよー、早くしてください」
「はぁーい!」
女将さんの声で我に返った私は元気に返事をして駆け出したのだった。
「彩お姉ちゃん、行くよっ!」
宙を見つめてぼーっとしている彩お姉ちゃんに言ったけど、全然反応ナシ。
「ほら、早く!」
私は戻ってその手を取って女将さんが消えた方に向かって再び駆け出したのだった。