■1■ 彩お姉ちゃんと私と
夏樹橋を後にした私達は、電車のボックス席でのんびりと揺られながら楽しく話していました。
「でねー、身振りまで真似しちゃったものだから、先生にあっさりばれちゃってねー」
彩お姉ちゃんの話はいつも面白い。いつも話す内容が違ってて、でもみんな面白い話ばかり。彩お姉ちゃんの周りって、こんな楽しい人ばかりなのかなーって思うと、ちょっと羨ましい。彩お姉ちゃんにそう言ったら「千歳もちょっとした面白いことに気を配れば、私なんかより面白い話があると思うんだけどなー」って言われた。本当かな……?
「そうそう、千歳の話も聞いたわよー、進には話したかしら? あれは傑作だったわね、防災訓練の話♪」
真向かいに座っている彩お姉ちゃんは、いたずらっぽい笑みを浮かべながらびっと私に人差し指を突き付けてきた。
「あっ! その話はダメっ!」
私は必死に防いだけど……。
「それ聞かせて、彩お姉ちゃん!」
私の隣に座っている進の好奇心に火がついてしまった模様。
「進っ!」
「千歳ったらね、防災訓練の日の授業中に居眠りしててね……」
「ダメだってばぁっ!」
私の抑止も空しく、彩お姉ちゃんは進に話し続ける。
「防災訓練の放送が流れて、みんなは防災訓練だって知ってたから落ち着いてたのに、千歳はちょうどその時に眠りから覚めてね」
もうだめだぁー……しくしく……しくしく。
「『大変だーっ!』って言って一人で一目散に逃げ出してねー。グランドに出て、クラスメイトが出てくるのがあまりにも遅いものだから『みんな逃げ遅れちゃったんだーっ』って泣きだしちゃって」
あー、恥ずかしい!!
「グランドで待機してた先生に防災訓練って知らされて、今度は『何で知らせてくれなかったんだーっ!』って怒って暴れまわったって話♪」
もうダメだ、優しくて威厳があって落ち着きのある千歳お姉ちゃんは進の中から消えてしまったのね……え? そんな偶像もうとっくに消えてるって? 気分の問題よ、気分の。
「すごく、千歳お姉ちゃんらしい……いろんな意味で」
「どういうことかなぁ、進?」
ひきつった笑顔で対応してあげる。
「ち、千歳お姉ちゃんが恐いっ!」
進は彩お姉ちゃんの隣に移動して隠れる。
「進は正直な子だから、許してあげなさいよ」
彩お姉ちゃんは全然悪びれた様子もなく、純粋に楽しそうにしてる。
「もぉー! みんなして私を苛めるんだから……」
「ごめん、ごめん。でも、わたしとしては千歳が一番面白いのよ?」
「慰めになってない」
私はぷんと窓の外に顔を背けた。夏樹橋と比べたら、随分と人家や木が目立つようになってきた。
「……今日はどこで降りるの?」
私は顔を戻して彩お姉ちゃんに聞いた。
「そうねぇ……もうちょっと電車に乗って、午前中のうちには降りましょ」
太陽の木漏れ日が電車内に差し込む中、彩お姉ちゃんはハキハキと言った。私がどんなに態度をコロコロ変えてもすぐに対応してくれる彩お姉ちゃんは私の理想だったし、尊敬する人なんだよね。私が再び窓の外に目を向けると、そこには、私の顔と、いつでも頼りになる彩お姉ちゃんの横顔が映っていた。
……
…
「すすむとはちとせがあそぶの!」
「やーだ! すすむはあやとあそぶの!」
彩お姉ちゃんも私も幼かった時、よくこんな喧嘩したっけね。二人とも一歩も譲らず、進を引っ張り合ってお母さんに怒られたり……。
でも、ある日、いつものように進を取り合いしていた時、私の手に当たった進の体温がすっごく高くて……お母さんに言ったら、心配無いけど、しばらくは無理させちゃダメって……。私、進が私達が取り合ったから熱が出ちゃったのかなってすっごく不安で心配で、このまま進の体がどんどん熱く熱くなっちゃうんじゃないかって思って……。
進の脇で泣きじゃくってた私に、
「ちとせ、だいじょうぶだよ。すすむはきっとすぐよくなるから。そしたら、ちとせにさいしょにあそばせてあげるからね。なかないで」
って言って慰めてくれた。本当は彩お姉ちゃんも心配で不安で泣きそうだったはずなのに……この時から彩お姉ちゃんが私の理想になったんだよね。進が元気になった後も喧嘩は絶えなかったんだけど。なんだか懐かしいや……。私は流れ行く景色を見ながらそんな感慨に耽った。
……
…
「今日はここで宿をとるの?」
私は彩お姉ちゃんに聞いた。
「ええ。何か問題でも?」
「冬だったらよかったのになーって思って」
「冬にまた来ればいいじゃない?」
彩お姉ちゃんは事も無げに笑って言った。
私達が来ているのは温泉町の白沢町。ちょっとマイナーながらも温泉好きの人たちの間ではそこそこ有名な温泉町なのだ。
「進もいいわよね?」
彩お姉ちゃんは進を振り返って確認する。
「僕もいいと思うけど、何日くらいここにいるの?」
「二、三日くらいだと思うわ。旅館は……あれね、白沢旅館」
白沢旅館と書かれた看板が見える。結構広そうだ。
「地名をそのままなんて、単純なネーミング……」
私は思わずつぶやいていた。