■1■ 夏旅盛夏
「っとっとっと……彩お姉ちゃん、危ないっ!」
言うが早いか、どさどさっという騒がしい音がした。私が持っていた教科書が地面に散らばる。
「きゃっ! ち、千歳、気をつけてよね!」
頭を押さえつつキッと鋭く睨んでくる。
「ごめんなさぁーいーっ!」
「全く、あんたって子は……」
はぁっとため息をつくのは彩お姉ちゃん。私のただ一人のお姉ちゃんだ。
「年末に大掃除したっていうのに、なんで千歳の部屋っていうのはこう、散らかるのが早いのかしらね」
「年末ってもう三ヶ月も前の事じゃんっ! 三ヶ月もあれば、カップラーメンが一回! 十回! 百回! 千回! 一万回!! 一体全体何回作れると思ってるの!?」
「わたしに聞かないでよ。千歳の時間基準はカップラーメンしかないの?」
「うん」
「そ、即答……」
彩お姉ちゃんは困惑と呆れの入り混じった表情を浮かべた。ちょっと可愛い。
午前十時を回った頃。今日は、春休みに入ったこともあって、私の部屋の片付けを(主に彩お姉ちゃんが)やってる。私の家は典型的な日本家屋って感じのちょっと旅館ぽい家で、私の部屋はと言えばごくごく普通の六畳一間の部屋だ。
「あっ!」
私は、アルバムを見つけて手に取った。
「懐かしいー」
「千歳、ちゃんと掃除やりなさいよ」
「それより彩お姉ちゃん、これだよこれ!」
「それよりって……」
呆れ顔の彩お姉ちゃんはとりあえずスルーっ。
「夏休みに行った旅のアルバム!」
「え? あの時の?」
彩お姉ちゃんも興味を示した。ぐいっと身を乗り出してくる。
「うん、もう半年も前の事なんだねー、カップラーメンで言うと……」
「もうそのネタはいいわよ」
「ちぇっ」
舌打ちする私を後目に彩お姉ちゃんは続ける。
「あの時は最初の出発から千歳には世話を焼かされたわ」
「えっ、何かあったっけ?」
「千歳、あんたって子は……あの時、千歳ってば……」
「あ、ストップ」
彩お姉ちゃんの口に手を当てて言葉を遮る。彩お姉ちゃんは何か言いたそうにしてたけど、ぐっとお腹の奥に押し込んだみたいだった。
「進ー! ちょっと来てーっ!」
家中に響く声で言ったけど、応答ナシ。想定の範・囲・内☆
「進の物っぽいラブレターが出てきたんだけどーっ!」
次の瞬間、ドカンッ、ダダダッとすごい音がして、進が部屋に飛び込んできた。
「ど、どこ!? それどこ!? 中見た!? どこまで見たの!?」
すごい勢いで問い質された。
「う・そ♪」
「……」
今私の目の前で固まっているのが進。私のただ一人の弟だ。
「ね、ね、進。 ラブレター、誰に貰ったの? それとも……書いた方!?」
「……」
無言で立ち去ろうとする進の腕を掴んで部屋に引き込む。
「ま、それは後でじっくりと聞くとしまして」
「部屋の掃除なら、手伝わないよ」
「え、ダメ?」
「帰る」
「ちょっと待ったっ。そうじゃなくて、これ、これっ!」
ん?と進の視線がアルバムに落ちる。
「アルバム?」
「そうそう! 掃除してたら見つけちゃって!」
進は彩お姉ちゃんの方をちらっと見て、すぐに状況を察したらしく、一つ大きなため息を……
「って、なんでそこでため息つくかな!」
「千歳お姉ちゃんらしいなぁ、と思って」
ほんと、生意気さにかけてはどんどん磨きをかけちゃって。来年もまたランドセルの癖にぃ。
「それで、そのアルバムってもしかして……」
「そう! 夏休みに旅した時のアルバム!」
私を真ん中に、彩お姉ちゃんと進を引き寄せる。
「コホン、では第一回夏休みの旅を振り返ろうの会を始めたいと思います」
「千歳、変な前フリはいいから」
「はいはい、彩お姉ちゃんってばせっかちさんなんだから」
ぱらっとアルバムを開くと、一ページ目の最初には、旅に出る前の三人の写真が出てきた。
「なんか、微妙な表情してる」
私がつぶやくと、彩お姉ちゃんがくすっと笑った。
「そうね。『いきなり旅に出ろ』とか言われて、ドタバタして旅に出た時だったから」
「千歳お姉ちゃん、あの頃から全く変わってない……いろんな意味で」
「進、それ、どーゆう意味?」
足をつねると、進はビクッと跳ね上がった。
「まさか一ヶ月近い旅になるとは思わなかったわね……」
彩お姉ちゃんは、懐かしそうに写真の縁に指を這わせた。
そう、忘れもしない八月一日その日から、私達の記念すべき旅が始まったのだ──